くまから・かまから vol.102

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 みなさん、こんにちは〜。2週間のごぶさた、くま・かまの配信日どー。ぱだーぱだ うらまずなー(お元気ですかー)。
 今回は、木についての 情緒豊かな ぱなすぬ ふたーつ とぅ(話が二つと)、うむっし「初めて物語」、層の厚い「ミャークフツ講座」、ばかむぬ(若者)からのうれしいお便りと、かなまずから しっぽがみ(頭からしっぽまで)おいしさ満載です。
 どうぞ、ごゆっくり、お楽しみくださいね〜。

じんふくるぎー(小銭入れのなる木)

宮国勉(城辺町出身)

 40年程前の我が家は主屋の南側には、ぴさーてぃぬ あかんたーしいぬ みなか(平らな赤土の庭)があり、大豆などを収穫するときはそこで豆打ちをした。庭の先には野積みの石垣で道を隔て、道の向こうが、まいにゃー(南隣)の屋敷となる。そこは広い屋敷林で大きな がざまぎー(がじゅまるの樹)やたまうぎぃ(先島浜朴(ハマボウ))、どぅふくぎー(ふくぎ)などが生えていた。東方は通路と花壇が長細く在り境界の石垣が低く積まれていた。あがにゃー(東隣)の家は6メートルほどの屋敷林を挟んで建てられていた。そのようにして周り中が高い樹に囲まれて我が家は在った。

 家の作りは宮古の一般的な田の字型の間取りで、一番座(客間)の ぱい(南)と あがず(東)には矩折り(かねおり)に4尺幅の縁側が付いていた。その縁側は風通しもよく、子供のころの遊び場であり、昼寝の場所であった。雨戸は殆ど取り払っての暮らしだったので、ぱいまいあがずまい みとうさいいみやーやらまい ぴそぅーてぃどぅ うむーたー(南も東も見渡せて小さい家だったが広く感じた)。

 ある夏の あしむぬう ふぁーんきゃ(昼飯を食べる前)だったと思う。空は青く雲も無いぐらいの快晴で、ほんの少し風が吹いていた。縁側にいたら、白く光るものが、みなかんかい とぅびきし ふぁーてぃー うりさいが(庭に、飛んできてふわりと降りた)。裸足で追いかけ捕まえてみると透き通った白い綿毛に扁平で茶色の粒が一枚付いた何かの種であった。その不思議な飛来物は、じんふくるぎぃの種であることを誰かに教えてもらった。

 それは数分おきにポツリポツリと、んまぬぱ(南東)から、さずぬぱ(南西)の たつ(馬小屋)の方向に飛来している。たまには少し風が吹いたのか一度に何個か連続して飛んできて、落下傘部隊のようだった。吸い込まれるような青空から白く透き通ってきらきらと飛来する様は、まさに白銀の妖精が舞い降りるようであった。その情景は昨日、今日のように想い出される。

 ういが とぅびきゅしゅー ままあずぃゆ みーつかー んまぬぱ ばかーずぃ からどぅ とぅびきしぅー(それが飛んでくる辺りを見たら南東方向から飛んできているようだ) あがにゃーの やすきぃゆぅ とぅみうー(東隣りの家の屋敷辺りを探してみる)。きーぬ わーぶままーずゆ みーやぷらきいっざいでぃ みーろーまい すっさいん(樹の最も上の方辺りを、眼をこらして一生懸命みるのだが見つからない)。あがにゃー(東隣)の屋敷林には、12、3メートルはある しんだんぎぃ(栴檀(センダン))、うぎゃすぎぃ(木橘(モクタチバナ))、真竹などが植えてあった。

 うまたぬ きーぬわーぶから(そこら辺の木の上の方から)飛んでくるようだが じんふくるぎーは見当たらなかった。当時は、じんふくるに入れるだけの じん(お金)は無かったが、じんふくるぎーが有るだけで金持になったような気がした。じんふくるぎーの袋果のイメージが私の小銭入れのイメージである。

