こんにちは〜
まいにつ あつむぬやー(毎日暑いですねー)ぱだーぱだ うらまずなー(お元気ですかー)?
vol.392お届けです。ぬかーぬか(ゆっくり)お楽しみくださいね〜。
みぱな ゆ みーが(顔を見に)
松谷初美(下地・高千穂出身)
「みぱな」とは顔のこと。みー(目)、ぱな(鼻)で「みぱな」
「顔を見に行く」とは、「様子を見る程度の意義で訪問すること」と辞書にある。みゃーくふつでも、例えば退院したばかりの人を「のーしーがらてぃ みぱな ゆ みーが きすたー(どうかねーと顔を見に(様子をみに)来たよ)」と使ったりする。
様子を見る程度とはいえ、「みぱな ゆ みず(顔を見る)」というのにはとても深いものがある。その顔を見るだけで、健康であるとか、体調が悪そうだとか、機嫌がいいとか、悪いとか。分かる。
また、恋をしている人にとっては、相手の顔は常に見ていたいもの。笑いろいろな「みぱな ゆ みーが」がある。
母は、夕方7時過ぎになると(宮古の夕方は7時頃なのだ。笑)、杖をつきながら娘の家の前まで時々散歩に来る。娘の車があると、帰ってきているねーと思い、塀にしばらく佇んでいる。
娘は家の中から外にいる母の姿を見て、外に出る。母は、ぷからすきなり(嬉しそうに)笑い「あつかーばど すずんが てぃ きす(暑いから外に涼みに来たよ)と言う。本当は娘の顔を見に来たのだが、あくまでも涼みがてらの散歩でたまたま通っただけ。
私が遅く帰る日は、隣のおじさんの家の庭で椅子をだしてもらい、おじさんと むぬゆん(おしゃべり)をして待っている。そして、私が車で通ると一緒に車に乗り、実家まで帰る。(ほんの1分もかからないのだが)
やらびぱだ(子どもの頃)、薄暗くなっても畑から帰ってこない母を探し回ったことがある。家から遠くの畑で芋を掘っている母を見つけた時の安堵感といったら。
宮古に帰ってきて3年余。今は母が子どものようになり、ばが みぱなゆ みーつかー うむやすー うむやす になるようだ(私の顔を見ると安心をするようだ)。
そして、親である私もまた、東京に来て息子の みぱなゆ みー(息子の顔を見て)安心をするのだった。
◇あの話をもう一度
クイチャーマン(下地・与那覇出身)
「与那覇湾の うぷいす(大石)」vol.273 2012/8/2
与那覇のわが家から、北西の方向に直線距離で約200メートルの所に、あかつぁぱーと呼ばれる与那覇湾への下り口があった。
道路からゆるやかな傾斜を下りて40メートルほど湾内に入ると、右側に うぷいす(大石)という岩が、ぽつんと、まるで誰かが持ち運んで据え置いたようにあった。その岩は、高さが約1メートル30センチ、周囲が4メートルほどで、満潮時には岩の上部が少し水面に残った。子どもたちにとって、満潮時の岩の周辺は格好の海水浴場と化した。遠浅で深みがなく、安全な場所であった。
小学校の低学年のころ、夏の夕方、いつものように満潮時にあわせて子供たちが集まってきた。岩の上に立ち、海中に飛び込んで上手に泳いでいる友人や先輩たちを、カナヅチの私は水の中に浸かり「水遊び」をしながら羨ましく眺めていた。
そんなある日、自分もいつか泳げるようになりたい、と思いながら、古いバレーボールを浮き袋代わりに抱いて、泳ぐ真似ごとに興じていたら、先輩が咄嗟にボールを取り上げた。私はもがきながら水中に沈んだ。
「あがい、うぶりどぅ にゃーん」(ああ、溺れてしまった)と、のんきな言葉を発する余裕はなく、パニックに陥った私を、その先輩が助けてくれた。しかし、その恐怖体験は、トラウマになり、その後の私は大石の周辺で「水遊び」をすることはなかった。
中学2年に沖縄本島に移住して今日に至っている私は、昨年約50年ぶりに大石の様子を見たくて、海辺に行ってみた。ところが、すでに下り口も消え、大石に近づくことはできなかった。干潮の時であったが、道路脇から、大石のあった場所をなんとか探しあて、ショックを受けた。
大石はその周囲が土砂に埋まり、わずかにその天辺が土砂から30センチほど姿を表わしているに過ぎなかった。50年で変わり果てた自然を目の当たりにして私は悲しみに襲われた。大石は無言のままであったが、何かを語りかけているようであった。
この7月、ラムサール条約に登録された与那覇湾を、この先、みんなの知恵と行動力を発揮して、きれいにして、きれいなままで後世に残してほしい。そのために私も出来ることがあれば協力したい。
あの大石の周辺を以前のようにできないものだろうか。
ばー、んなまー あんしどぅ うむいゆー
(私は今、そう思っている)
ギネスへの挑戦 にしゃい ぬ なだ(青年の涙)
あば本舗(下地・上地出身)
2015年10月、私達西原町のフラグループ30名余は、第二回カギマナフラin宮古島大会参加のため一泊二日で、みゃーくずま(宮古島)に来ていた。旅の目的は、伊良部大橋の上で「一度にフラダンスを踊る人数の世界最多」を目指したギネス記録挑戦に加わるためでもあった。
到着した翌早朝6時にトゥリバー地区へバス移動。瑠璃色に輝く みゃーく ぬ いんとぅ てぃん(宮古の海と空)、開通したばかりの伊良部大橋は、まるで天空へ駆け上る青龍のよう。そんな夢のような場所で踊れる喜びに、日本全国から集まったフラ愛好家たちは、大はしゃぎで大興奮。華やかなフラダンス衣装を着た千数百名の人々が、海上に伸びる大橋の上でリハーサルする姿は圧巻だった!
