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宮古島方言マガジン「くまから・かまから」
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くまから・かまから vol. 223

2021 6/04
メールマガジン
2010年7月1日2021年6月4日

こんにちは〜。
きょうから7月!のーしぬぴゃーむぬ(なんて早いんだ)
今回も盛りだくさんの内容でお送りしますよ〜。ぬかーぬか(ゆっくり)お楽しみください。

目次

んなま(今)の宮古 〜夏至南風(かーつばい)〜

カニ(平良・西里出身)

こんにちは カニです。

今日(6/27)の宮古島は暑いですが、涼しい夏至南風(かーつばい)が吹いております。この「か-つばい」はここ2,3日内で吹き始めています。何故分かるかって・・・

カニはこの風をここ5年間感じています。もう分かるようになったのです。6月15日、つまり旧暦の5月4日(海人祭・ハ−リー)の時にも南風が吹いておりました。同じ南風でも「かーつばい」とはちょっと異なります。小波がしぶきをあげておりました。海人祭の時には梅雨明けではありませんでした。この梅雨時の南風には、芒種風(ボウシュカジ)という名前が付いております。

どう異なるのかは実際に吹かれ身体で感じてみないと分かりません。夏至南風はもっと強い。そして涼しい風です。

今朝起きると、ベランダの鉢に植えてある木が倒れておりました。それほどの南風なんです。昨年も一昨年もベランダの鉢の木が倒れたのです。

ブフ−ブフ−と家の中を通り過ぎていく・・・そんな感じです。

6月23日の慰霊の日は無風状態でしたので、夏至南風が吹き始めたのは、もしかしたら昨日からかもしれません。そんな気がします。

7月の終わりには 夏の北風・豊見親風(といみゃーかじ)が吹きます。これもまた楽しみです。

今日は1日、夏至南風(かーつばい)を感じておりました。空を見上げると空の雲も真南から北に向かって流れておりました。今日の かーつばいは真南風なんです。

雲の動きでも風の方角が分かります。こんなことが生活の中での季節の味わいになり1日が楽しくなるものです。

話は変わりますが、今年の5月中旬頃から家の近くにアオバズクがどこからともなくやってきて、巣作りそして子育て、そして巣立ちと動き回っておりました。この1ヶ月間、その様子を朝の散歩で観察し心を和ませておりました。そうして、子供が巣立つところまで見届けることができました。

旅立った日には、嬉しさと寂しさが入り混じった心で家に戻ってきました。「達者でな、来年の若葉の頃にまたいらっしゃい」

自然の神秘、いのちの神秘の中に偉大な力を感じた一瞬でした。

紙がない!

あすなろ(平良・東仲出身)

昨年、11月の ぱなす(話)です。名古屋の中部国際空港に男女25名集まった。8年前から企画され、ようやく実現したのは平良中10期生のやまと(大和)旅行。40名の目標が25名。今回も流れるかに思われたが、中部地区幹事の与儀H君(在愛知)の頑張りで日の目を見た。

在宮古(女4名)、在沖縄(男1名、女8名)、在関西(女1名)、在中部(男3名、女1名)、在関東(男5名、女2名)。10期生は7クラスで280名余。その中の25名。あまりにも少ないと思いきや、これがいい塩梅なのだ。

空港ロビーでは、何十年ぶりかの再会と女性陣がハグしあっている。「元気にしておったか〜」と、会話は標準語でもイントネーションはしっかり宮古訛り。60歳を過ぎた、オジィ・オバァがまるで中学生だ!

バスガイド付きのこの旅行、さながら、どこかの会社の慰安旅行といった風情。しかし、この2泊3日の旅、かなりの強行軍。高山温泉(岐阜県)で1泊。翌日は、世界遺産で有名な白川郷を逍遥し、なんと、その足で金沢の兼六園(石川県)までの遠出。兼六園内の食堂で昼食を済ませ、トンボ返りで鳥羽温泉(三重県)まで高速道路を5時間。年老いた中学生には若干きつい!