 和名は、ががいも(ガガイモ科:蘿摩)で、北は北海道や青森辺りまでの範囲に自生するようだ。日当たりのよい乾いた山野や道端などに生え、つるを伸ばして他の草などにからみついて、逞しく生きている。葉や蔓を切ると白い乳液を出す、地下茎は有毒らしい。夏に10センチ程の長卵状の実を付け熟れると中に長い毛がある種子が弾けて飛び風に乗って運ばれる。その袋を開けると、内側には髭になる綿がびっしりと詰まっており、外回りには種がきちんと整列している。財布は中身が入っていれば結構だが、タンスの中があれぐらい整頓されていると最高である。また、風を利用し、遠くに種子を飛ばし種の保存を行う自然の仕組みには感激する。

 「じんふくるぎー」から和名を探し出すのに、だいぶ苦労した。実は、探せなかったので子供に探して貰う羽目になった。最初の驚きは、あば! あんちいぬ名どぅ やーたーなあ(あれ、そんな名前だったか)。少々困惑したさあ。ガガーリンなら許せるけど!!ががいも!!白銀の妖精がなんで!!あがんゃ〜〜〜〜。 

 現在住んでいる家(埼玉)の近くの公園のフェンスにも去年からみついていた。そこで高校生の子供に「じんふくるぎぃ」を教えてやり、宮古ぴとぅに少し近づけた(?)。が、白い妖精の話題までたどり着けない男親であった。

 んにゃ、おしまい「END」

初めてのすててこ

クイチャーマン(下地町出身)

 「すててこ・・・」
 声に出して3回言ってみると、なんとも柔らかく、優しい響きである。私はすててこが大好きで、この33年間愛用している。すててこという言葉の響きから、ステテコと書いてカステラのように外来語だろうかと思って辞書を引いたら、れっきとした日本語であった。

 「あんってぃまーん、すててこーばー みゃーくふつしーや のーてぃーがあーがらいら(そういえば、すててこは宮古方言ではなんというのかねえ)」「すてぃってぃくー てぃーどぅ あーべーいら(捨てて来い、というのかねえ)」「まさがんな っさるんさー。 あんしゃーあずあんなあらん?(正確にはわからないなあ。そうは言わないんじゃないの?)」

 私が初めてすててこを着たのは「祖国復帰の年」(1972年)の4月、23歳の頃だった。国吉源次さんからクイチャーの踊り方の指導を受け、いよいよ舞台で発表する日が近づいたとき、国吉先生が大きな声でみんなに言った。「衣装は、ばさーじん。帯は、ばらづな。男も女も下からは必ずすててこをはくこと。いいですね!」

 ばさーじんとは、芭蕉布に似せた木綿の生地に、黒の縦じまや格子の模様がデザインされた庶民用の舞台衣装の代表格の着物である。ばらづなは、藁(わら)で編んだ綱のこと。頭の後ろから白い鉢巻を締め、額の前で結べば、立派なクイチャーの衣装である。

 私はさっそく、すててこを求めて平和通りの新天地市場まで行き、みーちゃがま(少し)恥ずかしい思いをしながら2枚買った。今もそうだが、当時も若い青年がすててこをはく習慣はなかったからである。真新しい純白のすててこの感触は、クイチャーの初舞台とともに、私の青年時代の思い出の一つである。芸能の盛んな沖縄では、舞台に出る人たちの多くが男女を問わずすててこを着用しているから、すててこの販売量は沖縄県が全国で第1位ではないだろうか。うりゃ、あんしーぱっちゃー(それは、そうかもね)。

 着始めた頃は、下半身に余計なものがまとわりついているようで、少し かさますむぬ(わずらわしい)と感じたりしたが、慣れるにつれて身体がすててこに馴染んでいった。汗を吸収し、ズボンの型崩れも防いでくれるのでありがたい。身体より一回り大きいサイズにし、木綿100%よりも麻の入った混紡の方を選ぶと着心地が良い。若い人にもお奨めである。

