第2章 – マイナスのクセと人間関係
第8節 「闘うか、逃げるか」に振り回されない生き方
私たちに備わる「闘争・逃走」の反応
人間には、危険に直面したときに「闘う」か「逃げる」かを瞬時に選ぼうとする反応が備わっています。
大昔、文明が現在ほど発達していなかったころ、この反応は人間が生き延びるために欠かせないものでした。
狩猟をしていた人も、農耕をしていた人も、野生動物に襲われれば、闘うか逃げるかをすぐに判断しなければなりませんでした。
部族同士や国同士が争っていた時代にも、敵と闘い、ときには逃げなければ命を守ることができませんでした。
闘争と逃走は、命の危険から身を守るために必要な反応だったのです。
現代では人間関係の中で反応してしまう
現代の日本では、日常生活の中で野生動物や敵に襲われるような場面は、昔ほど多くありません。
けれども、私たちの体には、今も闘争・逃走の反応が残っています。
そのため、本当は命を脅かす危険ではない場面でも、
「負けてはいけない」
「相手を言い負かさなければいけない」
「自分の正しさを証明しなければならない」
「ここから逃げてはいけない」
と反応してしまうことがあります。
職場の同僚、隣人、配偶者、家族など、身近な人を敵のように感じ、むやみに闘ってしまうのです。
勝つことにこだわると関係が壊れていく
闘争の反応が強く出ると、人は相手を打ち負かすことに意識を向けます。
自分の意見を通したい。
自分の正しさを認めさせたい。
相手が間違っていたと謝るまで許せない。
本当は一歩引き、お互いが納得できる場所を探せば済むことでも、勝ち負けで考えてしまいます。
けれども、人間関係は、どちらかが勝ち、どちらかが負ければ解決するものではありません。
言い争いに勝ったとしても、相手の心には不快感や怒りが残ります。
自分の主張を通すことができても、大切な関係そのものを失ってしまうこともあります。
自分の非から逃げてしまう
闘った結果、人間関係が悪化すると、今度は現実から逃げようとする反応が表れます。
「私は悪くない」
「すべて相手が悪い」
「どうして私ばかり責められるの」
「誰も私のことを理解してくれない」
このように考え、自分の言動を振り返ることから逃げてしまいます。
本当に相手だけが悪かったのでしょうか。
自分の伝え方が強すぎなかったか。
言わなくてもよいことまで言わなかったか。
勝つことにこだわり、相手を追い詰めなかったか。
自分の非を認めず、現実から逃げ続けていれば、同じ問題は何度でも繰り返されます。
場所や相手が変わっても、また誰かと闘い、人間関係を悪化させてしまうのです。
闘う必要のない場所では力を抜く
すべての場面で、闘争・逃走の反応が悪いわけではありません。
危険から身を守るためには必要な反応です。
ただし、命の危険がない人間関係まで、闘うか逃げるかだけで考える必要はありません。
話し合う。
距離を置く。
相手の意見を聞く。
今回は譲る。
関わり方を変える。
第三者に相談する。
闘うことと逃げることの間には、さまざまな選択肢があります。
相手を敵と決めつけず、勝ち負け以外の方法を探すことで、心や魂に生まれる負担も減っていきます。
本当に危険なときには逃げていい
一方で、現代の生活でも、身の危険を感じる場面はあります。
そのようなときには、本来の逃走反応に従い、できるだけ早く危険な場所から離れてください。
暴力を受けている。
強い威圧や脅迫がある。
心や体が壊れそうになっている。
その場所へ行くことを考えるだけで、動悸や吐き気、不眠などが続く。
このような場合に、無理にその場で闘い続ける必要はありません。
逃げることは、弱さではありません。
自分の命や心、体を守るための正しい行動です。
「もう限界」という体からのメッセージ
たとえば、
「もう無理」
「限界だ」
「この仕事を続けられない」
と感じているのに、仕事を辞められない人がいます。
「辞めたら生活できないかもしれない」
「お金はどうなるのだろう」
「逃げた人だと思われたくない」
「ここで辞めたら負けではないか」
そう考え、無理をして働き続けます。
すると、腰が痛くなる。
頭痛が続く。
眠れなくなる。
朝になると動けない。
食欲がなくなる。
体が重く、気持ちが沈む。
このような反応は、心や体が「このままでは壊れてしまう」と知らせている可能性があります。
体調不良が続く場合には、我慢だけで乗り切ろうとせず、医療機関や専門家へ相談することも大切です。
無理を続けると不調にも慣れてしまう
心や体からメッセージが届いているのに、
「まだ頑張れる」
「辞めるわけにはいかない」