さて、さて、中部国際空港の一行、バスで飛騨高山を目指す。男性陣にとって車窓に映る景色はなんの意味もない。回転式の後部座席で宴会が始まった。この後、延々と三日間飲み続ける「つわもの」まで現れる。

初日の夕食時、いくつかの演目、カラオケと続いた後、得意のクイチャーが始まった。後片付けに余念がない旅館の仲居さん達を女性陣が仲間に組み入れる。当初、遠慮がちな彼女達。底抜けに明るい宮古人に感化され、腹をかかえて大笑いしながら輪の中に溶け込む。なんと、微笑ましく、平和なんだろう!平和に感謝!しかし、この「平和」、傍観していては手に入らない事を肝に銘じよう!

話が飛んでしまったが、最終日は伊勢神宮。神宮の正面左手に公衆便所がある。「おかげ横丁」の入口右手だ。三日間飲み続けた上田H君(在神奈川)お腹が緩んでいた。「大」の用を済ませ、一息ついたところで個室を見回した。が「ない!」オーマイゴット(神様助けて下さい)「神がない!」ではなく「紙がない!」慌ててトイレに入った自分を責めると思いきや「伊勢市長、トイレットペーパーくらい置いておけ!」と怒ってみても後の祭り。「紙」は、自販機で買うのだ。心を落ちつけろ!パニックの時ほど冷静になれ!と平良中の仲間ハジメ先生が教えた筈だ!(ホントかな?)
 
彼は、おもむろに「大」を水洗で流した後、便器に溜まった水に手を突っこむ。なんと、その手でお尻を洗ってしまった。事件は、その直後に起きた。

四人で入った「おかげ横丁」の某食堂。詳細は省くことにして、こともあろうに上田君はその清潔な手で、蒲鉾の一切れを半分ちぎって、ビールのつまみにと我々に差し出す。「コシがあって、美味しい蒲鉾だね〜」と私。「まァんてィ」(ほんとだ)と隣席の砂川F君(在岐阜)も美味しそうに食している。「ばァやァ、じょうぶん」(私は、要らない)と意味ありげに笑う砂川T君(在神奈川)。

先の「紙」の出来事を知っているのは唯一彼だけだ。なるほど、食べるわけがない!この一件、バスの中で公開されたからたまらない。この(運=ウン)吉と出るか、凶と出るか。上田、W砂川の三人に共通するのは、三日間飲み続けた「つわもの」ということ。
 
砂川F君といえば、あの小学校の「交流会」(1958年「昭和33年7月6日」に開催。『北小学校百年誌P181』で判明。vol.210参照)で平一校の校旗を持参した彼だが、三日間飲み続けたお陰で、めでたく(?)五ヶ月後に入院と相成った。罪名は、「肝機能障害」と思いきや「網膜剥離」での入院。納得いかないが、いずれにしても医者の不養生での入院に変わりはない。彼の場合、この(運=ウン)凶と出た。

「交流会」のもう一方の主役は玉元K君(在沖縄)。北小・平良中と生徒会長を務めた彼だ。沖縄から黒1点の参加で、華(?)を添えてくれた。まさに半世紀ぶりの主役の揃い踏みだ。

旅行も終盤。バスの中では、下地Kちゃん(在沖縄)のリードで平一校の校歌が始まった。次は、勿論、北小学校校歌。メインデッシュは平良中の校歌だ。ゆがいなー(愉快)でヤンチャな あぐ(友達)ともお別れだ。楽しかった旅も、可愛いい中学生の顔から、世の中の役に立つ(?)頼もしいオジィ・オバァの顔に変身していく。

