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くまから・かまから vol. 175

2021 5/05
メールマガジン
2008年7月3日2021年5月5日

こんにちは!
7月になりましたね〜。がんずぅかりうらまずなー(お元気ですかー)?
今回もくま・かま(あちこち)からの話題をお届けします。どうぞ、お楽しみくださいね〜。

目次

まゆがま(猫ちゃん)日記 パート5〜ビニール袋んかい なだーだだだだ(ビニール袋へ涙・涙・涙)の巻〜

あば本舗(下地出身)

我が家の まゆがま(猫ちゃん)ハナは、今年で何と9歳になった。
人間でいうと60歳くらいだそうである。中高年という?年齢のせいか、もともと運動神経が鈍いからか、以前より寝ていることが多くなった。

それに二階から降りてくる時ドンドンと大きな足音がするし、紐遊びでじゃらすと畳の上をドタドタ走り回る。しなやかで俊敏という猫のイメージには程遠い姿である。

かんしぬ ばーやりば あんなぁ まゆぬ ながーいふ みゅーだかー んじゃんかいが ぴす゜ーたーびゃー?くるまんどぅ ふぁーさりたーびゃいら?てぃ うぬすく しばーしー とぅみまーりゅうす゜ゆ〜(こんなわけなので、母は猫が少し長い間、姿が見えないと どこにいったのだろう?車に轢かれてしまっていないかしら?と、ひどく心配して探し回るのよ〜)

我が家の右側道路は、時間帯によっては車の往来が激しくなる。あんな(母)の しわ(心配)も当然といえば当然だが、私は、ハナぁだいず わーみじゃか やりば のーまいすぅん(ハナは、とっても怖がり屋だから大丈夫よ)と、あんな(母)の話しを聞き流していた。

そんなある週末、義姉が遊びにやってきた。そしてこんな話を聞かせてくれた。

「先々週、おばあちゃん(母のこと)が庭掃除をしていたらね。右側道路の木の根元に白い物が見えたらしいの。ずっと動かないので、てっきりハナだと思って慌ててしまったんだって。で、やっとの思いで反対側まで行ってみたって。

うぬっすそーぬむぬぅ みーがつな つんだらーっすさてぃー んにゃなき゜んななき゜うりってぃ 車まい いきゃーぴす゜ぴす゜うっすぅがあなぎなーすてぃうかるんさーいいら(その白いものを見つめながら、可哀相で可哀相で、ずっと泣いていたよ〜。車の行き来も激しいけど、そのまま捨ててもおけないでしょう)

ハナがまいんかい んにゃがんにゃてぃ いきみーりばどぅ ハナびゃーてぃうむーたーむぬぁ のーすたん ビニール袋やたんゆ〜(ハナの前へやっとの思いで行ってみたら、ハナだと思っていたものは、なんのことはない。ビニール袋だったのよ〜)

やーんかい きしみーりばどぅ ハナぁ いっちゃいでぃ むぬぅふぁぃうたす゜ゆ〜 あにゃーぬむー ぴたーうどるかし(家に戻ってみたら、ハナはわき目も振らずにエサを食べていたさぁ。ホントにもう人を驚かせて)

最後は笑い話になって良かったけど、足の悪いおばぁちゃんが、どんな気持ちで道路の反対側までたどりついたかと思うと胸がいっぱいになって・・・。」と話す義姉の目にはうっすら涙が浮かんでいた。

ハナのことを心配する当の老母だって、もう90歳近い。ぶっちゃけ猫の心配をしている場合じゃない。

私に出来ることは、あんな(母)よりは長生きしてちょうだいね〜とハナに言い聞かせることだけである?

ノリノリで楽しみませんか?

ワタリマリ(上野村出身)

地元(京都)の小学校でお祭りがあり、ついさっきまでPTA役員OBとして手伝ってきた。

今年もまた祭りのオープニングとして、地元中学の吹奏楽部が何曲か見事な演奏をしてくれた。それを楽しみに地域の人たちが学校まで足を運んでくれる。うちみたいな卒業生や違う学区の子供たちも雨の中来てくれた。まさに地域のお祭りだ。

「では、はじめます」の合図で曲が流れ、体育館全体に流れる軽快なリズムがみんなの体を揺らす・・・?だろうと思ってみんなを見回したのだが、アバ?(あれ?)演歌を聴いているのかね?津軽海峡冬景色ああらんどう(ではありませんよ)。といいたいくらいに皆さん背筋を伸ばして表情一つ変えずに聞いているのです。まあ有名アーチストのように1曲目からオーバーに乗ることはないにしてもみんなかたいよお〜。

