くまから・かまから vol. 236

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 こんにちは〜。きょうは大寒ですね。ぴしーぴしの毎日ですが、くま・かまを読んでぬふーぬふ(暖かく)なってくださいね〜。
 vol.236お届けで〜す。

下地勇さん、8thアルバム『No Refuge』発売!

松谷初美(下地・高千穂出身)

 下地勇さんのNewアルバムが昨日、発売になりました!もう手に入れた方も やまかさ(多く)いることでしょうね〜。アルバム発売にあたり、勇さんに ぱなすゆ(お話しを)伺いましたよ〜。

Q

アルバム発売おめでとうございます!
まず、タイトル「No Refuge」の意味を教えてもらえますか?

A

 ありがとうございます!
 タイトルは、「逃げ場がない」という意味ですね。

Q

このタイトルにした想いというのは?

A

今回のアルバムは「手に入れる」というのが一つのテーマになっています。欲の赴くままにありとあらゆるものを手に入れていく人間。時には争い、時には奪い取り、あるいは助け合い、そんないろいろな形で手に入れていけばいくほど、徐々に逃げ場のないところに自らを追い詰めていっているんじゃないか。そんな気がしてならない思いを「逃げ場がない」というコンセプトのもとに表現してみようと思いました。アルバムの1曲目「Kari」という歌が、このアルバム全体を結論づけています。

Q

 聴かせていただきましたが、衝撃的で、ホントに追われている感じが出ていますね。ドキドキしました。「Kari」というのは「狩り」という意味で良いですか?

A

はい、その通りです。あらゆるものを手に入れやすくするために、高度情報社会を構築してきた人類ですが、今日では野放しの情報に逆に翻弄され、自らが追い詰められて逃げ場がなくなっている!そんな感覚を表現した歌です。

Q

 ホントにそういうところありますねー。今回も内容の深いものがたくさん入っていますが、私は特に、最後の「浜辺の老人」が優しさと慈愛に満ちていて肝に染みました。勇さんの語りがすごくいいというのもあると思います。“老人”にはモデルがいますか?

A

そう感じていただけたら嬉しいです。モデルがいるかどうかについては、今のところノーコメントということで(笑)。聴いて下さる皆さんの想像を邪魔しないように、書いてある通りのままでそっとしておきたいと思います。

Q

 そうですね。深い内容をかみしめながら想像力を働かせたいと思います。

アルバム制作にあたり何かエピソードがあれば聞かせてください。

A

今作は、合宿という形でレコーディングを行いました。それはとても勉強になる経験でした。同じ屋根の下で寝食をともにしながら、向かうところを一つにして、何度も何度も演奏しました。夜は呑みながら本音をぶつけ合い、一つひとつイメージに近付くために、みんなで真剣に作り上げました。音楽の深さを改めて知ることが出来たレコーディングでしたね。

Q

 ホントにそんな感じがします。たくさんの音がハーモニーとなってとても美しく、重厚感がありますね。チームワークの良さ、皆さんの想いが ぴったりと一つになっている気がします。

 アルバムツアーのご予定などありますか?

A

今のところ、ツアーの具体的な予定は組んでいません。今年は先ず海外に出て行くきっかけを作ろうという戦略で、アジアや欧州のいろんな国のイベントやプレゼンの場にエントリーしています。ツアーに関しては、今回はあわてずにその後じっくり考えたいと思います。

Q

 海外での活躍の幅もますます広がりそうですね。国内のツアーは、あわてず待っていましょうね。

 最後に、ファンのみなさんにメッセージをお願します。

A

くま・かまのメンバーの皆さん、そしてくま・かまファンの皆様、いつもあたたかい応援を本当にありがとうございます。今回のアルバムは、僕がこれまで観察してきた人間世界を表現した内容になっています。宮古方言による表現も、ある意味で新しい境地に辿りついたような感じを自分の中では持っています。仕事の合間に、あるいは散歩しながらでも、是非じっくり聴いて下さいね。これからも応援よろしくお願いします。

Q

 まさに、勇さんならでは、勇さんしか作れないアルバムだと思います。今後の活躍も楽しみにしています。お忙しい中、たんでぃがーたんでぃでした!

 ありがとうございました!