と仕事と闘い続けると、緊張した状態が日常になります。
強い緊張が続くと、一時的に疲れや痛みを感じにくくなることもあります。
そのため、
「最近は調子がよくなった」
「仕事を辞めなくてよかった」
と思うかもしれません。
けれども、本当に回復したのか、緊張によって不調を感じにくくなっているだけなのかは、慎重に見極める必要があります。
体の異変を前向きな言葉だけで打ち消さず、必要な休息や受診につなげてください。
仕事を辞めることは負けではない
「仕事を辞めても、きっと何とかなる」
そう考えることも、自分を守るためには必要です。
もちろん、生活や家族のことを考えれば、すぐに辞めるのが難しい場合もあります。
それでも、働き方を変える準備はできます。
休職について相談する。
勤務時間を減らす。
部署の異動を願い出る。
転職先を探す。
生活費を見直す。
信頼できる人や専門家へ相談する。
今の仕事を続けることだけが、唯一の道ではありません。
仕事を辞めることは、負けることでも、人生から逃げることでもないのです。
自分が生きやすい場所へ、居場所を移す選択だと考えてみてください。
命の危険を感じたら自分に逃げる許可を出す
DVや、学校・職場での深刻ないじめなど、命や安全に関わる状況に置かれたら、できるだけ早くその場所から離れてください。
ライオンやヒグマに遭遇したとき、相手と正面から闘おうとはしませんよね。
危険から距離を取り、助けを求めるはずです。
人間から受ける暴力や威圧も同じです。
「弱いと思われたくない」
「自分は悪くないのに、逃げるのは悔しい」
「逃げたら相手に負けたことになる」
そう考えてその場にとどまっても、自分の心と体が傷ついていくだけです。
命と引き換えに守らなければならない名誉などありません。
まずは逃げて、生き延びてください。
不登校は逃げではなく、立ち止まるための選択
いじめや強いストレスによって学校へ行けなくなった場合も、無理に同じ場所へ戻ることだけが正解ではありません。
転校する。
別室で学ぶ。
オンラインや通信教育を利用する。
一度休む。
退学して別の道を選ぶ。
どの選択も、単なる逃走ではありません。
自分に合わない環境から離れ、新しい場所へ進むための行動です。
不登校の状態で、
「学校へ行かなければいけない」
「でも怖くて行けない」
と長く苦しみ続けることは、逃げたいのに逃げることを自分に許さず、心の中で闘い続けている状態でもあります。
同じ場所にとどまり続けることが、自分を守るとは限らないのです。
「場所を変える」と考えてみる
転校や退学という言葉に、ネガティブな印象を持つ人もいます。
そのようなときには、
「逃げる」
ではなく、
「場所を変える」
「環境を変える」
「次の段階へ移る」
と考えてみてください。
今いる場所が、世界のすべてではありません。
自分が安心して学べる場所や、自分らしく過ごせる環境は、ほかにもあります。
魂にも、
「この場所にいると心や体が壊れてしまうから、別の場所へ移るね」
「これは逃げではなく、自分を守るための移動だよ」
と伝えてみてください。
縄張りを変えるだけと考える
広大で豊かな土地が、AからZまであると想像してみましょう。
どの土地にも大きな優劣はなく、好きな場所を選ぶことができます。
あなたは最初にAという土地を選びました。
けれども、そこにはすでに先に暮らしている人がいて、どうしても折り合いがつきませんでした。
そのとき、
「どちらがAにふさわしいか、闘って決めよう」
と考える必要はありません。
「それなら、私はBへ行きます」
と、別の土地へ移ればいいのです。
Aにとどまって勝つことだけが、幸せへの道ではありません。
BやCへ移ることで、もっと安心して暮らせるかもしれません。
転校や転職、引っ越しも、それと同じです。
自分に合った場所へ移動するだけなのです。
自分に許可を与える
環境を変えると決めたときには、必ず自分自身に許可を与えてください。
「今の環境を手放してもいい」
「別の場所へ行ってもいい」
「私は自分を守っていい」
「これは逃げではない」
そう、自分と魂へ伝えるのです。
私たちは、「逃げる」という言葉を必要以上に悪く捉えがちです。
「逃げてはいけない」という思いに執着し、壊れるまで闘い続けてしまいます。
すぐに環境を変えられない場合は、いつでも離れられるように準備だけでも始めてください。
必要なお金をためる。
相談先を調べる。
避難できる場所を確保する。
転職や転校について情報を集める。
そして、いざというときには、自分で自分に逃げる許可を与える。