 夏! すててこの季節の到来だ。すててこをはくと、心が少し豊かに、そして体重が1、2キロ軽くなったように感じるのは、ばんてぃやーんべーいら(私だけだろうか)。この夏、くま・かま読者の皆さんに、すててこデビューを果たすことをお勧めしたい。

 「すててこ・・・すててこ・・・」
ちー んにゃふたんばかー あずいみゅー(さあ、あと2回ほど言ってみよう)

ミャークフツ講座 アクセントとイントネーション編

ひさぼう(平良市西仲出身)

 こどもの頃、にしむら(西原)から ぴさら(平良市)に行商に来るおばさんのイントネーションが珍しかった。自分達がしゃべっている方言と違って、音の上がり下がりが激しいのである。ふーたい(風袋)がある、ないをめぐって、ぴさらふつ(平良方言)をしゃべるうちの母親と、むきになってやりあっている にしむらのおばさんのことばが、おもしろくて仕方なかった。ことばに目覚めた最初かもしれない。

 同じような抑揚のことばを、さんばし(張水港)でもよく聞いた。池間、佐良浜、西原は、ことばの調子が同じだとわかったのは随分、後になってからである。

 今度は、高校を出て上京する途中、鹿児島で一泊したとき、旅館や街の食堂で聞く鹿児島のことばが、那覇の友達がしゃべることばの調子、抑揚とすごく似ていて、不思議に思った。これとは逆の立場で、鹿児島のひとが、東京の地下鉄でなつかしい鹿児島弁が聞こえるので近づいてみると、オキナワの人達だったという。

 それから、石垣島のタクシー運転手が”証言”するところによると、関西弁とオキナワと八重山は、ことばの抑揚、調子がよく似ている、という。
 
 これらのことから、自分の平良方言は、言葉の調子が、一本調子というか、上がり下がりのない、なお且つ、”カタイ感じ”の言葉だということが、わかってきた。

 次に、アクセントである。
 東京で生活するようになって、自分のことばの” 障害 “に気が付くようになったのは、話しことばには、アクセントというのがあって、そのアクセントがどこにあるかによって、ことばの意味が違う、ということを、知らされたときである。 あめ(○●)は、飴。あめ(●○)は、雨。はし(○●)は、橋。はし(●○)は、箸。 だと、いうのである。「エーッ」と、思って40年、いまだに区別できないでいる。(※ ●:高いアクセント ○:低いアクセント)

 こういう二拍名詞は序の口で、三拍名詞(お菓子)、四拍名詞(花束)、六拍名詞( ひやしうどん )、七拍名詞(ケイタイデンワ)など、これらを発音するとき、東京には、決まった言い方、アクセントの置き方があるんだ、といわれると、ほとんどノーテンファイラー状態である。

 みゃーくふつ全地域、という自信はないので、ぴさらふつ(平良語)に限ると「お菓子」、「花束」、「ひやしうどん」、「ケイタイデンワ」、これらは全部一本調子 に言う。どこにも、アクセントは、付けない。

 ついでながら、こういう”アクセント音痴”の人は、平良だけではなくて、全国にいるらしく、有名人で言うと、春日八郎、東京ぼんた、ガッツ石松、前川清、渡辺美智雄、渡辺恒三、柳田邦男、立花隆、大江健三郎、立松和平等がそうらしい。こういう人達でも、標準語的なアクセントは、ほぼ絶対的に習得できない、ということらしい。

 「アクセント」と「イントネーション」の違いを、一方は「単語」での、一音ごとの声の高低、片方は「話し全体」での、抑揚・調子だとすると、ぴさらふつには、そもそもアクセントがないから、雨も飴も、○○か、●●で、あみと言うし、三拍名詞、四拍名詞も、高 低 なく、平ペッたく、同じ調子で発音する。また、イントネーションは、ないとは言えないまでも、やっぱり一本調子ではないかと思う。うりゅーばー のーてぃ が あずじゃー(これをば何と言いますか)と言う場合、ほとんど、抑揚なしで言っている、と思う。

