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公開:2026年10月28日 更新:2026年10月28日 事業継承

他社を見るより、自分たちを磨く。富山忠彦がつくる「任せられる会社」

今回のOWNERSは、有限会社富建の代表取締役社長、富山忠彦氏です。

富建は1984年創業。建築資材を中心に、生活支援事業やコインランドリーなども展開しています。建設会社や大工といったプロ向けのBtoBを軸としながら、一般客のDIY需要にも対応。宮古島の建築現場を資材面から支えてきました。

富山氏が代表に就任してからまだ1年ほど。しかし、経営そのものに関わってきた時間は長く、数字、在庫、信用、社員の動き方まで細かく見ながら、会社を仕組みで強くすることに取り組んでいます。

話を聞いていて印象的だったのは、競合他社の話をほとんどしないことでした。「他社がどうするかではなく、自分たちの課題は内部にしかない」。そして、人は本来力を持っているから、仕組みさえ整えれば任せられるという考え方。

一見、理論派の経営者に見えます。しかし、その根っこにあるのは、若い頃から徹底的に量をこなし、先人の教えをそのままやり切る「守破離」の姿勢でした。

【企業情報】

有限会社富建

1984年創業。建築資材の販売を中心に、生活支援事業、コインランドリーなどを展開。建設会社、大工、工務店、一般客まで幅広く対応している。富山忠彦氏は2025年8月に代表取締役社長へ就任。

価格ではなく、現場を止めないことで選ばれる

――富建の主な事業と、会社としての強みを教えてください。

メインは建築資材です。

建設会社や大工さん向けが中心ですが、一般のお客様のDIYにも対応しています。ほかに生活支援事業とコインランドリーもあります。

生活支援事業は、ハウスクリーニングや庭木の伐採、家具の移動などですね。以前あった事業を一部引き継ぐ形でスタートしています。

富建の強みと言われると、扱っている商品自体は他社と大きく変わりません。うちでしか買えない商品があるというより、お客様への対応です。父と母がずっと大事にしてきたのが、『お客様に喜ばれる商売をする』ということでした。父のモットーは『誠心誠意』です。

昔は価格で勝負できる時代もありました。でも今は仕入れ価格そのものが上がっているので、安さだけでは続きません。だからこそ、対応力や在庫、納期で選んでもらうことが大事だと思っています。

――建築資材の仕事で、一番お客様が困るのはどんな時ですか?

建設会社にとって一番怖いのは、資材が来なくて工期が遅れることです。現場代理人は、工期を守らなければいけない。大工さんもいくつかの現場を掛け持ちしているので、一つの現場が止まると次にも影響します。

だから僕らの仕事は、資材を売ることだけじゃないんです。受注して、発注して、現場に必要なタイミングで納品する。大工さんが予定通り仕事を終えて、次の現場へ行けるように支える。

離島なので、資材は那覇やその先から船で来ます。時間も運賃もかかります。当然、本土より高くなるものもある。だから必要なものを切らさないことも、商売の価値になります。

――同業他社との競争は、どのように考えていますか?

昔は僕も、他社より上に行くにはどうすればいいか、と考えていた時期がありました。でも今は、あまりそこを見ていません。

他社から仕事を取って自分たちが上がっても、全体のパイが同じならゼロサムゲームじゃないですか。それより、自分たちのサービスを上げる。内部でできていないことを改善する。お客様が求めていることを考える。

他社も頑張って、僕らも頑張って、新しい価値ができれば市場そのものが広がる。結果としてそれが差別化になるなら、それでいいと思っています。

「売る」だけではない。信用、在庫、粗利まで仕組みにする

――社長になって最初に取り組んだことは何ですか?