今回の「題名」。『くま・かま本』で有名な「学校がない」をパクりました。神童さん御免なさい。この償いは十月の拝眉の際にさせて頂きます。

それでは、お後が宜しいようで・・・

砂川恵理歌のゆたしく通信

砂川恵理歌

※宮古島出身の歌手・砂川恵理歌さんから近況を知らせるゆたしく通信が届きました。くま・かま読者の皆さんにもお届けします。


はいたーい!皆様本当にお久しぶりです。
夏の到来!!梅雨明けの沖縄から砂川恵理歌です。

各所皆様に少しずつお知らせさせていただいていますが、私、砂川恵理歌は7月7日にシングル「一粒の種 〜合唱〜」を発表させていただく運びとなりました。構想してから半年、この5月にレコーディングをさせていただき、スゴいスピードで沖縄から発売します。

ご存じの方も多いかと思いますが、「一粒の種」という曲は、もともとは、私が昨年2月に発売した楽曲で、今作はこの曲の再編曲バージョンということになります。

CDが発売となるずっと前、2004年にがんで亡くなったある男性が「一粒の種でもいいから生きていたい」と残した言葉を私の出身地である宮古島の先輩方がリレーし、曲となり、私が歌わせていただいている楽曲です。発売後は、本当にありがたいことに、年間を通してたくさんの方にご支持いただきました。

昨年の発売と同時にスタートした病院や学校や老人保健施設を訪問し、ミニライブを開いてひまわりの種をプレゼントする「smile seed project」は昨年だけで126か所を訪問、2万人もの方にお会いしてきた計算になります。

長くゆっくりと私のペースでやらせていただいたこと、それを皆さんが許していつも温かく迎えてくださったこと、この場を借りてあらためて皆さんにお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

多くの出会いのなかでいただいた「一粒の種」への感想文やお手紙(大きな段ボールにあふれるほどになっています)や、訪問先で撮影したの皆さんとの記念写真は私の一生の宝物です。

こうやって1年、「一粒の種」を歌わせていただくなかで、この歌そのものが育っていくことを感じました。ご縁あって、沖縄の小学生たち100人と練習を重ねて合唱したこと。長崎のフラダンスチームの皆さんが「一粒の種」にフラの踊りをつけて、いつも踊ってくださっていること。合唱団の皆さんがこの歌を合唱の演目にしてくださっていること。沖縄の高校生たちと、歌と手話のコラボレーションをしたこと。全国のあちこちで授業の題目に一粒の種を使ってくださっていること・・・。

この1年は、まさに歌に命が宿っているかのように育ち、そして形をかえて多くの人のものにもなっていきました。その姿を形に残したいと思い、この「合唱」バージョンが誕生しました。このバージョンは、この歌を歌いたい、という一人一人の声が集まってできたものだと考えています。

合唱には、地元沖縄の那覇少年少女合唱団の子供たちに参加していただきました。曲調は新しく命を宿した力強くも広がりのあるものになりました。

それから、ジャケット写真に写っているのは、私の故郷・宮古島の後輩たち(砂川小学校・中学校の子供たち)です。リニューアルしたウェブサイトに掲載されていますので、ぜひご覧ください。

この新しい「一粒の種」を歌う砂川恵理歌を、今後もよろしくお願いいたします。また皆様に近々お会いできることを楽しみにしています。

皆様どうぞ豊かな毎日をお過ごしください。

沖縄から砂川恵理歌でした。

■7月7日 シングル「一粒の種 〜合唱〜」
沖縄先行発売
1.一粒の種 〜合唱〜
2.一粒の種 ピアノバージョン
3.一粒の種 〜合唱〜 (あなたへ)
4.一粒の種 (伴奏)
5.一粒の種 ピアノバージョン(伴奏)

作詞: 中島正人・高橋尚子・下地勇
作曲: 下地勇 編曲: 武部聡志

メロディ譜面入り
発売日:2010年7月7日
品番:YRCI-90000 価格:¥500 (TAX IN)
沖縄先行発売
(沖縄県外での発売日程は、後日発表いたします)