 ここで、” 栃木弁 ” のことが思い浮かぶ。「あめ ?降ったり、なめたりスッペ 」とか言って、やっぱり、アクセントの区別はないらしい。けれども、栃木弁の場合は、イントネーションに関しては、お笑いネタにされるような、独特な節まわしがある。そうすると、アクセントのある・なしと、イントネーションのある・なしは、別だということになる。宮古の場合だと、イントネーションに特徴があるのは、さっきの池間系と、下地、城辺の保良あたりのような気がする。

 「全国方言アクセント区分図」というのがあって、これを見ると、宮古島は、アクセントに関しては二種類に区分されている。アクセントがない「一型式」という地域と、アクセントがある「二型式」という地域である。そして、「一型式」の矢印は、平良と伊良部、「二型式」の矢印は、池間と、平良以外の全部を指している(この地図が、メモみたいなもので、池間、伊良部が、マル、宮古本島が、鉛筆でぐるっとひとまとめ、みたいに書いてある。

 で、この地図によると、本土では、関西地方が、「近畿四型式」といって一番複雑なアクセント地域になっている。沖縄地方では、「三型式」の与那国である)。それで、この地図から大まかに言うと、宮古島の場合、平良と伊良部(主に伊良部・仲地地区か)は、一本調子で、アクセントがなく、その他の地域は、アクセントがあって、イントネーションに特徴がある地域が多い、ということになる。この場合、アクセントがある、というのは、単語・名詞を発音する場合に、習慣的に頭を高く言うとか、逆に、後ろを高く言う、あるいは真ん中を高く言うとか、そういうことである。

 さて、問題は「池間ふつ」である。「ぴさらふつ」と比較した場合、?言語の歴史?からすると、池間は、平良の先を行っているのではないか、という重大な疑問がある。

 まず、P行音を言わない。これは、どういうことだろう。「通説」では、日本語の「は行」は、歴史上、P→F→H と進んできた。宮古のほとんどの地域で、ぱな(花)、ぴー(屁)、ぷす(星)、ぷー(穂) と言っているのに、池間では、はな、ひー、ふす、ふーである。ぴさらは、古代のP段階で、池間は、次のF・H段階なのである。それから、先ほどの、イントネーション・アクセントの問題である。どうして、こうも違うのか。
 
 日本語は、円を描くように中央から遠く離れる程、古い言葉が残っている、と言われている。有名な「方言周圏論」である。先ほどの、P→F→H は、この説に拠っている。

 アクセントにも理論があって、「日本語のアクセントは、すべて中央のアクセントからの変化である」と言われている。この説に拠ると、方言周圏論とは逆に、円の周辺になればなるほど、アクセントは崩壊して無くなる、という。円の周辺には、古い言葉は残るけれども、アクセントは無くなるというわけである。すると、「ぴさらふつ」にアクセントが無い、ということは、まさにこれだ、といことになる。

 「池間ふつ」にこれを当てはめると、アクセントが”崩壊”する前の段階だということになる(のだろうか)。ここでも、「池間ふつ」は、「ぴさらふつ」より”進んで”いることになる。

 もう一つ、違う理論がある。『方言・アクセントの謎を追って』山口幸洋著悠飛社刊、という本があって、これによると、「方言は、外の影響を受けて変化する。アクセントの無い地域も、アクセントのメリハリ、上がり下がりがはっきりしている地域に影響されて、だんだんそうなっていく。日本語のアクセントの歴史は、一型アクセントの国に、四声に近い大陸系の複雑なアクセントが入って来て、それが段々”感染”して拡がっていった」というのである。

 そうすると、アクセントは、”崩壊”して無くなっていくものではなく、アクセントのある地域に影響されて”習得”されていくものだ、ということになる。この説でも、「池間ふつ」は「ぴさらふつ」より先に”習得”していることになる。さらに、アクセントに関しては、平良と伊良部・仲地は、取り残されている状態、ということになる。別の表現をすれば、”古いまんま”である。