そこで私は立ち上がり、手を打ちながら体を かまんかいくまんかい(あっちへこっちへ)とゆらしリズムをとる。すると隣の人も一緒になってリズムを。そのとなりも。前も後ろも。と、やろうかねえ?だれかやらないかねえと思っているうちに曲は終わった。

2曲目が終わり、3曲目は子供の歌。もちろん子供たちは一緒に歌います。そして最後は子供から大人まで楽しめる曲。ここまで来たのにお客さんたちはまだ観ている状態。ノリが悪いと感じたのか、指揮者の先生は、くるりと客の方をみて手拍子をとり、皆さんもどうぞと合図をおくってきた。うしゃー(ほっ)。みんながやっとリズムに乗った。表情もすこし緩んできたぞ。んにゃ ういだら(そうだよ、そうこなくっちゃ)

そこで私は前に出て先生の代わりに手拍子をリードし、ついでに曲に合わせてダンスもしよう・・・すると私みたいなノリノリおばさんがもう一人出てきたので会場は大笑い。と、なるような場面がほしいなあー、やろうかね?だれかやらないかねえと思っているうちに曲は終わろうとしていた。

終わりのほうは手拍子もばらばら・・・あがい・皆さん ちぃいゆ うつむぬまい なんぎかね?(もうみなさんは手を打つのもかったるいのかね?)さすがに全曲終わって指揮者がお辞儀したときは大きな拍手はあったものの。

そこで私は指笛をふいて拍手喝采に+アルファーしたかった。みんなは立ち上がり拍手と指笛は鳴り止まず、アンコールも。生徒たちはやったーと達成感で大喜び。と、なるような場面が欲しいなー、やろうかね?だれかやってくれないかねえと思っているうちにこれで終了しますとアナウンスが入り、お客さんたちは余韻もなく去っていくのであった。
 
そして、そこにいたのは ぴゃーすぱい(でしゃばり)と言われるのが嫌で一人でみんなを乗せようとする勇気もない気の小さな小さな宮古の人、ばが ううたあちぬ ばあさ(わたしがいたとゆうわけさ)

そういえば学芸会の時もそうだった。宮古から駆けつけた指笛達者な甥は、名演技の息子とそのクラスの素晴らしさに指笛で喝采を送った。すると他の観客がいっせいに甥の方を振りかえった。次の瞬間、会場にはシラーとした空気が冷たく流れた。甥は、みなさんのお行儀のよさにあきれ返っていた。演ずる側と観る側に一体感がないなあとこぼしていた。

多分みんな場をわきまえているって事だろうね。有名な人のライブではないのだから。みんなそれぞれの楽しみ方で楽しんでいるって事。と言って甥を納得させた。

話変わって、春夏の甲子園のあの沖縄の応援のすごさ。好転開のときの指笛っぴーぴー、スタンドのあちこちから踊りだす老若男女。喜びを体全体で表現する民族だなとつくづく思う。

今年の沖縄商学の決勝戦に私も行ってきた。それはもう阪神の応援以上のノリノリぶり。息子のともだちは眉間にしわを寄せ、なんだこの人たちは?状態。でも最後は指笛の練習をしていたのでした。

よかったよ!ブラボー!の感情を出すのに宮古人は惜しみなく表現する。ほめて、楽しんで、気持ちはスカッと晴れるのだ。でしょ?

大連旅順の旅

アモイ(平良市出身)

私が大連に赴任したのは今から約1年前の去年の7月でした。

赴任した最初の日曜日には、大連の中心街に行ってみようという事で、開発区という駅から電車に乗って大連駅に行きました。改札を抜け駅を出るやいなや、観光バスの客引きのお姐さんに捕まり、話を聞いてみると、旅順方面周遊の日帰りツアーで食事代別で80元(約1300円)との事。旅順か、安いし、まいいか、と誘われるまま観光バスに乗りました。中型のちょっとぼろいマイクロバスで、30人足らずの乗客中、私以外は全部中国人でした。      

日本人だとばれると色々と質問攻めにされるのも面倒なので、中国人のふりをしていました。隣の席の人とバスガイドから話しかけられ、どこから来たの?と聞かれたので、南の方、香港から来ました、と言うことで香港人としての旅行となりました。

出発するとガイドさんが予定のコースや注意事項などを遠慮の無い早口の中国語で説明してくれるのですが、半分も聞き取れず、専らもらった旅行案内のパンフレットに頼っていました。「南子弾庫、萬忠墓記念館、海鮮市場、ワニ園、お寺、海洋公園、貿易センタービル」などが行き先でした。その中で、南子弾庫、萬忠墓記念館の2箇所が今でも鮮明に記憶に残っています。

