第2章 – マイナスのクセと人間関係
第6節 病室で見た死神と、父が旅立った「あの世」の景色
病室にたまる念と、死神の気配
これは、私が副腎腫瘍の手術を受けたときの出来事です。
手術を終え、ICUから一般の病室へ移されました。
その部屋はナースセンターのすぐ前にあり、手術前に入っていた部屋とは別の場所でした。
隣のベッドは空いていましたが、私の体にはまだいくつもの管がつながっていて、自由に動くことはできませんでした。
ベッドごとその部屋へ入った瞬間、私は強いメッセージを感じました。
「この部屋に入った人は死ぬ」
「ここには死神がいる」
それは、考えるよりも早く、魂へ直接届いたような感覚でした。
私はたちまち恐怖に包まれ、大きなパニックに陥りました。
浄化酒を求めて必死になった
私は悲鳴を上げながら、荷物の中に入れていた浄化用の酒を取り出そうとしました。
けれども、体には管がつながっているため、思うように動けません。
そばにいた息子へ頼もうと顔を向けた瞬間、死神の顔が目に入りました。
恐怖で吐きそうになりながらも、
「浄化のお酒」
「浄化のお酒を取って」
と、繰り返しつぶやいていたようです。
誰かが荷物から取り出して渡してくれたので、私は慌ててベッドの周囲へ浄化酒を吹きかけました。
私が使っていたのは、泡盛に塩を溶かしたものでした。
度数の高い泡盛30ccほどに、雪塩をひとつまみ加えて作っていました。
私は以前から、病院にはさまざまな感情や念がたまりやすいと感じていたため、水晶や塩、浄化酒を持って入院していたのです。
ベッドの角に立っていた死神
私に見えていた死神は、ベッドの角に立っていました。
手には長い槍斧のようなものを持ち、それを振り回しながら、私へ近づこうとしていました。
私は、ベッドの周りへ浄化酒を吹きかけることで、結界のようなものをつくれたと感じました。
死神は、それ以上近づけなくなったように見えました。
ただし、私がつくった結界はベッドと同じくらいの高さまでしかありません。
そのため死神は、上半身を乗り出して私へ覆いかぶさり、結界の上から槍斧を振り下ろそうとしてきました。
私は必死になって手足を振り回し、
「上から乗り越えるな」
と叫びながら抵抗していました。
今になって考えると、もっと高い位置まで浄化酒を吹きかけていれば、カーテンのような結界をつくれたのかもしれません。
そうすれば、あれほど必死に戦う必要はなかったのでしょう。
息子には錯乱しているように見えていた
息子は、その一部始終をそばで見ていました。
けれども息子には、私が死神と戦っている姿は見えていません。
目を開けたまま、管につながれた母親が、大声を出しながら手足を振り回しているのです。
手術や薬の影響で意識が混乱していると思ったのでしょう。
息子は、
「どうしたの」
「落ち着いて」
と、私をなだめようとしました。
ところが、息子が顔を近づけると、私にはその顔が死神に見えてしまいます。
恐怖で吐きそうになり、さらに暴れる。
息子が落ち着かせようとする。
すると、また死神に見えてしまう。
その繰り返しでした。
手術後やICUを出た直後には、薬や麻酔、体調の変化によって、幻覚や強い混乱が起こることもあるといわれています。
私の体験が、そうした医学的な現象だった可能性もあるでしょう。
それでも、私自身にとっては、そこに死神がいるとしか思えないほど、はっきりとした体験だったのです。
二十四時間後に元の病棟へ戻る
その状態が続き、丸一日ほどが経過しました。
私は死神に連れ去られることもなく、体につながっていた管も少しずつ外れていきました。
そして無事に、元の病棟へ戻ることができました。
あとから知ったことですが、その部屋はナースセンターの目の前にあり、症状の重い患者さんを見守るために使われる部屋でした。
長い間に、そこで亡くなった人も少なくなかったのでしょう。
私は、その人たちが死の直前に抱いた恐怖や苦しみの念が積み重なり、死神のような姿を呼び寄せていたのではないかと感じました。
病院には、ときどき、
「あの部屋に入ると亡くなる人が多い」
