第1章 – 魂は星のかけらの集合体
第3節 魂が感情を借りて伝えるメッセージ
魂そのものには喜怒哀楽がない
実は、魂そのものには、喜怒哀楽という感情がありません。
善い、悪い、正しい、間違っているといった、この世の価値観にも縛られていません。
そのため、亡くなった人の魂を霊視するとき、私は自分の感情や感覚を使いながら、魂から届いたメッセージを、生きている人にもわかる言葉へ翻訳しています。
たとえば、
「息苦しかった」
「体のこの部分が痛かった」
「胸が締めつけられるようだった」
というように、魂が伝えてくる感覚を、自分の体や感情を通して受け取るのです。
ただし、伝えるのは起きた出来事や体の感覚だけです。
「痛くて嫌だった」
「苦しくてつらかった」
といった、マイナスの感情まで加えて伝えることはありません。
亡くなった人の魂も、「この部分までは伝えなくていいよ」「嫌だったという感情は伝えないでほしい」と示すことがあります。
魂には喜怒哀楽がないため、感情を付け加えているのは、受け取る側の人間なのです。
人間の感情を借りて伝えている
魂が私たちに直接メッセージを送るときも、同じようなことが起こります。
魂は、その人が持っている感情や体の感覚を借りて、私たちが理解しやすい形に変えてメッセージを届けています。
急に不安になる。
なぜか落ち着かなくなる。
その場所から離れたいと感じる。
体の一部に痛みや違和感を覚える。
こうした反応も、魂が私たちに何かを伝えるために、人間の感情や感覚を利用している可能性があります。
だからこそ、魂から届いたメッセージには、できるだけ自分の判断や感情を加えず、そのまま受け取ることが大切です。
メッセージに善悪はない
魂から届いた感覚に対して、
「嫌なメッセージだな」
「不吉な感じがする」
「そんなことは考えたくない」
と、自分の判断だけで無視してしまうことがあります。
けれども、それは魂の存在そのものを否定しているようなものです。
魂には喜怒哀楽も、善悪の価値観もありません。
そのメッセージをプラスと捉えるのか、マイナスと捉えるのかは、受け取った人が判断しています。
たとえ最初は嫌な感覚や、マイナスのメッセージのように思えたとしても、素直に受け止め、改善策を考えて行動すれば、その意味は変わります。
行動することによって、マイナスに感じていたメッセージが、自分を守るためのプラスのメッセージへと変わっていくのです。
マナーよりも魂の声に従う
たとえば、誰かに案内された席を見た瞬間、
「あれ?なんとなく、この席には座りたくないな」
と感じたとします。
それも、魂からのメッセージかもしれません。
そのように感じたのであれば、無理にその席へ座る必要はありません。
けれども私たちは、
「せっかく案内してもらったのだから」
「ここで断るのは失礼かもしれない」
「マナーを守らなければいけない」
と考え、座りたくない席に座ってしまうことがあります。
すると、その後もずっとそわそわして、落ち着かない時間を過ごすことになるかもしれません。
もちろん、相手への礼儀は大切です。
しかし、自分の内側から強く届いた違和感まで無視する必要はありません。
そのようなときに従うべきなのは、周囲の目や形式だけではなく、魂から届いたメッセージなのです。
体の不調も魂からのサイン
魂からのメッセージによって、病気や体調の変化に気づくこともあります。
私は、体に特別な不調を感じていないときでも、自分の魂に話しかけることがあります。
「どう?何かないかな」
「凝っているところや、痛いところはない?」
このように、自分の体へ静かに問いかけます。
肩や首の凝り、体の張り、わずかな痛みも、魂から届いているメッセージかもしれないからです。
このまま同じ生活を続けていると体調を崩してしまう。
無理をしすぎている。
少し休んだほうがいい。
魂は、そうしたことを私たちに伝えるために、凝りや張り、痛みといった体の反応を使うことがあります。
体の変化は、魂が肉体を守るために送っている、わかりやすいサインなのです。
不調に慣れてしまう人間の体
人間には、高い順応性があります。
暑さや寒さだけではなく、痛みや体の不調にも、少しずつ慣れてしまうのです。
