太陽と季節のリズムに還る暮らし
宇宙に沿って生きるということ
宇宙の流れに逆らわずに生きるというのは、特別なことをするのではありません。
日の出とともに起き、日が沈んだら心と体を休ませる。
そのような自然のリズムに沿った毎日の営みを繰り返すことだと思います。
現代では、電気があれば夜遅くまで明るい部屋で過ごすことができます。
仕事をしたり、動画を見たり、スマートフォンを眺めたりして、深夜まで起きていることも珍しくありません。
とても便利な暮らしです。
けれども、本来なら体を休める時間まで起き続けることが、心や体にとって本当に良いことなのか、一度考えてみる必要があります。
夜は眠り、昼間に受けた刺激や疲れを整える時間です。
暗くなったら休み、明るくなったら動き始める。
それが、人間の体に刻まれた自然なリズムなのではないでしょうか。
三大欲求は命をつなぐためにある
食欲、性欲、睡眠欲は、人間の三大欲求と呼ばれています。
これらは単なる楽しみや欲望ではありません。
生き物が命を保ち、種を未来へつないでいくために欠かせない働きです。
食べることで命を維持する。
眠ることで心と体を回復させる。
新しい命を生み出し、次の世代へつないでいく。
どれも生命にとって大切な営みです。
その中でも、睡眠はつい後回しにされがちです。
仕事が忙しいから。
やりたいことがあるから。
まだ眠くないから。
そうして夜更かしを続けると、体が回復するための時間が少なくなります。
睡眠を軽く扱うことは、自分の命を支える大切な仕組みを軽く扱うことでもあります。
心と体を健やかに保つためにも、夜に眠ることを、もっと大切にしてよいのだと思います。
日の出前から始まる伊良部島の朝
父の実家は、宮古島の隣にある伊良部島にありました。
そこでは、一日の始まりがとても早かったんです。
日の出よりも前、夜が少しずつ明け始め、空がうっすらと白くなってくるころには、家の人たちがもそもそと起き始めます。
起きてすぐに朝ごはんを食べるわけではありません。
まずはお茶を飲みながら、家族で雑談をします。
まだ外は薄暗く、辺りも静かです。
その時間に、少しずつ体を目覚めさせていくようでした。
そして、太陽が昇り始めた瞬間に畑へ向かいます。
夏の時期には、朝の四時前後になることもありました。
子どもだった私には、驚くほど早い時間でした。
太陽の暑さに合わせた暮らし
日が昇ると、すぐに畑での作業が始まります。
太陽が高くなり、暑さが強くなってくると、一度家へ戻ります。
そのころになって、ようやく朝ごはんを食べます。
時間にすると、朝の八時ごろだったでしょうか。
朝食を終えたあとは、午前中にもう少しだけ作業をします。
そして昼ごはんを食べたら、昼寝の時間です。
日差しが強く、外で作業をするには暑すぎるため、無理をせずに体を休めます。
夕方になり、太陽の勢いが弱まってくると、また少し畑へ出ます。
長時間働くのではなく、その日に必要なことだけを済ませ、早めに家へ戻ります。
夕ごはんも、とても早い時間でした。
午後五時ごろには食べ始め、早い日には四時ごろに食卓を囲んでいたこともあります。
そして、夜になると早々に眠ります。
家には電気がありましたが、夜遅くまで電気をつけて過ごしていた印象は、あまりありません。
太陽に合わせて一日を組み立てる
あの暮らしは、時計よりも太陽を見ながら一日を組み立てていたのだと思います。
朝の涼しい時間に働く。
暑さが強い時間は休む。
夕方にもう一度動き、暗くなったら一日を終える。
太陽の光や暑さ、季節によって変わる紫外線の強さに合わせた生活でした。
子どもだった私は、朝早くから起こされることが嫌でした。
夜もまだ眠くないのに、早く寝なければなりません。
遊びたい時間に休まなければならず、少しも楽しいとは思えませんでした。
けれども、大人になった今、あの暮らしを思い出すと、
「あれが、人間本来の生き方だったのかもしれない」
と感じます。
太陽とともに始まり、太陽とともに一日を終える。
地球のリズムに沿い、宇宙の流れの中で暮らしていたのです。
自分のペースで働ける時代へ
これからは、働き方もさらに変わっていくのだと思います。