それだけでも、心の中に出口が生まれます。
離岸流に流された小学生のころ
私が小学生だったころ、伊良部島の海で離岸流に流され、溺れそうになったことがあります。
その日は、いとこたちと一緒に、砂浜の近くの浅瀬で泳いでいました。
しばらくすると、体がスーッと持っていかれるように、勝手に岸から離れ始めました。
「あれ?」
「ちょっと待って」
と、自分の体へ話しかけるような気持ちになりました。
けれども、体は思うように岸へ戻りません。
どんどん沖の方へ運ばれていきます。
周囲には溺れているように見えなかった
近くにいた友だちや大人に、
「助けて」
と声をかけても、みんな笑うだけでした。
私の様子が、溺れているようには見えなかったからです。
水面で静かに浮かんでいるようにしか見えなかったのでしょう。
大きく手を振り回しているわけでもありません。
水を飲んで苦しんでいるようにも見えません。
岸からものすごく遠く離れていたわけでもありません。
周囲からすれば、私がふざけているように見えたのかもしれません。
けれども実際には、強い流れに体を引かれ、止まることができない状態でした。
沖へ引っ張られて足がつかなくなる
流れに逆らって岸へ戻ろうとしても、体はさらに沖へ運ばれていきました。
まるで何かに足を引っ張られているような感覚です。
どれだけ進もうとしても、流れに押し戻されます。
そうしているうちに、足が海底へ届かなくなりました。
「あれ?」と思っている間にも、岸は少しずつ遠ざかっていきます。
焦りが強くなり、体にも力が入り始めました。
このまま力任せに流れへ逆らえば、疲れて溺れてしまう。
その危険が近づいていました。
脳裏に浮かんだ鮮明な映像
そのとき、自分が流されている状況とそっくりな映像が、パッと脳裏に浮かびました。
映像と一緒に、声のようなものも聞こえました。
「沖へ引っ張る強い流れがある」
「無理に逆らわないで、力を抜いて浮かびなさい」
「海面に体を預けなさい」
「流れが弱くなったら、流れから外れるように横へ移動しなさい」
ほんの一瞬でしたが、とても鮮明な映像でした。
私はそのメッセージに従い、焦って岸へ向かうのをやめました。
体の力を抜き、できるだけ浮かびながら流れに逆らわないようにしました。
そして流れが少し弱くなったところで、流れの外へ出るように横方向へ移動しました。
その結果、離岸流から抜け出すことができたのです。
父から教わった記憶を魂が届けてくれた
あとになって思い出しました。
この方法は、小学校へ入ったころに父が教えてくれていたのです。
けれども、そのときまで私は、教わったことをすっかり忘れていました。
危険な状況に置かれた瞬間、魂が、
「昔、聞いたでしょう」
「今こそ、この方法を使いなさい」
と、忘れていた記憶を意識の中へ送り届けてくれたのだと思います。
私たちの中には、過去に見聞きした多くの情報が残されています。
普段は思い出せなくても、命の危険が迫ったとき、魂や本能が必要な情報を引き出してくれることがあるのです。
闘わず、流れから離れる
離岸流の中で、流れと正面から闘っても勝つことはできません。
力任せに岸へ戻ろうとすれば、体力を失い、さらに危険になります。
大切なのは、流れに逆らって闘い続けるのではなく、まず落ち着き、流れの外へ出ることです。
これは、人間関係や仕事、学校での問題にも似ています。
同じ場所で相手や状況と闘い続けるだけでは、心も体も疲れ果ててしまいます。
一度力を抜き、距離を取り、横へ移動する。
つまり、別の道を選ぶのです。
闘わなかったから負けたのではありません。
危険な流れから離れ、自分の命を守ったのです。
自分を守る選択を恐れない
闘うべきときもあります。
すぐに離れるべきときもあります。
話し合うことで解決できることもあれば、距離を置かなければならないこともあります。
大切なのは、
「逃げてはいけない」
「絶対に勝たなければならない」
という一つの考えに縛られないことです。
今いる場所で闘い続けることが、本当に自分のためになるのか。
ここから離れたほうが、心と体を守れるのではないか。
そうやって、自分の状況を少し離れたところから見つめてみてください。
危険なときには逃げる。
合わない場所からは移動する。
必要のない争いからは降りる。
そして、自分にこう伝えてください。
「私は、自分を守っていい」
「この場所を離れていい」
「別の道を選んでいい」
自分への許可が、闘い続けていた心と魂を、ようやく自由にしてくれるのです。
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