くまから・かまから vol. 129

  1. Home
  2. 未分類
  3. くまから・かまから vol. 129

 こんにちは〜。 あーーっと言う間に8月やー(ですねー)
 東京は、なんぞぅ(あまり)暑くない夏ですが、 みなさんのところは、のーしーがらやー?
 宮古は暑い日が続いているようですね。 夏バテしないように気をつけてくださいねー。
 あつかー vol.129 ぱずみっとー(始めますねー)

助けて!

神童(平良市出身)

 平成4年、釣りに出かけた。目的地は平良港トゥリバー地区。

 埋め立て工事の途中なので、陸路でアクセスできない。埋め立て地のはるか手前に車を止めて、んぎのみー(藪の中)を抜け砂浜を渡り、釣り場に向かう。一部海水に浸らないといけないのだが、今は干潮時。なんなく、釣り場に到着する。狙いはチン(ミナミクロダイ)とイラブチャー(ブダイ)。早速釣り糸を垂れる。

 しばらくして、会社の先輩が現れた。同じセクションになったことのない先輩だ。話すのも初めて。その先輩が話しかけてきた。「お前、どのルートできたか?」歩いてきたルートを指で指し示す。指の差している方向は、ほぼパイナガマビーチだ。先輩がため息をつく。先輩の辿ったルートは垂直に近い崖だ。その崖の部分を釣り竿ケース、クーラーボックス、リュックサック、こませバケツ(撒き餌バケツ)を持って降りてきたらしい。すばらしい。これだけの大荷物で、あの崖を降りるなんて!

 その崖部分では、以前野犬が落ちたことがあるのだ。犬は落ちた拍子に足の骨を骨折したのか、同じ場所でずっと泣いていたのだった。しかし、あだんのみー(アダンの木の中)に落ちたので犬の姿が見えず救助を断念したのだ。
 
 この先輩は、魚が全然釣れないことから場所を変えると言いだし、「満潮だから帰れんよ!」と、いう忠告を無視して荷物をまとめて帰って行った。
 
 後日、職場で話しかけられた。
 「あの後、帰ろうーとしたら、満潮だったさーね。して、石の上がまをゆっくり歩いていたさーよ!したら、石が動いておごえーと思ったらーば、ずみくにびらきて(見事にひっくり返って)、竿ケースもリュックサックもぜーんぶ うぷすだり(海水だらけ)になって、ざうんみ(ずぶ濡れ)で やーに帰って急いで道具を洗ったさーよ。釣りに行けんかったさー!うふっ!」

 悲惨な奴だ。おまけにバランス崩しついでにリュックと竿ケースが邪魔して溺れたらしいんだな。人の意見は聴くべきさーね!

 翌平成5年8月。職場の後輩と平良港防波堤に釣りに出かけた。都合により近く仕事を辞めることになる後輩の送別会を兼ねた釣行だ。前日までに、あまん(ヤドカリ)を大量に捕獲してイラブチャーの餌はばっちり。大漁間違いなし!

 荷川取漁港で渡船を待つ。程なく現れた渡船に荷物を積み込む。釣行に先立って、諸注意を後輩に示す。

 「泳げますか?」「いいえ!」んじゃらば、オメーが防波堤から落ちた時は空のクーラーボックスまたは紐のついたバケツを投げる。オメーはそのどちらかに捕まれ。決して慌てるな!泳げない後輩を釣りに誘ったことを後悔する。

 乗船する際も注意を喚起する。船に乗る時は荷物を持つな。先に乗船した人が船上で荷物を受け取ることにしよう。

 しかし、後輩はクーラーボックスを担いだまま乗船した。折悪しく、漁港内を航行した漁船の航跡波を喰らって渡船が揺れる。バランスを崩した後輩はクーラーボックスもろとも水深2.5mの海に落ちてしまった。
  
 最悪なことにクーラーボックスの中に紐の付いたバケツが入っている。喚起した注意をことごとく覆すような落ち方だ。水面に没した後輩は着衣が邪魔して動きが悪い。ずぶずぶと水中に没していく。ここで、クーラーボックスの紐をたぐればいいものを我を忘れて溺れている。(なんか、変な表現だ!)