砂川恵理歌オフィシャルサイト

家の記憶

R(平良・西里出身)

私が生まれてから10歳まで過ごした家は、那覇港の近くにあり、当時は、「西本町」という地番でした。住宅街というよりは、倉庫街といった風情で、いみやらび(小さな子ども)がいる家は近くにはなかったように思います。

その家は、木造平屋、6畳間が3部屋ほど横に配置された間取りの家で、大きな風呂場が別棟になっていました。父のすぐ上の兄さん(伯父)が父と まーつき(一緒に)開いたサルベージ会社に併設されていたので、多分、当初は、会社の寮として使われていたと思われます。周りは、まだ空き地が やまかさあって(多く)、けっして賑やかな場所ではありませんでした。

その頃の ばんたがやー(我が家)の家族構成は、父・母・長女(高校生)・長男(高校生)・次女(中学生)・四女(小学生)・私(幼稚園生前後)。今思い起こすと、唯一、家族が一同に生活した家です。

なすきしゃ(末っ子)で育った私の頼りは、3歳違いのすぐ上の姉だけで、他のきょうだいとは喧嘩した記憶もありません。多分、年が離れていたので、私は姉たちにとって相手にならない存在だったんだと思います。

そんな当時の想いだされるエピソードとしては・・・

私が眠っている部屋の隣の部屋から洩れる光の中から聞こえる声。
父と母の仲が悪く、姉たちに相談している母の様子。
クリスマスの頃、プレゼントの「まり」と「ブーツに入ったお菓子」を枕元に置くため「もう眠ったかな?」とタイミングを見計らう母や姉の顔。
幼馴染のままごとセットをお風呂場に隠してしまったこと。
養女に行った三女が、綺麗な服を着て遊びに来ていたこと! 
お下がりばかりを着ていることに反発して、持っている服をカーキ色のかばん(軍払い下げ)にみんな入れて家出を試みたものの庭のソテツの樹の前で途方にくれたこと。
母は私が幼稚園に入園したと同時に軍雇用として働きだしたため、私の初めての遠足に付いて行く事ができなかったこと。
兄がバレーボール部で活躍していたので、その大会を応援しに行ったのだけど、「見るのが恐い」と言って、車から降りられなかった母のこと。
姉と二人で伯父さんの家に行くように言われていたけど、私は昼寝から起きられずにいて、姉だけ、どしゃぶりの雨の中、伯父さんの家に行かせてしまったこと。
本土の短大に進学する長女を、那覇港から色とりどりの紙テープを持ち、見送ったこと。

その後、会社の倒産により、事務所も住んでいた家も手離さなければならず、父は、拠点を宮古に替え、新たな会社を始め、私たちは引っ越しました。

父亡き後、西本町の父たちの会社で働いたという人の話をよく聞きます。その会社は、宮古出身者が、一花咲かそう、と沖縄本島に出てくる際の通過点だったようです。私は幼すぎてその方々との時間を記憶に残すことはできませんでしたが、伯父や私たち家族にとってそうだったように、その会社や家で過ごした時間は、多くの宮古出身者にとっても歴史の一コマとなっているかもしれません。

その家の道向かいに「寿通関」という会社がありました。復帰前、本土や外国との輸出入の事務手続きを行っている会社で、今思えば、当時としては大変珍しく二人の姉妹(お姉さんの方が結婚されていてTさん、妹さんはまだ結婚されていなくてNさん)で経営されていました。

そのTさんには、私より3歳下の息子さんがいて、会社に連れてきて事務所内で遊ばせながら1日の仕事をこなすという、時代の先端を行く、キャリアウーマン(死語でしょうか)振りです。

私が唯一幼馴染と言えるのは、その息子さんです。私の家とTさんの会社を行ったり来たりしながら遊んで時間を過ごしたものです。

先日、姉と一緒にそのTさん一家と再会する機会がありました。何と38年ぶりです。Tさんは、81歳になられていましたが、通関の仕事をされていたためか数字に強く、いろいろなことを覚えていてくれていました。Tさんにとっては、私も10歳のままで映っているようでした。