大連は遼寧半島の南端に位置し、その半島の先端に旅順があります。日本では日露戦争で有名になった港町です。旅順と聞いて私が一番行きたいところは、「203高地」という映画で有名になった場所ですが、コースに入ってなくてちょっと残念でした。最初の目的地の「南子弾庫」というところに着きました。

建物の中は弾薬の保管所で、要塞となっており、ロシア軍と日本軍が日露戦争の際に使用した兵器の写真や弾薬の実物が展示してあります。外にでて海側の方に行くと見晴らしのよい高台の砲台には海に向かって何台かの大砲が据え付けられていました。もしかしてここが203高地か?と思ったりしましたが、どこにも看板がなくやはり違いました。

その見晴らしのいい場所で、深呼吸をしたり、写真をとったりして、海の彼方を眺めていましたが、ふと、みゃーくぉー んざたばかーすんが あーがらやー(宮古島はどの辺りだろうなー)と考えながら、日露戦争中に起こった、ある宮古島の歴史的な出来事とのつながりに思いをめぐらせていました。しかし時期などが漠然としかわからず、後で調べてみると下記のようなことで、そうだったのかー、と改めて知る次第でした。

1904年2月に始まった日露戦争では乃木将軍率いる日本軍はロシア軍のこのような頑丈な要塞と見晴らしのよい砲台に向かって突撃しては、ロシア軍の上からの攻撃を受け何度も打ちのめされ、総攻撃をかけても失敗し、何万という多数の戦死者を出してしまいました。ロシア側は10月にバルチック艦隊を旅順港に向け出航させており、なんとしてもそのバルチック艦隊が旅順港に到着する前にロシア軍を降伏させる必要があったのです。

しかし被害が増えるばかりでなかなか旅順を陥落できない事態に業を煮やした児玉源太郎大将は自ら旅順に赴き、軍の陣頭指揮をとって、203高地を攻めるという作戦に変えて、何とか203高地占領に成功し、そこに大砲を据えて旅順港にいるロシア海軍の軍艦をを狙い撃ちにして撃沈させ、形勢を逆転させ、1904年12月5日にロシア軍旅順要塞司令官を降伏させたのです。私はその203高地に行ってそこから旅順港を見下ろしてみたかったのです。

旅順は日本軍に占領されましたが、日露戦争はまだ終ったわけではなく援軍として旅順に向かっているロシアのバルチック艦隊が南アフリカを回って旅順港を目指しているのです。このバルチック艦隊が、日本のどの海域を通るのか日本軍はつかめていませんでした。

翌年(1905年)の5月、宮古島東沖を通るバルチック艦隊を城辺に住む「西原真津」と言う人が発見し、平良にある行政官まで通報。行政管は宮古島に通信設備がないことから石垣島から電報を打たせよう、と言う事で電文を作りそれを石垣まで届けさせるために久松の屈強な五勇士を選出し、指令を受けた五勇士がサバニを漕いで、170Kmある石垣島まで15時間かけてたどり着き、陸路30kmの郵便局まで無事到着し、その重役を果たしたというものです。

そんな苦労も報われず、その1時間前に信濃丸という船がバルチック艦隊を発見し、「敵艦みゆ」と大本営に連絡していたのとの事です。昭和に入ってから「遅かりし1時間」と言う事でその困難な任務を果たした勇敢な五勇士と言う事が教科書で紹介され、沖縄県知事からも表彰され、久松五勇士顕彰碑が建てられ現在の観光名所となっています。

現在宮古島にはトライアスロンという鉄人レースがありますが、久松五勇士は鉄人にもまけない根性と頑丈な体力の持ち主だったに違いない、浅黒い肌と太い腕が見えるような気がします。

宮古島でそんな騒動を展開させたあと、日露戦争の最後はロシア軍と日英連合軍との海上戦となり、連合軍が圧勝し、日露戦争が終結したのです。

次に行った「萬忠墓記念館」と言うところは日露戦争の約10年前に勃発した日清戦争で、殺された人々を葬ってあるお墓でした。日本軍により2万人の中国人が殺戮された事などの説明書きがあり、ガイドの説明では今は平和になっていますが、中国人は過去の日本軍の野蛮な行為や悲惨な歴史を忘れてはなりません。というような説明をしていました。この説明を聞いているときは日本人である事を知られてない事にホットしている自分がいました。日本人としては早くこの場を立ち去りたいという気持ちでした。