 宮古島各地のことばの成り立ちは、村だて、島だてというような、強制移住による人の移動によるものが多いように思われる。本土と違って、極端に”島”であって、長い年月をかけて何事かが成立していく、代わりに、いつまでも取り残されたり、いきなり、歴史が入れ替わってしまう、ということが起こりうる。

 「池間ふつ」は、なぜに「ぴさらふつ」とこうも違うのかを考えると、まっ先に浮かぶのは、海である。今、海、といえば「孤島」というくらい、閉ざされたイメージがあるけれど、古代に遡ると、逆転して、” 海は、交通路 “である。なにしろ、盛んに、海の向こうに渡った形跡”、がある。そう考えると、”池間民族”は、歴史のいつか、どこかとつながりを持ったのか、それとも、渡来人(漂流者?)との関わりで、ことばを、変えてしまったのではないか。

 それに比べて、「ぴさらふつ」は、内陸に頼って、取り残され、”習得途上方言”ということになっているのではないか。
 
 #参考文献:『方言・アクセントの謎を追って』山口幸洋著 悠飛社刊

ヤラウギー(テリハボク)

菜の花(伊良部町出身)

 島に降る太陽の白光、風と遊ぶさとうきびの葉すれ音、掘り返された土の匂い、そして花の香りや色彩・・・。子どもの頃を想う時、不思議と感覚器官も一緒に呼び覚まされる。

 おもちゃまい にーったん(玩具のなかった子ども時代)、日常に在るもので退屈など感じることなく過ごしてきた。

 ヤラウギーの実がなるのも まつかにーぶたーどぉや(待ち遠しかった)。ヤラウギーは島のあちこちにあったが、主に ぱるとぱるぬかつに(畑と畑の境)や、どーるぬ かたぱたなぎんどう ぱーゆぴすすぎーぶたー(道路脇などで枝を広げていた)。真っ白い花が咲くとほのかに良い香りがする。蜂や蛾などが絶えず花の周りに群がっていた。花の後には実が房状に付くのだが、ヤラウギーは高木で、小さい私にはとても手が届かず地面に落ちてくるのを今か今かと待ったものだ。

 風が強く吹いた後、ヤラウギーの木の下に緑色の実が転がっているのを見つけると、嬉しくてスカートの裾を広げてその中にヤラウギーの実を入れては持ち帰った。その時のヤラウギーの葉が太陽の光を反射してキラキラ輝く様も忘れないでいる

 ヤラウギーの実は熟すると橙色になり、ほんのり あずまーてぃぬ あずぬあす(甘い味がする)。でも、私は食べるのが目的ではない。人形を作るのだ。ヤラウギーの表皮を剥くと、内には白い果肉がありそれをさらに剥いていくと、真ん丸い殻が出てくる。この殻にキリで穴を開け爪楊枝を刺し、もう一個の殻にも同じように穴を開けて二個の殻をくっつけてまん丸の頭と胴体を作る。これに絵の具で顔を描き、服を描いてはマッチ箱に並べて遊んだ。

 以前、島の実家にはブーゲンビリアの大木があり、この枝は自宅の屋根から庭全体をすっぽりと包んで、木陰を作っていた。木陰の下にむしろを敷いてはヤラウギーの実で遊んだ。眠くなったらそのまま涼しい風に包まれて昼寝もした。

 今思い出すと何も無いが故に、何かを作る楽しみがあり、それは意外にも幸せな時間であったとしか言いようがない。

 父は私がヤラウギーの実で遊んでいるのを見ては、学校の床をヤラウギーの実でワックスがけしたようにピカピカに磨いた事や、ヤラウギーの殻の中身を取って やーんぷーかぐ(蛍入れ)にした事などを話してくれた。きばんなしー(貧乏で)、ランプ用の石油が思うように使えず、野に光る蛍をたくさん捕まえてきて、その灯りで勉強したと聞いた時、父の少年時代の姿を不思議な思いで想像した。今でも、「蛍の光」の歌を耳にするとヤラウギーの殻の中でぼんやり光る蛍を想う。

 この季節、島ではヤラウギーの実が すだりて(たわわに)なっているだろうか。かばすーとのかざ(香ばしい香り)までもしてくるように感じる中、ヤラウギーの油分から「ヤラウギーオイル」が採れないものだろうか?!食用にしたらどんな感じなんだろうかと、一人空想の世界を彷徨う。

お便りコーナー

久松出身 東京在 大学生 上地邦彦さんより

 今日(6/5)偶然読みましたが、だいず泣きました。そして、ばふと登録しました!