その時、Tさんの沖縄戦の体験を初めて聞くことになりました。

お父さんは、Tさんが5歳の時に中国で戦死されたこと、お兄さんも戦死していること、お母さんは足が不自由になったお姉さんに付き添って南部に避難する際に空襲にあって亡くなったこと、家族で生き残ったのは、Tさんと妹のNさんだけであったこと。

Tさんは、糸満で行われている慰霊祭に、毎年、参加されているということでした。

Tさんとの再会は、自分自身、沖縄戦とは無縁であるように思っていましたが、私が生まれた年は、戦後、まだ17年しか経っておらず、当時、私の回りにいたみんなが、焼け野原となっていた沖縄の地を復興させ、アメリカ世(ゆ)を一所懸命生きていた時代であったことを教えてくれました。

「西本町」の家の玄関の まうきゃー(まん前)にソテツの樹がありました。父が最後に過ごした宮古の家の庭にも父はソテツの樹を植えていました。何か、父なりの想いがあったのでしょうか。大人になってから聞ける話をたくさん聞いておけばよかったと思います。

おしらせ

松谷初美(下地・高千穂出身)

■宮古島市ジュニアオーケストラコンサートツアー2010

宮古でジュニアオーケストラが結成されて3年。今回初めて、宮古、沖縄本島、東京でのコンサートツアーが開催されます。

ジュニアオーケストラのメンバーは、小学2年生〜高校3年生までの30名。現在、ツアーに向けて猛練習中ということですよ。

事務局長の天野誠さんは、ご夫婦で8年前に旅行で来島。自然と人に魅せられ、3年半前に宮古に移り住んだのだそう。現在「アマノヴァイオリンスクール ミヤコジマ」http://www.geocities.jp/miyakoviolin/を主宰。ジュニアオーケストラの活動に奔走しています。

天野さんの宮古の子どもたちに寄せる想いは熱くて だいず優しい。今回のツアーも「宮古の子どもたちに、本格的な音楽ホールの素晴らしさを体験してほしい」と企画したということでした。

東京のコンサートでは、関東南秀同窓会のコーラスグループ「南秀くらぶ」の皆さんやクイチャーパラダイスの皆さんの友情出演も予定されています。

皆さん、ぜひお出かけくださいね。

日 時2010年7月23日(金)午後7時開演
場 所宮古島マティダ市民劇場
入場料大人950円 高校生以下無料
日 時2010年7月24日(土)午後3時開演
場 所沖縄平和祈念堂
入場料祈念堂の参観料のみ
日 時2010年7月26日(月)午後7時開演
場 所東京武蔵野市民文化会館
入場料大人1000円 高校生以下無料

【問い合わせ】
宮古島市ジュニアオーケストラ 
電話:0980−73−1340
メール:mail@amano-violin.jp

■さどやませいこさん、「民話の旅」ブログ開設!

くま・かまのライターでもある、さどやませいこさんが、この度、宮古の民話のブログ「民話の旅」を開設しました。

せいこさんはこれまで『みやこのみんわ』第1集〜4集を出版されているので、その造詣の深さをご存知の方も多いことでしょう。

「祖母が亡くなる5歳まで、ばばっ子だったので、おそらく、その頃、民話をたくさん聴いたのではではないかと思います」。民話の収集をするようになったのは、「30数年前、『宮古民話の会』があって、その中で地域のすばらしい話者に出会ったのが、民話のとりこになったきっかけ」だそうです。

「想像性豊かな民話なのに、多くの人に理解されていないなーと感じます。特に、今の与えられるばかりの若者たちに、先人の知恵を伝えたいと思ってブログを開設しました」

先人たちの知恵が がふっと詰まった民話の数々。どうぞご堪能下さい。(タイトル部分の絵もせいこさんが描いたものだそう)