本来なら違和感があるはずなのに、毎日同じ状態が続くと、それが普通になってしまいます。
肩が凝っていることに慣れてしまい、凝っていること自体に気づかなくなる。
体が重い状態が続いているのに、「自分は元気だ」と思い込む。
眠りが浅く、疲れが取れていないのに、それがいつものことになってしまう。
このように、不調を抱えているにもかかわらず、自分には何の問題もないと思っている人は少なくありません。
だからこそ、ときどき立ち止まり、自分の体に問いかけてみてください。
「痛いところはないかな」
「凝っているところはないかな」
「疲れている場所はないかな」
体の声に耳を傾けることで、魂が伝えようとしているメッセージに気づけるかもしれません。
星のかけらに戻った魂
私は、科学や医療が現在ほど発達していなければ、とっくに命を失っていたと思います。
少なくとも、娘を妊娠していたときに重度の妊娠中毒症になったときと、副腎腫瘍が見つかったときの二度は、命を落としていた可能性があります。
妊娠中毒症になったときには、臨死体験もしました。
緊急出産の手術を終えたあと、私は自分の肉体から魂が抜け出していく感覚を体験したのです。
あとから聞いた話では、血圧が急激に低下し、命が危険な状態だったそうです。
魂になると痛みも感情も消える
魂になったとき、痛みはありませんでした。
苦しさもなく、喜怒哀楽の感情もありませんでした。
そのためでしょうか。
死後の世界は、とても楽で、心地よく感じられました。
病室では、小学生だった息子が一人でうずくまり、泣いていました。
生きている母親であれば、息子が一人で泣いている姿を見れば、胸が締めつけられるでしょう。
すぐに抱きしめてあげたいと思うはずです。
けれども、そのときの私は、
「ヤッホー」
「お母さんはここにいるよ」
というような、とても軽い感覚で息子を見ていました。
息子が泣いている姿を見ても、悲しいとも、苦しいとも感じませんでした。
感情がまったく動かなかったのです。
その体験を通して私は、魂になると、喜怒哀楽という人間の感情から解放されるのだと知りました。
あの世からはこの世が見えている
私は、あの世からは、この世の様子がすべて見えていると感じています。
東京へ行き、ホテルのラウンジにいると、星のかけらに戻った魂を見かけることがあります。
魂は特別な場所にだけ現れるのではありません。
生きている人のすぐそばに座り、その人の様子を静かに眺めています。
以前、ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる年配の男性を見かけました。
その男性のそばには、亡くなったと思われるおばあちゃんの魂がいました。
おばあちゃんの魂は、眼鏡をかけたその男性についてきたようでした。
きっと、ご夫婦だったのでしょう。
二人は生前、このホテルのラウンジによく来ていたのかもしれません。
男性がコーヒーを飲んでいる隣で、おばあちゃんの魂は、穏やかにその姿を眺めていました。
私はその様子を見ながら、とても温かく、ほのぼのとした気持ちになりました。
愛情のある人のそばへ遊びにくる
星のかけらに戻った魂は、生きている人への執着や悲しみだけで、この世を訪れるわけではありません。
愛情のあった人のところへ、ふらりと遊びにくることがあります。
生前によく訪れていた場所へ一緒に行ったり、思い出の場所で隣に座ったり、大切な人の日常を静かに見守ったりしています。
魂には、人間のような悲しみや寂しさはありません。
それでも、生きていたころに深い縁や愛情を持っていた人のそばへ、自然と引き寄せられることがあるのでしょう。
姿は見えなくても、懐かしい香りがしたり、誰かがそばにいるような温かさを感じたりすることがあります。
そのような感覚も、愛情のあった魂が近くへ遊びに来ている気配なのかもしれません。
亡くなった大切な人を思い出したとき、ふと心が温かくなったなら、その人の魂がそばで静かに寄り添っているのではないでしょうか。
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