 みゃーくを出て2年たちましたが、んなだ(いまだ)みゃーくのイントネーションが抜ける事はなく(抜くつもりは全然ないけど)、みゃーくが一番!久松ばんずど(最高)!!と思ってます。そこに来て、このメルマガ読んだら「だからよ〜  しーどぅ(知っている)!」とか「まーんてぃー(本当に)」とか思って、涙がとまらんかったからよ ならん!

 最近は、内地の人たちが、簡単に みゃーくふつや沖縄方言を使ったり、沖縄ブームとかで沖縄が特集されるから、のーがよ、うぬ ぷりぬきゃー(何だよ、この変な人たち)は、と思っていたので、みゃーくぴとぅのみゃーくふつを聞いて いっぴっちゃ(少し)怒りが収まりました。

 ばんた(私達)の世代は方言札はなく、ほとんど、んーな(全部)やまとぐち(標準語)です。上の世代は、みゃーくふつを ばっしらいん(忘れられない)、ばっしやならん(忘れてはいけない)ですが、ばんたは覚えなならんです。

 それで、うや(親)の電話から ぴょーすんな(たまに)聞こえる みゃーくふつや「くまから・かまから」を よみがつな(読みながら)勉強していこうと思うので、メルマガの来る日を首を長くして楽しみに待っているからー!!

 ※上地さんの宮古を思う気持ち、みゃーくふつに対する思いが伝わってきて、私も ばふっ!と気合が入りましたよー。まいふか、たんでぃがーたんでぃどー。沖縄の言葉は、まーんてぃ 今あちこちで氾濫していますねー。また、内地の人で、真摯にみゃーくふつを勉強している人も、だう(たくさん)いますね。くま・かまも地道ながら頑張っていきますので、これからも、読んでくださいね〜。

編集後記

アモイ(平良市出身)

 関東も梅雨入りし、き゜ぬ きゅうてぃ(昨日、きょうと)、すぷーすぷ(湿っぽく)しています。

 宮古では、各地でハーリーが行われたり、内地でもだいず有名な、オレンジレンジらが出演した「ロックフェスティバル」が行われたりと、梅雨を吹き飛ばす催しがいろいろ行われたようですね。
 今は、インターネットで宮古のニュースを見ることができて、まーんてぃ、便利な世の中んどぅ なりゅーどー(なっているねー)。

 さて、vol.102は、のーしがやたーがらやー(いかがでしたかねー)?

 宮国勉さんの「じんふくるぎー」、みなさんは、みーたーくとおー あーですぃびゃー(見たことありますかー)?私は、木もその白い綿毛も みーたーくとおー にゃーんすぅが(見たことないが)、実が茶色いになって財布みたいになっていたのは、うっすら覚えていますねー。ままごとでお金の代わりの葉っぱを入れて遊んだような気がしています。宮国さんの夏の日の午後の、キラキラした思い出が まーつき(一緒に)味わえましたー。

 初めてシリーズ、今回は、クイチャーマンさんの「すててこ」についてでしたー。日本語だったというのもびっくりですが、クイチャーを踊る舞台衣装で着て、それから愛用するようになったというのも、びっくりですね。まーんてぃ すててこの販売量は、沖縄が一番ぱずやー(はずねー)。今の若い人で、すててこをはく人は少ないと思いますが、はく人、はかない人の境界線は、いったい んざんが あーがらやー(どこにあるでしょう)。うわー すててこーばー つきでぃすなー(あなたは、すててこは、はきますか)?