「民話の旅 〜宮古島伝承の旅〜 」
http://www4.atword.jp/minwanotabi/

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

先日、平良出身の上里洋(うえざとひろし)さん(25歳)が銀座の画廊で絵画の個展(6/21〜6月26)をしているというので、宮国優子さんと まーつき(一緒に)行ってきました。「優しさー許容される自己愛ー」というタイトルで女性の裸体の油絵が7点、あっけらかんとした明るさで描かれていました。

上里さんは大学で絵を勉強し、現在はバイトをふたつ掛け持ちしながら描いているとのこと。個展が開けるところを自ら探し、六ヶ月の制作期間を経て、今回、初個展開催となったそうです。

私たちが宮古出身ということを知ると、宮古なまりバリバリでこれまでのことをいろいろ話してくれました。絵を描くことが本当に好きなんですね。小難しいそうなところはどこにもなく、明るく、うむっし ぞうしーにん(上等青年)でしたよ。

途中で辞める人もいるなか、続けてこられたのは、大学の仲間のおかげとも。これから2回、3回と個展を続けていくことでしょう。自分のやりたいことに突き進む姿は清々しくていいですね。

今回の個展には200名余りの人が見にきてくれたそうで、たくさんの人が来てくれてうれしかったです。と話していました。島の人が頑張っている様子は、まーんてぃ ぷからすむぬやー!これからの活動が楽しみです。

さて、vol.223は、のーしが やたーがらやー?

カニさんの「夏至南風(かーつばい)」は、掲示板での書き込みを転載しました。んなま(今)の宮古の風はもちろん、匂いまで運んでくれる話でしたね。自然を体いっぱい感じているカニさんならでは。掲示板には、アオバズク親子の写真も投稿されています。ぜひ、こちらもご覧くださいね。

「学校がない」のも大変だけど、「紙がない」のも大変ですよねー(笑)でも、これが同期との旅行というのがウンのつき!?これから何かのたびにずーっと語られることでしょう。vol.210に掲載された「電信柱に ぱな(花)が咲く(パート1)」も必読です。まだの方バックナンバーでぜひ!

砂川恵理歌さんの「ゆたしく通信」は今回で2回目の掲載です。関係者に配信されているものですが、くま・かまでもぜひとお願いしました。「一粒の種」のこれまでと新しい「一粒の種」ができるまでの様子が手にとるように伝わってきましたね。恵理歌さんは、1年間で126ケ所を訪問。2万人の人に聴いてもらったとは。まーんてぃやぐみ(本当にすごい)ことですね。NEWバージョンの「一粒の種」楽しみです。

Rさんの「家の記憶」は、その時代が色濃くでて、ドラマにもなりそうな内容でしたね。家に、人に歴史ありですね。ほんと私たちが生まれたのは、戦後たった十数年後のことだったんですよね。あの頃は気づかなかったこと、分からなかったことを今知り、自分と違う年代の周りの人に想いを寄せる。すごく大切なことだなーと思います。

宮古ジュニアオーケストラのコンサートツアーまでいよいよ一ヶ月をきりました。お近くの方、ぜひお出かけくださいね。関東でチケットのご入用の方は、私のほうでも大丈夫ですので、メールくださいね。当日会場にてお渡しします。

さどやませいこさんのブログ開設、ぷからすむぬですね〜。宮古関係で民話専門のブログは、ないと思うので、その意義は大きいと思います。ぜひ、アクセスしてくださいね〜。

あなたの感想もぜひ きかしふぃーさまちよー(聞かせてくださいね)

きゅうまい しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
(きょうも最後までお読みいただき、ありがとうございました!)

次回は、7月15日(木)発行予定です。どうぞお楽しみに!
人生、生きているだけでまるもうけ(byさんま)、日々いろいろあるけどお気楽にいきましょう〜。
あつかー、またや〜。

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