と噂される部屋があります。
もちろん、重症の患者さんが入る部屋だから亡くなる人が多いという、現実的な理由もあります。
けれども私は、そこに残った強い念も、何らかの形で影響しているのではないかと思っています。
あれほど恐ろしい体験をしたのは、その一度きりです。
今でも思い出すと、指先が震えるほど怖かった出来事です。
父の魂が肉体を離れた瞬間
父が亡くなったとき、私は魂が肉体を離れる瞬間を見たように感じました。
父の眉間から、
「パーン」
と、火花が散るような光が弾けたのです。
私は衝動的に、父の額へ口づけをしました。
「この世での人生、お疲れさま」
「次の世界を楽しんでね」
そんな思いを込めていました。
父に触れたからでしょうか。
眉間から弾けたものが、その後どこへ向かったのかまで見えたのです。
星のかけらとなって親戚のもとへ
肉体を離れ、星のかけらになったばかりの父の魂は、父の兄弟や私のいとこなど、親戚たちのもとへ飛んでいきました。
父が亡くなったあと、親戚から不思議な話を聞きました。
誰もいないのに、防犯ベルが突然鳴った。
誤作動だと思ってスイッチを切り、もう一度入れると、また鳴り始めた。
そのとき、
「ああ、おじさんが亡くなったんだな」
と感じたそうです。
別の親戚は、
「音がしたので振り返ると、部屋の入り口に兄貴が立っていた」
と話しました。
父は、自分が旅立つことを、一人ひとりへ知らせに行ったのでしょうか。
たくさんの人のもとへ気配を届けた、すごいメッセンジャーだったのだと思います。
あの世とこの世を行き来していた父
父の意識が少しずつ薄くなってきたころ、起きているのか眠っているのかわからない状態になりました。
命はまだありましたが、父の魂は、あの世とこの世を何度も行き来しているように見えました。
なぜ私にそれがわかったのかというと、横たわる父の頭の上に、ふわりと吹き出しのようなものが見えたからです。
アニメや漫画で、過去の記憶や空想を描くとき、人物の頭の上に雲のような吹き出しが描かれることがありますよね。
まさに、そのような形でした。
その吹き出しの中に、父が見ているあの世の景色が映っていたのです。
ご先祖さまたちとの宴会
そこには、広大な森が広がっていました。
森の中には、ぽっかりと開けた広場のような場所がありました。
その広場には、大勢のご先祖さまたちが集まり、車座になって宴会をしていました。
父の魂もそこへ出かけ、皆と一緒に楽しそうにお酒を飲んでいました。
宴会が終わると、父の魂は再び肉体へ戻ってきます。
次の日も、その次の日も、同じことを繰り返していました。
父の魂は肉体から抜け出し、ご先祖さまたちのもとへ出かけていく。
そして宴会を楽しんだあと、再び戻ってくるのです。
私たち家族は父のことを心配しているのに、魂の父はとても楽しそうでした。
私はその様子を見ながら、
「こちらはこんなに心配しているのに、ずいぶんのんきなものだね」
と、少しあきれたような気持ちになりました。
飲めないはずの父から酒の匂いがした
何日か過ぎたころ、妹が私に尋ねました。
「お父さんから、お酒の匂いがしない?」
私は、
「あの世へ飲みに行っているからね」
と答えました。
目の前の父は寝たきりで、意識も朦朧としています。
実際にお酒を飲める状態ではありません。
それなのに、父の体からアルコールのような匂いが漂っていたのです。
肉体の父は苦しそうに見えました。
一方で、魂の父は、ご先祖さまたちとの宴会を楽しんでいました。
きっと魂は、すでに肉体から離れたがっていたのでしょう。
それでも父がすぐに旅立たなかったのは、娘四人がそろうのを待っていたからではないかと思います。
民謡が「蛍の光」に変わった瞬間
父の容態が悪くなったころから、私の耳には、民謡のようなメロディーが聞こえていました。
父がご先祖さまたちと宴会を楽しんでいる場面にも、遠くから同じような音楽が流れていました。
ところが、ある瞬間、その音楽が突然「蛍の光」に変わったのです。
まるで、誰かがテレビやラジオのチャンネルを切り替えたように、プツッと変わりました。