 さぁ、今回も宮古の金田一春彦:ひさぼうさんの「ミャークフツ講座」炸裂です。んにゃ、論文てぃ あっじゃまい じょうぶんいらー(もう論文といってもいいくらいですね)。それにしても、アクセント、イントネーションには、まーんてぃ だまがり(悩まされ)たさー。自分がちゃんと言えているのか、言えてないのかさえも、自分でも分からんのに。どうするべきか、まず! 後半の、池間ふつ、ひららふつの考察まで、ノーテンファイラー(頭が壊れた状態)になることなく、なるほど、納得の講座でした。

 先日、宮古に帰っていた菜の花は、「ヤラウギー」の花が咲いているのを見てきたと ぷからすきなり(うれしそうに)話していましたー。やらびぱだぬ(子供のころの)、自然の中の、音や匂いや色までも吸収し、その豊かな感性が磨かれてきたのかなーと「ヤラウギー」の話を読んで思いますねー。ヤラウギーの実では、本当に、いろいろな遊びをしましたが、一世代前は、また別の使い方もしたんですねー。何もないところから、いろいろなものを生み、創意工夫する豊かさ。今の時代にも必要なことかもしれません。

 さて、くま・かまでも以前おしらせした、「宮古ペンクラブ第二回エッセイ公募」で、クイチャーマンこと垣花譲二さんの「いま、本当に大切なもの」が最優秀賞を受賞したそうです〜。素晴らしいですねー!!パチパチパチ〜〜。原稿は、6/15付けの宮古毎日新聞に掲載されたとのこと。みなさん、ぜひ、お読みくださいねー。宮古毎日新聞のHPでも、UPされると思いますので、要チェックですよ〜。そして、そして、今週土曜日18日に行われる「方言大会」にも、出場するそうです!行かれる方、クイチャーマンさんとその友人のコンビをぜひ応援してくださいねー。よろしくお願いします〜。

 さて、最後に もうひとつおしらせです〜。

 下地勇さんの二枚目のシングルCDとなる「大和ぬ風(やまとぅぬかじ)」が、来週の水曜日6月22日に沖縄限定で発売されるそうです! 「大和ぬ風」は、可笑しみもありながら、息子を想う気持ち、母親を想う気持ちが心にグッとせまってくる秀逸な作品です。カップリング曲はBIGINの島袋優さんがギター演奏、これまた名作の「おばぁ」(スタジオライブバージョン)です。二枚目のシングルも聞き逃せませんよー。

 そして、このあと、7月には、アルバム「開拓者」、8月には、初の標準語アルバム「また夢でも見てみるか」が全国発売になるとのこと。「開拓者」は、土臭く、力強く、その他には、やぱーやぱな心和む曲もいっぱい。そして、あの「サバヌニャーン」も収録されています。あの曲がこんな感じに!新鮮な驚きと感動満載。初めての標準語アルバムも味わい深い歌がだう(いっぱい)!揃っています。

 6月22日:「大和ぬ風/おばぁ」(シングル)¥800
 7月21日:「開拓者」(アルバム)¥2500
 8月10日:「また夢でも見てみるか」(初めての標準語アルバム)¥2000

 「Nee」の発売から、1年ぶりのCD発売。どうぞお聞きのがしなく!!

 さぁ、vol.102の感想もぜひお寄せくださいねー。そして、あなたからの投稿
もお待ちしています。まちうんどー(待っていますよー)。

 あがんにゃ、ながーふなりにゃーんにゃー(ああ、長くなってしまいましたねー)。あつかー んにゃ、しまいっとー(それではもうおしまいにしましょうね)。しまいぎー(最後まで)たんでぃがーたんでぃいら。次号は、3週間後の7月7日(木)発行予定どー。(おおー七夕さいがー)。きゅうまい がんずぅやしーうらあちよー(今日も元気でお過ごしくださいね〜)。
あつかーまたいら!