 船長に早く救助するように要求する。ロープでもなんでも投げろよ!しかし、船長。悠長に構えている。泳げない奴が防波堤に行くもんか。という考え方。

 しかたなく救助に向かう。中学校の頃、溺れている子供に不用意に近づき、ものすごい力で抱きつかれ危うく共倒れになりそうになったことがある。慎重に行動せねば。

 後輩の動きを観察する。とりあえず浮くことはできないものの、水中に没し切って、頭部しか見えなくなった後に、いきなり浮き上がってくる。そうか!海底まで溺れきって海底を必死にキックしているんだな。

 なるほど。そういうことか。サイクルがあるんだな。頃合いを見計らって船上から身を乗り出し奴をつかみ、引き上げることにした。計画を実行すべく船に飛び移った。しかし、飛び移ったのは上半身だけで、なんと、右足に船の舫綱(もやいづな)がからみつき、つんのめる形で船に飛び移ってしまった。

 状況はこうだ!
 船中央に飛び移ったつもりが右足を絡め取られ、左にバランスを崩し、頭部から海中に没しようとする寸前で右腕が船の手摺りをゲットした。岸壁より低い位置にある船の手摺りに逆さづりにぶら下がりながらも左手は後輩の襟首を捕まえることに成功。体勢を崩しながらも救助は成功した。
 
 問題はここからだ。右腕が痺れてやばいのだ。もし、右腕を離したばあい、逆さ吊りになることから、共倒れ確率100%。誰か助けて!

 観光客の女の子が窮地に気付き駆けつけてくれた。しかし、か弱い女の子一人では大の大人2人を引き上げることはできないのだ。結局、大勢の人々に助け上げられ、濡れ鼠になった後輩を連れて釣りをしたのだった。

 「落ちるなよ!」

髪を結う んま(婆)

菜の花(伊良部町出身)

 最近のおばあたちは、ハイカラで ばはむぬ〜(若々しいなー)と思うこの頃。

 日常に つん(着物)を着て生活しているおばあを見かけなくなった。からず(髪)を結ってズーパ(耳掻の形に似たかんざし)を挿しているおばあも見かけなくなった。晴れの日に、島サバはいて黒いこうもり傘をさして歩いているおばあをも見かけなくなった。

 今のおばあたちは、しゃりーしゃり(オシャレ)でTシャツにスニーカー。パーマネントの頭にはつばの広い帽子を被っている。以前は、カラフルな透けたネッカチーフで帽子が飛ばないように首のところで結んでいた。今ではブランドのスカーフを使ったりしているおばあもいる。手にはゲートボールのスティックを持ち、高らかに笑い声を響かせているおばあたちは、あまりにも元気が良すぎて「おばあ」と言うにはちょっと悪いような気がする。
 
 私が小学生の頃、父方のおばあも母方のおばあも確か60代だったはず。なのにどんな思い出を手繰り寄せても、だいずなおばーおばあ どぉや(すごーくおばあーおばあしているんだよね)。

 どちらかといえば、おばあっ子だった私は、おばあのやることは何でもうむっしあたーどぉ(おもしろかった)。おばあは、くす(腰)で着物の袖を結び、井戸の片隅で汲み置きの水を使って髪を洗っていた。どれが前髪か横髪かも分からんほどにのびた髪を、身をかがめながらすき櫛ですく姿はおばあと言えどちょっと女性チックで今も印象深く記憶にある。 
 
 からずぬ かーらきぃてぃがー(髪が 乾いてきたら)、椿油を手のひらにシャッシャッと振って擦り合わせてから頭に撫で付つけ、そしてまた髪をすいていくと、乾いてパサパサのおばあの髪がだんだんと艶やかになっていく。

 おばあは抜けた毛も絶対に すてぃん( 捨てない)。櫛にからまる抜毛を集めて、団子を作るように手のひらで丸めて少しずつ大きな団子にしていく。それを頭の わーら(てっぺん)で一束にした髪の毛に足して、クルクルッと髪の毛で包んで立派に髪を結う。まさにおばあ式ウィッグ!仕上げにはズーパをグサッと髪に挿す。
 
 父方のおばあは ふたい(おでこ)が広くて、特に結った髪がバッチリきまっていた。御願の時などは、羽のように軽く、透き通った白い着物を着るので尚カッコ良かった。
 
 私の心の中に住むおばあたちの残影は凛としていて、ちっとも動じない強さを感じさせる。着ているものは決してハイカラでも、たーだい(高価)でもないけど、すごくキチンとしているっていうのかな・・・身が正されているというかそんな感じ。それは、多分おばあたちが過酷な時代を生きてきて、自然と身についてきた生きる姿勢だったりするのかも知れない。
 
 私も とぅす(年)をとったら、きりりと髪を結い、ズーパを挿し、記憶の中のおばあたちに少しでも近づこうと思うんだけど・・・。鏡の中にはどこか頼りなくてデン!とした芯の太さを感じない自分が映っているだけ・・・。

 アガイ!んまでぃ 足らーん!(うわっ まだまだ 足りない)

ちょうん ぬうらんくとぅ・・・

松谷初美(下地町出身)