新規取引先の申請の仕組みです。

建築資材の商売では、売り掛けが大きなポイントになります。商品があっても、お客様が買いやすくなければ意味がない。でも掛けで売る以上、回収できないリスクもあります。

そこで、信用に応じて取引枠を段階的に設定しました。最初は小さな枠から始めて、取引実績を見ながら少しずつ上げていく。大口のお客様と小口のお客様でも、商売の仕方は変えています。

大口は売上が大きい代わりに利益率は低い。小口は一件あたりは小さいけれど利益率は高い。ただし件数が多いので手間がかかる。そこを同じやり方でやるのではなく、それぞれに合ったやり方にする必要があります。

――在庫についても、かなり数字で見ていますね。

大口の取引は、受注してから発注し、そのまま納品するケースが多いので、そこまで在庫の心配はありません。難しいのは小口のお客様です。何を買うか分からない。

だから20対80の考え方で、よく出る商品を見ています。売れる上位の商品を出して、『これは切らさないようにしよう』と決める。全部を大量に持つ必要はないんです。

台風が来そうな時には、事前に多めに取れるものは取っておく。ただ、社長が一つひとつ指示するのではなく、社員自身が予測できるようにしたい。『台風が来るから、こうなるよね』と考えられる状態を作ることが大事だと思っています。

――経営で一番重視している数字は何ですか?

やっぱり粗利ですね。売上総利益が一番大事だと思っています。売上が下がっても、粗利がしっかり残っていればいい。

あとは流動比率や手元流動性です。現預金を月商で割って、どれだけ手元資金に余裕があるか。資金繰りがきちんと回る状態を作るには、売っただけではダメで、ちゃんと集金しなければいけません。

知り合いだから、現場が止まるからという理由で、支払いがないまま商品を出してしまうと会社が持ちません。そこは必要なら僕が止めます。

お金の話をするのは悪いことではありません。信用があるお客様なら『来月でいいですよ』と待つこともある。全部一律ではなく、信用を見ながら判断する。それが商売だと思っています。

父から直接聞けなかったからこそ、会社に残った文化を紐解いた

――富建を継ぐまでの経緯を教えてください。

中学から熊本のマリスト学園へ行き、高校まで熊本で過ごしました。

大学は関西学院大学です。卒業後はそのまま島外で就職し、1998年から2011年まで13年間働きました。

宮古島へ戻った大きなきっかけは、父が旅先で倒れたことです。最初は父が一人で代表を務めていた宮古ガスに入りました。

東京で仕事をしていた時は、自分なりに『バリバリやっている』という自負があったので、戻ってきた当初はかなり尖っていました。社員に対しても、『なんでこんなやり方をしているんだ』と否定から入ることが多かった。うまくいかなかったですね。

給料も島外にいた頃の3分の1くらいになって、クレジットカードの引き落としができなかったこともありました。そんな中で、結局は自分が今やるべきことを一つずつやるしかないと思うようになりました。

――お父さまから直接、経営について教わることはあったのでしょうか?

宮古島へ戻ってきた時には、父はすでに寝たきりで意思疎通ができませんでした。だから仕事について直接教えてもらったことは、ほとんどありません。

子どもの頃に覚えている言葉は、『努力に勝る天才なし』と『鶏口となるも牛後となるなかれ』です。小さい組織でも先頭に立て、そして努力を続けろということですね。

ただ、大人になってからは父のやり方を直接聞けなかった。だから会社に残っている文化から、父が何を大事にしていたのかを後から紐解いていきました。

企業文化というのは、長い時間をかけて積み重なったものです。社員の幸せを大事にすること、お客様に誠心誠意向き合うこと。そういうものが会社に残っていた。

そこから富建の経営理念を、『全社員の心豊かな幸福を追求するとともに、誠心誠意の心でお客様満足の向上に努める』としました。父から言葉で教わったわけではないけれど、会社を見ていくと結局そこに行き着いたんです。

――子どもの頃は、今のように行動的なタイプだったのですか?

全然ですよ(笑)。小学校の頃は太っていて、ゲームが好きで、スポーツも得意じゃなかった。勉強も嫌いでした。

中学から熊本へ行って、環境が変わった時に『自分を変えよう』と思ってハンドボールを始めました。高校では柔道、大学ではまた体育会のハンドボールです。

環境が変わると、周りから貼られていたレッテルがなくなるんですよね。だから自分を変えたいなら、環境を変えるのは一つの方法だと思います。

人を変えるのではなく、仕組みを変える。そして最後は任せる

――人材育成について、どのように考えていますか?