この人数を指揮し率いるのは、宮古島市の職員達だ。普段はフラと縁もゆかりもなさそうな彼らが、「中央に寄って下さ〜い!」「曲が始まります。踊ってくださ〜い!」マイク片手に大声を張り上げる。あしゃーだす゜だす゜てぃ うまかま みばかり まーりうたー(汗まみれになり、あちこちを世話し駆けまわっていた)壮大な景色に心を奪われつつ、大変そうだなあーと思いながら見つめていた。
そして本番、1500人余の参加者たちが一斉に、演題曲「アロハ・イア・ノ・オ マウイ」を踊り、世界記録に挑んだ。5分間の演舞を終えた後、雨雲が近づき雷も鳴り始めたことから、大慌てでトゥリバー海浜公園に移動する事に。そして、大雨の中、ギネス日本支部の審査発表が行われた。審査の結果は、2013年にアメリカで認定された1487人を22人上回り、1509人のギネス世界記録に認定されたのである。世界記録樹立が会場で放送されると、どよめきと共にあちこちから歓声が湧きあがった。
ふと横を見ると、ずぶ濡れになった大会関係者の職員たちが、感極まったか顔を真っ赤にして泣いている。前日まで、2千名参加の予定が蓋をあけると人数不足という事態に真っ青になったらしい。実は、ギネス挑戦は宮古島市の市制10周年を記念した行事でもあった。よもや、登録ならずという失態はあってはならなかったに違いない。あの日、彼らが背負ったプレッシャーたるや相当なものだったのではないだろうか。にしゃいたー(青年達)は必死の思いで伊良部大橋の上を駆け回っていたのだ。
そう気づいた時、思わず胸が熱くなった。涙をタオルで拭いながら互いに抱き合い「やった、やった!」と天を仰ぐ にしゃいたー(青年達)をフラ愛好家の あんがたー(おば様達)は、皆で暖かく見守った。あんがたーまい(おば様達も)つられて、なだーだだだだ(涙ポロポロ)美しい海の上で気持ちよくフラを踊れた喜びも大きかったけれど、職員達の真摯に取り組む姿がさわやかで嬉しかった。
今回のイベントは、こういう にしゃいたー(青年達)がいる宮古島だからこそ実現可能なのだと秘かに意を強くした旅だった。たんでぃがーたんでぃ ばんたがすまぬ かなす゜にしゃいたーゆー(有り難う、私たちの島のデキる青年たちよ!)
編集後記
松谷初美(下地・高千穂出身)
お盆で東京に来ています。早くも1週間がたち今日の夕方には宮古に帰りますが、東京まい あつむぬ(暑い)!梅雨も明けますます暑くなりそうです。
お盆が終わって、青森の奥入瀬渓流に行ってきました。十和田湖から流れ出る水が清流となり14キロも続き、その周りには、トチノキ、カツラ、ブナ、ケヤキ、モミジ、カエデなど背の高い木々が川を覆うように生え、その美しさといったら。川は、穏やかな流れあり、急流あり、滝ありとその表情は かまりる(飽きる)ことがなく、川のそばをウォーキングしながら、マイナスイオンをたくさん浴びてきました。
宮古とまったく違う風景・景色のところに行くと、宮古の風景・景色もまた当たり前ではないんだなーと思いますね。んざーまい(どこも)唯一無二の場所ですね。
さて、vol.392や のーしが やたー がらやー?
母の認知は、ぴっちゃがまなー(少しずつ)進んできている気がしますが、今年90歳になるとは思えないほど元気です。年を取ると子どもにかえっていくと言いますが、まーんてぃと実感しています。
「あの話をもう一度」は、2012年、与那覇湾がラムサール条約に登録された年に特集を組んだ中から、クイチャーマンさんのお話を再掲載しました。あれから5年ですね。ばっしんようん(忘れないように)、そしてもっと豊かな海になるように考えていかなくてはと思います。
あば本舗さんのギネスに挑戦したフラダンスのお話し、皆さんの達成感と喜び、裏方で奮闘する市職員の皆さんの頑張りと喜びが伝わってきました。間近でみたあば本舗さんならではのお話ですね。まーんてぃ 素晴らしい にしぇい達だと思います!して、職員の皆さんもあば本舗さんの言葉、うれしいはず〜。
貴方はどんな感想を持たれましたかー?よろしければ感想をお聞かせくださいね。
掲示板投稿まい まちうんどー(お待ちしています)!
きゅうまい しまいがみ ゆみふぃーさまい たんでぃがーたんでぃ!
(きょうも 最後まで 読んでくださり ありがとうございました!)
次号は8月3日(木)発行予定です。
きゅうまい ぷからす(きょうもうれしい)上等な一日でありまうように。あつかー、またいら!