 私たち兄弟が子どものころ、何か悪いことをすると、必ずお父がよく口にしていた言葉がある。

「ちょうん ぬうらんくとぅ っすな」(ちょうにのらないことをするな=悪いことをするな)

 耳にタコができるほど聞いていた言葉だったが、単に「悪いことはするな」という意味だろうなーと思っていた。しかし、大人になって、その中の「ちょう」という言葉は、どういう意味だろう、どんな字を書くのだろう?と疑問に思い、ずーっと気になっていた。

 お父に聞いても、詳しくよく分からないという。

 おばぁも昔から「うわが むぬずや ちょうんな ぬうらん」(あなたの言うことはちょうにはのらない=あなたの言っていることは、正しくないよ)など、「ちょう」という言葉を使っていたという。

 あるとき、くまかまライターの菜の花が掲示板に、お父さんが司主をしていた時に書き残したという「皿のうた」というのを書いてくれた。

 その中に「帳」という言葉がでてきたのだ!思わず、これだーと思った。お父さんは彼女に、それは神様の帳簿のことだよと話したという。

 そして、最近こんなことも分かった。
 6月に『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク発行)という本が出版された。その本の中に「白紙(シルカビ)」のことを説明している箇所がある。「この白紙は、「帳簿」と考えられていて、神様に真っ白い帳簿を供えて、よいことを帳簿につけてほしいと願います」と書いてある。

 お父が言っていたのは、その神様の帳簿に載せられないような悪いことは、するんじゃないということだったのだ。確かに、カンニゴー(神願い)のとき、うちでも白い紙(半紙)を供える。そんな意味があったとは、すっさったん(知らなかった)!

 ずーっと疑問に思っていたことが分かって、胸のつかえがストーンと落ちた。

 そして、昔むかしから使われていた「帳」という言葉を、今なおおばぁやお父が使っていることに感動を覚えた。

 良いことも悪いことも神様はちゃーんと見ているとのばーだね。

 沖縄は21世紀の今なお、神への祈りを大切にし、自分たちの生活と切っても切れない関係を持っている。なんてすごいことだろうと思う。

 脈々と繋がれてきたであろう「ちょうん ぬうらんくとぅ っすな」という言葉。これからも心に止め、忘れないでいようと思った。

兄を想って書いた詩

ワタリマリ(上野村出身)

 この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。

 「台風と家とボクの叫び」

 ボクが最後に住んだのは鉄筋コンクリートのうちだった
 でもボクはいつもあのころのうちを思いだす
 おとうが、やーむとぅ(家元=本家)を出て最初に建てたうち
 かやぶきやー(萱でつくった家)
 やーむとぅで生まれたボクにとっても自分たちだけのうち
 すごく誇らしかった
 小さくても 畳もなくござを敷いただけの一番ざーでも
 ボクはすごく自由を感じた
 だが 夏
 台風は大の敵だった
 ある年の台風
 大型で強いとの情報がラジオから流れた
 おとうは口を一文字に結んで 何かを決めかねている
 数分後 おとうが立った
 自主避難だ! 
 即座にボクはおぶられ あがにゃあ(東がわの家)へ
 すらぶやー(鉄筋コンクリート)のおじの家が
 ぼくたち一家の避難所だ
 背中におぶられてはいるものの この風のなんと強いこと
 顔が痛い
 おとうの背中で僕は吹き飛ばされそうになり奇声を発する
 今とばかりの興奮の絶叫だ
 おとうには悪いが素晴らしい風 雨
 ボクの叫びはこうだ
 んなぴ ふき(もっとふけ)
 んなぴ ふり(もっとふれ)
 んなぴ うち(もっとうて)
 風よ 雨よ ボクのこころよ
 ばが どぅうゆ うちなうし(ボクのからだをうちなおせ)
 ばが ぱき゚ゆ ふきなうし(ボクのあしをふきなおせ)
 ばが ちいゆ ぶりなうし(ボクのてをおりなおせ)
 んなまだら にんぎんかい なす゚むのお
 (いまこそだ人間になるときは)
 小さな妹はボクの叫びが聞こえたかのように
 ボクをじっと見つめながら
 母ちゃんに手を引かれている
 教えなくても妹にはわかっている
 ボクの叫びが ボクの望みが
 そして今のボクが何一つ変わらないことも
 ボクがどんなに叫んでも現実以上になれないことを
 あがにゃーに着いた。
 ボクらはたたみの座敷で一夜を過ごした
 おとうは家の萱が心配だとおじに話している
 おじはこの台風はすぐに行っちまうだろうと
 おとうを励ましている
 だが、夜中中かぜはひゅうひゅうと
 そこらじゅうの木をなぎ倒し
 雨は強く硬くふる
 まるでボクを挑発しているようだ
 ほらもっとさけばんかい!と
 どうだ!台風(現実)にまだむかって来る気かと
 おとうの心配を思いながら
 うとうとしている間に夜があけてきた
 おとうも、かあちゃんもすでにかやぶきやーに戻ったのだろうか
 姿がみえない
 何か嫌な予感だ
 ボクはまたおとうにおぶられている
 やーんかいちい(うちに帰ろう)
 台風は那覇へ向かったというのに嬉しそうでないおとう
 帰ったうちでは母ちゃんが泣きながら床を拭き
 散乱したそこらじゅうのものを片づけている
 嗚呼!見事な破壊力立派な台風様
 うちこそ建ってはいるものの
 屋根の萱はどこへいったのやら・・・
 またひとつ空がおおきくなっていた
 その空の下で妹だけは無邪気に笑っていた
 あざあのうまいかありゃん(兄は何にも変わらない)
 や―ぬちゃあんぬどぅかありゅう(うちだけが変わりました)
 とでもいいたげな目でボクをみて笑っていた
 数年後、今度は頑丈なすらぶやーが
 ボクたちのうちとなった
 おとうはよく頑張った
 それ以来台風が来てももう避難することはなかった
 ボクも叫ばなかった
 いつでもボクはボクという現実を受け止めるしかない
 物心ついた妹はボクの前で手を合わせ
 台風と一緒に奇跡が起こりますようにと祈っている