決められた時間に、全員が同じ場所へ集まって働くことだけが、当たり前ではなくなってきました。
自宅や好きな場所で働く。
複数の人で仕事を分け合う。
自分の体調や生活に合わせて、働く時間を調整する。
そうした働き方が広がれば、自分のペースを保ちながら、自然のリズムに近い生活を送れる人も増えるでしょう。
朝日とともに目を覚ます。
涼しい時間に散歩や運動をする。
朝食を食べ、少し休んでから仕事を始める。
疲れたら短く休憩し、日が暮れたら仕事を終える。
そのような、ゆったりとした働き方が、これから少しずつ増えていくのかもしれません。
崩壊と再構築の節目
私は、2023年から2025年ごろにかけて、社会の価値観が大きく揺れ動く時期になると感じていました。
それまで正しいと思われていた働き方や暮らし方が見直され、古い価値観が崩れていく。
そして、そのあとに新しい生き方が組み立てられていく。
そのような、崩壊と再構築の節目だと感じていたのです。
価値観が変わるときには、戸惑いも生まれます。
今まで忙しく働くことが当たり前だった人が、
「好きなように時間を使ってください」
と言われても、すぐには何をすればよいかわからないでしょう。
忙しさを手放した直後は何もしたくなくなる
きっと最初は、多くの人が何もせず、だらりと過ごすようになると思います。
長い間、何世代にもわたって、
「忙しく働かなければならない」
「休むことは怠けること」
「時間を無駄にしてはいけない」
という考え方の中で生きてきたからです。
急に自由な時間を与えられても、体と心には、忙しく動き続けるクセが残っています。
何をすればよいのかわからず、ただ眠ったり、ぼんやりしたりするかもしれません。
けれども、それでいいのだと思います。
まずは、長い間たまっていた疲れを癒す時間が必要です。
人間には環境へ順応する力があります。
十分に休んだあとには、
「この時間をどう楽しもう」
「何をして過ごしたいだろう」
「本当にやりたかったことは何だろう」
と、少しずつ前向きに考えられるようになります。
月の満ち欠けとともに過ごす
太陽だけではなく、月の満ち欠けも、昔の人々の暮らしに深く関わっていました。
新月の夜は、月明かりがほとんどありません。
夜の活動を控え、家の中で静かに過ごす時間が増えていたでしょう。
その代わり、空が晴れていれば、暗い夜空に星がよく見えます。
灯りが少なかった時代には、夜空いっぱいに広がる星を、ゆっくり眺めることができました。
満月の夜は、月明かりで辺りが明るくなります。
電気がなくても、外で人と集まり、夜まで活動することができました。
月の明るさに合わせて、休む日と楽しむ日が自然に生まれていたのだと思います。
宮古島の十五夜の思い出
昔の宮古島では、十五夜になると庭にゴザを敷き、家族や近所の人たちが集まっていました。
十五夜のお団子やおはぎをたくさん作り、いろいろな料理を持ち寄ります。
近所の人たちも集まり、みんなで月を眺めながら食事や会話を楽しみました。
満月の夜はとても明るいため、強い電灯は必要ありません。
月の光だけでも、庭の様子や人の顔を見ることができました。
今ほど物が豊かではなかったかもしれません。
けれども、私の記憶の中では、とても心に余裕のある暮らしでした。
月を眺めながら、家族や近所の人と同じ時間を過ごす。
急ぐこともなく、時計ばかりを見ることもなく、自然の中でゆっくりと夜を楽しんでいたのです。
季節のものだけを食べる暮らし
食べ物も、今ほど季節を超えて手に入るものではありませんでした。
野菜や果物は、その時期に採れる旬のものを食べていました。
暑い季節には、体を冷やす夏の野菜が育つ。
寒い季節には、体を温める食材が採れる。
自然は、その季節を過ごすために必要なものを、ちょうどよい時期に与えてくれていたのだと思います。
現代では、季節に関係なく、さまざまな野菜や果物がスーパーに並びます。
夏の野菜であるきゅうりやトマトも、一年中購入できます。
いちごも、いつの間にか冬を代表する果物のようになりました。
本来は春に花が咲き、初夏に向けて実るものです。