あとで知った事ですが、旅順は中国軍の軍事基地が点在し、外国人が街を自由に歩く事もできないほど、規制が厳しいようです。観光バスも外国人が乗れるのは限定されているそうです。私が乗った観光バスは外国人の利用は認められてないものでした。中国人専用なので、そこの記念碑も外国人には解放されてない場所だったようでした。

大連には国龍江省や吉林省出身者も多く、日中戦争という悲惨な過去がありながらも日本が好き、とか日本語の話せる人も多く非常に親日的なところです。日本の進出企業も多く日本人向けの店もかなりあります。中国語ができなくても不便を感じない位、日本人の住みやすい街となっています。

また沖縄人としては嬉しい「サンシンの会」も結成されており、私も所属しておりました。最近沖縄県人会も結成されています。沖縄料理の店も2軒ほどあります。私は都合により大連を離れる事になりましたが、大連に赴任される予定のある方で、サンシンが好き、沖縄民謡が好き、エイサーが好き、サンシンを弾いてみたい、と思う方は是非サンシンの会または沖縄県人会に連絡をとってみてくださいね。《LOOK》とか《ID》等の無料の広告冊子が日本料理屋やホテルに置いてあり、その中で色々な情報が掲載されています。

おしらせ

松谷初美(下地町出身)

ばんたが(我らの)“ざうかに”さんこと下里こうせいさんのライブがありますよ〜。宮古民謡をたっぷり、じっくり聞かせてくれるそうです。夏のひととき、宮古の風にふかれてみませんかー?

■どぅたっちライブ vol.104〜 下里こうせい 宮古島の風をはこび唄う 〜

日 時2008年8月24日(日) 午後3時開演
場 所琉球センター・どぅたっち
東京都豊島区駒込2−14−7
料 金1ドリンク付1800円
申 込琉球センター・どぅたっち
03−5974−1333
午前11時〜午後8時

編集後記

松谷初美(下地町出身)

雨と晴れの日が交互にやってきて、梅雨はまだまだ続きそうな東京です。あなたの住んでいるところは、のーしーがらやー(どうですかー)?

来週の月曜日7日は七夕ですね〜。ぞうわーつき(良い天気)になって星がいっぱい見えると上等ですが、東京の ばんたがやーぬつかふ(近所)ではホントに星が数えるほどしか見えません。

やらびぱだ(子どもの頃)の夏の夜は、窓を全開にして、星を見ながら、眠りについたものでした。ふと夜中に みするりと(目が覚めると)、流れ星がいくつもいくつも流れて だいずきれいでした。やらびぱだに見たこの光景は、大人になっても、何度も私の頭と心の中をめぐり、しあわせな気分にさせてくれます。(でも、たぶんそれは、簡単に見えるものではないことが分かったからだはずね)

宮古に観光で行かれる方は、夜の空もぜひ見てくださいね。満天に輝くほし星が幸せのしずくをいっぱい降らせてくれるはずよ〜。あ、天の川も見えます!

さて、今回の くま・かまぁ、のーしがやたーがらやー?

あば本舗さんの「まゆがま日記」はパート5を数えました。毎回、お母さんとまゆがまの心温まるエピソードが繰り広げられますが、今回も、自分のことよりもまゆがまのことを しわ(心配)するお母さんの深い愛にホロリ。ふたり?を見守る、周囲の人たちの優しいまなざしにもほんわかでした。次回も楽しみですね。

ワタリマリのノリたくても、何もアクションができず、時間だーけが過ぎていく、はがゆさ、よーく分かるなー。私もこっちにきて、んーんーぬ(同じような)状況に何回かなったことがあります。頭の中は、ノリノリの楽しい状況が繰り広げられるのに、何も起きない(起こせない)・・・して、後で後悔するんだよね。やっぱり楽しくやれば良かった!

アモイさんが出かけた「旅順」。恥ずかしながら日露戦争の舞台になったところとは、まったく すっさたん(知らなかった)。図らずも外国の人は行くことができないという所にも行って、中国から見える日本・・・現地でなければ分からないことがアモイさんの気持ちとともに伝わってきました。旅順への旅は、日本や宮古を思いおこす旅でもあったんですねー。

あなたの感想もぜひお聞かせくださいね。メールやらばん、掲示板やらばん、まちうんどー(お待ちしています)。どうぞよろしくお願いします。


次号は、7月17日(木)発行予定です。
暑い日が多くなってきますね。お体ご自愛ください〜。
きゅうまい、がんずぅかり うらあちよー(きょうもお元気でー)あつかー、またいら〜。

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