私は思わず、
「えっ、閉店?」
「命のおしまい?」
「人生の閉店時間なの?」
と感じました。
深刻な場面のはずなのに、そのあまりにもわかりやすい選曲に、少し笑ってしまいました。
父のこの世での時間が、まもなく終わることを知らせる音楽だったのでしょうか。
あの世へ続く、まっ白な道
父があの世へ旅立つときに見た景色は、今でも忘れられません。
まっ白な道が、どこまでもまっすぐに続いていました。
その白は、これまで一度も見たことのない色でした。
ペンキの白でもありません。
砂利や砂の白でもありません。
宮古島の珊瑚の粉とも違います。
この世のものとは思えないほど、澄み切った白い道でした。
その道の両側には、大勢のご先祖さまたちが並び、父を迎えていました。
父は一人で寂しく旅立つのではありません。
たくさんの先祖に出迎えられながら、白い道の向こうへ進んでいったのです。
民族衣装を着たご先祖さま
父を迎えるご先祖さまの中に、不思議な衣装を身につけた人がいました。
着物のようにも見えましたが、日本の一般的な着物とは少し違います。
細かな刺しゅうが施された、民族衣装のような服でした。
あとから調べてみると、その衣装はアイヌの民族衣装に似ていました。
父の四十九日が終わったころ、私はぼんやりとテレビを見ていました。
すると画面に、北海道のどこかにある白い道が映ったのです。
私は思わず、
「これだ」
「私が見たのは、この道だ」
と感じました。
そして、
「だから、あのご先祖さまはアイヌのような衣装を着ていたのか」
と、一人で納得したのです。
伊良部島と北方民族のつながり
父は、宮古島の隣にある伊良部島の出身です。
伊良部島には、アイヌをはじめとするオホーツク海沿岸の北方民族が、黒潮に乗って漂着したという説や伝承もあります。
ただし、こうした話にはさまざまな説があり、歴史的に確定しているとは限りません。
それでも私は、父の祖先の中に、北方から海を渡って伊良部島へたどり着いた人がいたのかもしれないと想像しました。
父が見せてくれた白い道や民族衣装は、私たち家族のルーツへ意識を向けるきっかけになったのです。
偶然ではなく必然のつながり
魂は、こうして必要なことを教えてくれるのかもしれません。
父が亡くなるまでは、私は北海道に特別な興味を持っていませんでした。
ところが父の死後、北海道の風景や文化が気になるようになり、今では北海道の人たちとも仕事でつながっています。
父が見せてくれた景色をきっかけに、遠く離れていた土地との縁が、再び結ばれていったのです。
偶然のように見える出来事も、魂の世界から見ると必然なのかもしれません。
父は亡くなったあとも、新しい縁を私に届けてくれました。
魂が抜ける瞬間に苦しさはない
「魂が肉体から抜ける瞬間は、苦しくないのですか」
と、よく聞かれます。
私が感じた限りでは、魂そのものに苦しさはありません。
体から、すっと抜け出していくような感覚です。
星のかけらとなった魂は、自分が宿っていた肉体の臓器が、少しずつ動きを止めていく様子を眺めています。
肉体には苦しさがあったとしても、離れた魂は、その苦しみから解放されているのだと思います。
生まれることと死ぬことは似ている
私は、生まれる瞬間と死ぬ瞬間は、どこか似ているのではないかと思っています。
生まれるとき、魂は前の世界から、この世へ移ってきます。
前の世界に残された存在が悲しんでいたとしても、生まれてきた本人には、その悲しみはありません。
新しい世界で、
「オギャー」
と声を上げ、与えられた命を全力で生き始めます。
死ぬときも、同じなのかもしれません。
この世に残された人は悲しみます。
けれども、旅立った本人は、ただ次の世界へ移動しているだけです。
新しい場所で、新しい時間を生き始めているのです。
死は、すべての終わりではありません。
魂にとっては、一つの世界から次の世界へ移る、旅立ちの瞬間なのだと思います。
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