けれども、クリスマスの時期に需要が高まるため、温室などを使って冬に収穫されるようになりました。
便利さの中で失われた季節感
いつでも好きなものが食べられることは、とても便利です。
季節や天候に左右されず、安定して食べ物を手に入れられることは、現代の技術が生み出した大きな恩恵でもあります。
私は、今の暮らしをすべて否定したいわけではありません。
ただ、便利さが増える一方で、季節を感じる機会が少なくなっていることには、少し寂しさを感じます。
この野菜が並び始めたから、もう夏が来る。
この果物が採れるようになったから、秋が近い。
そうした自然からの小さな知らせを、私たちは受け取りにくくなりました。
一年中同じものが手に入ると、季節の変化に気づかなくても暮らせるようになります。
けれども、その便利さによって、太陽や大地のリズムから少しずつ離れてしまったのかもしれません。
自然災害をどう受け止めるか
洪水、地震、噴火、感染症など、大きな出来事が続くと、
「地球や宇宙が何かを伝えているのではないか」
と感じることがあります。
ただし、自然災害や感染症には、それぞれ科学的に考えられる原因があります。
地震や噴火を、人間の生き方に対する罰だと考える必要はありません。
それでも、災害や社会の大きな変化をきっかけに、
「今の暮らし方を続けてよいのだろうか」
「自然との関係を見直す必要があるのではないか」
と考えることには意味があります。
宇宙や地球からのメッセージという表現は、私にとって、自然の変化を通じて自分たちの生き方を振り返ることなのです。
壊すことは新しく組み直すためでもある
何かが大きく変わる前には、それまでの仕組みが崩れることがあります。
古い考え方や暮らし方が、そのままでは続けられなくなる。
仕事の仕方が変わる。
人とのつながり方が変わる。
大切にする価値観が変わる。
崩壊という言葉には、怖い印象があります。
けれども、壊れることは、必ずしもすべてを失うことではありません。
新しいものをつくるためには、古い形を一度ほどく必要がある場合もあります。
使わなくなった考え方を手放し、これからの時代に合った形へ組み直す。
その意味では、崩壊は再構築の始まりでもあるのです。
自然のリズムを生活に取り戻す
昔とまったく同じ暮らしへ戻る必要はありません。
電気や医療、交通、通信など、現代の便利さを手放す必要もないと思います。
大切なのは、便利さを使いながらも、自然のリズムを忘れないことです。
朝起きたら、太陽の光を浴びる。
夜は照明を少し暗くし、体を休む準備をする。
旬の食材を選ぶ。
月や星を眺める。
暑い時間には無理をせず、涼しい時間に動く。
疲れたら休む。
こうした小さな工夫でも、太陽や季節の流れに近い暮らしを取り戻すことができます。
自分の体も自然の一部
人間の体も、地球の自然から切り離されたものではありません。
朝になると目を覚まし、夜になると眠くなる。
季節によって体調や気分が変わる。
暑い日には食欲が落ち、寒い日には温かいものが欲しくなる。
私たちの体は、今も自然の変化に反応し続けています。
それなのに、頭だけで、
「まだ働かなければならない」
「休んではいけない」
「季節や時間に関係なく、同じように動かなければならない」
と考えると、体との間にずれが生まれます。
自分の体も自然の一部なのだと考えれば、休むことや生活を整えることを、もっと素直に受け入れられるのではないでしょうか。
太陽とともに生きる
日の出とともに目覚める。
太陽の光の中で活動する。
暑いときには休み、日が傾いたら一日を終える。
月が明るい夜には、人と集まって楽しむ。
暗い夜には、静かに星を眺める。
旬の食べ物をいただき、季節の変化を感じる。
それは、決して不便な暮らしではありません。
自分の心と体を、宇宙や地球の大きな流れへ戻していく暮らしです。
現代の便利さを大切にしながらも、太陽や月、季節とともに生きる感覚を少しずつ取り戻していきましょう。
自然のリズムに寄り添うことで、私たちの心と体も、本来の穏やかな調子を取り戻していくのだと思います。
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