11/1 宮古島「税」のカレンダーの運用が始まりました!

【沖縄国税事務所長賞】納税という恩返し 沖縄県立宮古高等学校 佐久川 果歩

 「税金」とは、財務省のホームページの一部にはこう書かれていた。「公的サービスを運営するための費用を賄うものです。」と。その後にこんな一文も続けて書かれていた。

 「みんなが互いに支え合い、共によりよい社会を作っていくため、この費用を広く公平に分かち合うことが必要です。」だがそれって本当に公平なのだろうか。税金を払っていても公的サービスを受ける機会が少なければ、それは不公平ではないだろうか。逆に、税金をそこまで払っていないのにたくさんの公的サービスを受けるのはどうなのだろうか。
 例えば、私達高校生は、大人に比べると大した税金は払っていない。なぜなら、高校生が払う税と言えば「消費税」しか思いつかないからだ。それにも関わらず、私達は「教育」や「医療」といった様々な形で公的サービスを受けることができている。  

 特に私は、小さい頃よく風邪をひいて、その度に病院に通っていた。今考えれば、結構な金額だったのではないかと思う程だ。だが、私が小学一年生になるまで、医療費は無償だった。そのおかげで、風邪を引けばすぐ病院に行って元気にしてもらった。更に私が小学五年生の頃、弟と妹の医療費が無償だということに気づいた。その後、私の住んでいる宮古島市は中学校三年生までの医療費を無償化にしてくれた。私は歳の離れた兄弟が三人居る。一人が風邪を引いて、治った時にはまた誰かが風邪を引くこともある。そのため、医療費の無償化というのは、私達の健康の強い味方だと感じた。だが、無償化というのはタダということではない。調べたところ、子どもの医療費は八から七割を保険料、二から三割を税金から補っているそうだ。税金は、私達の健康も守っているのではないだろうか。

 そして「教育」という点ではとても税金のありがたさを感じる。高校に入って、購入する教科書の量と金額には驚いた。中学生までは無償で配られ、たくさんの学びを得ることができた。更に、高校生になった今でも、学校の机や椅子などは税金で賄われている。そう考えると、税金は私達の周りに溢れていて、私達が学びを得るために必要だと感じた。

 国税庁のホームページには税金は「会費」と書かれていた。私はこの作文を書いていて、まさにそうだと感じた。なぜなら、私達が不自由なく日常を過ごせているのは税金があるからで、これからもその生活に不安を抱くことはないからだ。私達は、主に大人が払った税金でたくさんの学びを得たり、病気を治したりとたくさんの公的サービスを受けている。そのため、不公平な税の使い方にならないように、そして、今お世話になっている大人の方々、私達の次世代のため、私達はその恩をこれから、大人になった時に「納税」という形で返す大切さを強く感じた。