人が動かないのは、その人の能力が足りないというより、会社の仕組みができていないことが多いと思っています。

僕が大事にしているのは、エンパワーメントの考え方です。人はもともと潜在能力を持っている。その力を発揮できるようにするには、ミッション、ビジョン、バリューを決め、数値目標を設定し、組織の目的と役割を明確にする。

その上で、うまくいっていないところを改善する。役割が明確になれば、あとは任せる。進捗を見て、また改善する。

社員を縛りたいわけではありません。僕より資材のことを知っている社員もたくさんいます。だから、任せられるところは任せた方がいい。

――将来的には、どんな会社にしたいですか?

お客様を待たせない会社にしたいですね。例えば、ファーストフードみたいに事前に注文して、来る前に伝票も商品も準備できていて、着いたらすぐ持って帰れるような仕組み。

そのために、業務を可視化して、曜日や時間帯によって人員配置を変える。『この日はここが忙しい』『この仕事はこの曜日にできる』というのを整理して、社員みんなで協力できる形にしていきたい。

経営者が『これをやるぞ』と言うだけでは動きません。小さなデジタル化や仕組みの改善を積み重ねて、内部を磨いていく。その結果として、お客様に喜んでもらえる会社になればいいと思っています。

――若い人に伝えたいことはありますか?

若い時は、まず量だと思います。最初からオリジナルをやろうとする人が多いけれど、まずは徹底的に基礎をやる。

僕は『守破離』だと思っています。最初は、先生や師匠、教科書に書いてあることを徹底的に守る。言われた通りにやる。それが身について、自分なりのコツが分かってから初めて破る。そして最後に自分のやり方を作って離れていく。

20代の頃は、本当に仕事ばかりしていました。やり続けるうちに、自分の中にテンプレートやフォーマットができてくる。『これはこういう時はこうする』という引き出しが増えるんです。

SNSの発信も同じです。気分が乗っている時だけやるのではなく、平日は毎日やると決めたらやる。マラソンもそうです。気分ではなく、やるべきことを積み重ねる。

僕自身、熱血経営者ではありません。家ではダラダラして何もしたくない人間です(笑)。経営者という役割が必要だから、その時間は経営者を演じているだけ。

だから、最初から特別な人じゃなくてもいいと思うんです。100点の経営者になれなくても、やり方を学んで、師匠を見つけて、言われたことを徹底的にやれば、60点、70点にはなれる。

若いうちは、質を考える前にまず量をやる。自分の中で『分かった』という瞬間が来るまでやる。オリジナルは、その後でいいと思っています。

【プロフィール】
有限会社富建 代表取締役社長 富山 忠彦
生年月日:1975年8月生
出身:平良
経歴:平良第一小学校卒業後、熊本マリスト学園へ進学。関西学院大学卒業後、島外企業で約13年間勤務。2011年、父の病気をきっかけに宮古島へ戻り、宮古ガスに入社。その後、富建の経営にも携わり、2025年8月に代表取締役社長へ就任。
学生時代:中学でハンドボール、高校で柔道、大学で体育会ハンドボール
大切にしている考え方:誠心誠意/努力に勝る天才なし/守破離

【編集後記】
富山忠彦社長の話を聞いていると、経営というものをかなり論理的に捉えていることが分かります。粗利、流動比率、信用枠、20対80、エンパワーメント、ミッション・ビジョン・バリュー。言葉だけを並べると、理論派の経営者に見えます。

しかし、その土台にあるのは、驚くほど泥臭い『量』です。若い頃はひたすら働き、コピーライティングを学んだ時は文章を書き写し、今もSNSは気分に関係なく続ける。教科書を見つけたら、その通りに徹底してやる。

そして、父から会社経営を直接教わることができなかったからこそ、富建に残っている企業文化を一つずつ紐解きました。その先に見つけたのが、『社員の幸せ』と『誠心誠意』でした。

他社より勝つことではなく、内部を磨くこと。人を責めるのではなく、仕組みを整えること。そして、仕組みが整ったら任せること。

富山社長は『自分は特別な経営者ではない』と言います。むしろ、経営者という役割を演じているだけだと笑います。

だからこそ、その言葉には説得力があります。特別な才能がなくても、基礎を徹底し、量を重ね、学んだことをそのまま実践する。その積み重ねが、いつか自分自身の型になる。

『まずは守る。オリジナルはその後でいい』。富山社長の経営は、父から受け継いだ誠心誠意と、自ら身につけた守破離の上に成り立っています。