くまから・かまから Vol.16

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日が暮れるのが早くなって、ぴゃーぴゃー(早々)と家路を急ぐ。東京は夕方5時でふっふぁーふぁ(暗ーい)ですが、宮古はまだ明るいよね。秋の夜長には「くまから・かまから」がお供いたします。

『学校がない 分校編』

神童/著

ピンギヌーマというのがいる。

ピンギヌーマとは、逃げた馬のことである。読んで字の通りである。ピンギヌーマは、畑から一直線に家に向かってウトゥルス(恐ろしい)勢いで走って来る。

ピンギヌーマについては、たまに集落のスピーカーでお知らせがあったりする。内容は、「ピンギヌーマのおしらせです。○川○六さんのヌーマ(馬)がピインギてしまいました。注意してください。くりかえしお知らせします・・・」という感じだった。

ピンギヌーマは、裸馬だったり、馬車を引いていたりする。ピンギヌーマがいた場合、ヤラビ(子供)たちは大急ぎで道路から避難しなくてはいけない。相手は全力疾走なのである。彼方から蹄の音高くかけてきて、道路に何があろうと蹴散らしながら自宅へ向かうのである。

相手は、話せば解かるというレベルのものではない。何をあせっているのかひたすらヤー(家)へ向かう。当時のヤラビたちにとって、これ以上の恐怖はなかったように思う。

ヤラビたちは、建物の屋根、電信柱などに登って、ひたすらピンギヌーマが通り過ぎるのを待つのであった。

『宮古のことわざ』

〔 同 指まぃ 同 高さぁあらん 〕

ンーギウィビマイ
ンーギタカサァアラン

同じ指でも、それぞれに高さや太さが違うように同じ兄弟であっても一人ひとり個性をもっている。生き方もそれぞれに違う、と教えている。

んきゃーんじゅく 佐渡山政子/編 より

『かじふき(台風)』(投稿)

山雀タヌキさんより

 みやーくずまや、んきゃーんに“かじふき銀座”てぃでゅあいさりうたい。
(宮古島は昔は“台風銀座”と言われていた)

かじふきぱだんなっかあー、ラジオから みやーくずまぬぱい200kmんどゅ かじふき○○号ぬ にすかいすすみうい てぃーぬ放送ゆ ゆうしーうたい。
(台風シーズンになると、ラジオから宮古島の南200kmに台風○○号が北上中との放送がよくあった)

くとすぬ9月ん ひさしぶりいん みやーくんかい いきゆたいときんどゆみやーくずまぬ30kmぱいん “かじふき16ごう”ぬ んまりたいだら。
(今年の9月に久しぶりに宮古に帰った時に、宮古島の30km南で台風16号 が発生したんだ)

くぬ かじふきんな うかーす わやどゆ しらいたい。
(この台風には非常に迷惑をかけられた)

のーしが、みやーく から うきなーん かいどゆ いきたいびゃーてぃ うむうっかー、
(宮古から沖縄本島に行ったかと思ったら)

うきなーん ふつかみいーか うまかまうりゆいってぃ、うりからまたみやーくかいむどり
(沖縄本島に2?3日あっちこっち迷走してから、それから宮古に戻り)

ゆーか から いつか ばかい みやーくずまぬ ままーいん びしゅうたい。
(4?5日ほど宮古島の周囲に居座っていた)

かじやー あてぃちゅうふ にゃーたいば あみかじふきがまやたいのうかん。
(風速はあまり強くなく、雨台風だったようだ)

やらびぱだ、ぴてぃーつぬ かじふきがまん 2から3かい ばかーいあしらいたい くとーど うむいだすたい。
(子供の頃一つの台風に2?3回襲われたことを思い出した)

※山雀さんの投稿は、いつも懐かしい方言がいっぱいで、ぷからすむぬ。たんでぃがーたんでぃ。

『ミャークフツ講座 祝い事編』

マツカニ/著

  • ヨース゜= お祝い
  • ヨース゜フォー = 祝い事
  • ササギ = 結婚式
  • ヤーフキ゜ヨース゜= 新築祝い
  • ッファナスヨース゜= 出産祝い
  • サラタティ = 三歳祝い
  • トゥズミヨース゜= 収穫終了祝い
  • 十六ニツ = あの世の正月

入学、卒業、合格、就職は、後にヨース゜を付ける。

【例】
村長がヤーフキ゜ヨース゜ァ ワーカウ ウプヨース゜ヤーターツァ
(村長の新築祝いは、ものすごい盛大なお祝いだったそうだ)

『てぃだ(太陽)』

Hatsumi.M/著

雨が降る度に、ぴしーぴし(寒ーく)なってくると、晴れた日の「てぃだ」の暖かさがぷからす(うれしい)

宮古で「てぃだ」が柔らかい日差しとなるのは、1年のうち2?3ヵ月じゃないだろうか。3月頃から天気が良くなると暑ーくなってくるし、照り方も次第にカンカンとなってくる。

宮古では、あまりにも日差しが強いため、それを避けるたもの工夫というのがいろいろとされる。

例えば、農家では、昼間の暑い間は仕事はしない。ぴすまにゅう(昼寝)は、常識。農作業をする時は、夏でも長袖でする。長袖の方が日差しから守られ暑くないのだ。それから、女性の日傘は必需品。高校生の頃まで、部活でふぉーふぉうたーりゃーまい(真っ黒になっていても)大人になったら、肌が焼けないように気を配るのだ。年を重ねると紫外線のうとぅるすさ(怖さ)を知るのよ。又、家の作りも日当たりが良いことよりも、風通しがいいことを優先する。

あんちーかんちー(そんなこんなで)てぃだの日差しの強さを避けようと生活しているため、観光客が浜辺で寝そべっているのを初めて目にした時は、「のーしぬ、ぷりむぬ ぬきゃりゃー(なんてクレージーな人達なんだ)わざわざ、あつとるとる(とろけそうな暑さ)の所に寝てからに・・・」と信じられない光景だった。

これからの季節、宮古の「てぃだ」も少し柔らかく感じられる。冬は雨が多くなるから、「てぃだ」の優しい日差しにあたるのもいいはずよ。

『編集後記』

Hatsumi/M

今年のかじふきは、大変でしたね。農家の痛手は、相当なものです。それによって収入も大きく違ってくるからまーんてぃ、のーがすーでぃ(本当にどうしたらいいのか)

中学生の頃、「お父、収入が少なかったら、どうするか?」と聞いたら「100万だったら、100万の生活。10万だったら10万の生活をするさー。ういがどぅ農業だら(それが農業というものだ)」という答えが返ってきた。今でも忘れられないことばです。

※おしらせ年末に「やまとぴとぅぬカルチャーショッック」を企画しています。前回の逆バージョンです。宮古出身以外の方が宮古で受けたカルチャーショック 教えてください。投稿をお待ちしています。