おしらせ

松谷初美(下地町出身)

くまかま本 発売

 7月25日、ついに「くまかま本」発売になりました〜!!おかげさまです。たんでぃがーたんでぃ〜。
 感謝感激、ひやるがさっさーと踊りだしたい気分です。

 上等本に仕上がっていますので、ぜひお手にとってみてくださいねー。そして、あなたの心にストライクが入ったら、ぜひ親戚、お友達にも紹介してください〜。県内の書店で買うことができます。

 宮古では、「ブックボックス」、「麻姑山書房」、「とぅんからや」、「オキナワ宮古市場」、「楽園の果実」、「宮古空港」、「まるきスーパー」(伊良部)、「伸学喜書店」(伊良部)などで購入することができます。

 県外の方は、お近くの本屋さんに注文するか、ボーダーインク(出版社)に直接注文するのが便利だと思います。

 どうぞよろしくお願いします。

データを取得できませんでした。正しい URL を入力してください。

オフ会@那覇

 明日(4日)から宮古に帰りますが、東京に戻るとき那覇に寄ります。オフ会を開きますので、ぜひご参加くださいね。
 沖縄本島在住のライターのみなさんやくまかま本を担当してくださった出版社ボーダーインクの新城和博さんも参加の予定です。本を作った際のあれやこれやの話も出て、うむっし(面白い)はずよ〜。

日 時2006年8月10日(金)午後7時〜
場 所「こまち国場店」098−853−8178
国場十字路「コープ国場店」の斜め向かい(マクドナルドの隣)
「こまち」と書いた、大きな赤い提灯が目印
申 込8月9日(木)松谷まで
メール: kumakama@mbp.nifty.com
携 帯: kuma-kama-@ezweb.ne.jp

編集後記

松谷初美(下地町出身)

 「くまかま」本が発売になり、読者のみなさんから「本が届きました」「中身がぎっしりで読むのが楽しみです」など、掲示板にやまかさの書き込みがあって、ぷからす〜としています。まーんてぃ たんでぃがーたんでぃ〜〜。今後ともよろしくお願いしますね〜。

 さて、vol.129 のーしがやたーがらやー?
 今回は、1960年生まれ同級生4人の登場でしたー。

 神童の知り合いには、次々といろいろなことが起こるけど、しかしまぁ神童を始め、みなさん不死身?逆さづりになりながら左手で後輩の襟首をつかまえるとは!でも、観光客の女の子が気がついてよかったねー。

 菜の花の書いた長い髪を結っているおばぁを昔はよく見たものでした。ホント60代でもおばぁおばぁしていましたよね。椿油の匂いも懐かしい。おばぁは、とっても身近な存在であり、千恵袋でした。なりたいねー、そんなおばぁ。

 ワタリマリの「お兄さんを想って書いた詩」は9回目となりました。台風に全てを変えるほどの風よ吹けと叫ぶ姿に心打たれますね。お兄さんの胸のウチをこんなにも深く理解するできる妹の存在は、お兄さんにとってどんなに心やすらぐことだったでしょう。

 今号の感想もぜひお寄せくださいね〜。
 ぜひぜひお寄せくださいねー。まちうんどー。

 次回は8月17日(木)は、「ぴるますぱなす(不思議な話)」を特集する予定です。どうぞお楽しみに〜。
 あつかー、またいら〜。