 勇さんは、現在、アルバムのプロモーションのために上京中だそうです。いろいろなメディアに登場すると思いますので、オフィシャルサイトで、ぜひ、チェックしてくださいね〜。

公民館年末大掃除

あば本舗(下地・上地出身)

 2010年12月、暮れもおしせまった日曜日の昼1時。沖縄本島の西原町中央公民館前は、大勢の町民で溢れかえっていた。
 
 やらびがまから ういぴとがみ びきどんまい みどんまい ましゃーんうぐなーりうす゜(小さな子供からお年寄りまで、男も女もたくさん集まっている)
 
 かんしぬ ぱんたーぬ ときゃーん のーゆが しーゆーがら?(こんな忙しい時期に一体何をしているんだろう?)と思われるかもしれないが、実は公民館の年末大掃除のために集まっている町民たちなのである。
 
 中央公民館は、町の住民検診や集会地として使用される他、様ざまなグループやサークル・同好会の活動の場でもある。地域住民の交流の場であり草の根活動の中心地だ。
 
 これまでは清掃業者まかせだったらしいのだが、今回から町民自身の手でーという事になったようだ。これも財政難による清掃費削減か事業仕分けによるものか?どうかは定かではない。というわけで、皆、手に手にバケツや雑巾を持って駆けつけたわけである。

 さてさて、私たちヨガグループは子供三線教室や日舞のメンバーとともに日頃使っている畳の間を割り当てられた。
 
 最初にリーダーらしき人の説明があった。まず24枚の畳を起こし外で虫干しをする。次に床や障子、ガラス戸の汚れを払い拭き掃除。そして、畳を部屋に戻し入れ綺麗に拭き掃除をする。
 
 周りを見渡すと、やらびがまぬきゃーと みどんちゃーな(小さな子供たちと女の人ばかり)このメンバーで大丈夫なのか?と不安になる。
 
 いざ掃除を始めてみると、やっぱり予感は的中した。24枚もの畳を起すのも一苦労なら運ぶのも大変な重労働である。畳一枚は私のかよわい?両手にずっしりと重い。何度もよろめき倒れそうになりながら外へ運びだす。畳にくっ付いたホコリを吸い込んではゲホゲホ。
 
 みーまい かなます゜まい やんーやんしー んにゃてぃ うたす゜(目も頭も痛くって、苦しかった)
 
 あちらこちらで悲鳴や歓声があがったり、床に潜んでいた小さな虫に騒ぎ出す やらびぬきゃー(子供達)の声が響いたりと、大騒ぎしながら何とか作業を終えた。
 
 終わったあとは皆で、さんじちゃー(三時のお茶タイム)サタパンビン(サーターアンダギー)と熱いお茶を飲みながらピカピカになった部屋を見上げて満足感に浸る。
 
 帰り道、ヨガ仲間と今日は大変だったけど楽しかったね。と笑いあいながら帰宅したのだった。
 
 また 来年まい そーっちゃしーど うす゜ぱずど〜(また来年も掃除しているはずよ〜)

ほんとうのしあわせ

根間郁乃(平良・久貝出身)

 高校時代の恩師が、このところ活発に新聞などへ投稿を続けている。「旧平良市立図書館(旧文化会館)の活用を考える会」の代表者として。
 
 ふだん やぱーやぱ(穏和)な先生が、これほどに情熱を注ぐ対象は、来る2月に取り壊しの決まった、築50年を迎える旧宮古琉米文化会館だ。
 
 解体工事をいったんストップし、築50年を迎える建物を文化庁の「登録有形文化財制度」などを活用して修復保存し、文化財産として役立てることができないか皆で考えたい、という一途な思いから、ほんとうに珍しく表に立って、署名を呼びかけているのだ。
 
 決して闇雲に反対運動をしているのではない。あすが(だが)一時中止を検討するためには、1万人の署名が必要だという。宮古島の人口は5万数千人・・・。島内外の人たちの力を借りねば、とうてい集まらない数字だ。
 
 先生の投書で、島で一番古い公共建築物であることを遅ればせながら知った。私も10年ほど前に図書館臨時職で働いたことがある。「古いし雨漏りするし危ない。早く建て替えてほしい」という周りの声には同調しながらも、細部に至るまで味があり、やらびぱだ(子供の頃)から変わらないその古びた佇まいが、かえって居心地良かった。それが解体された後は、駐車場になるという。なんとも味気ない。
 
 職場でこの話をしていて、上司が「忘れられない言葉がある」と話したエピソードがある。郷土史研究家の平良新亮さん(故人)が、どんどん変わっていく市街地の町並みをみつめながら、ポツリと言ったそうだ。
 
 「宮古は、ほんとうに幸せに向かっているんでしょうかねえ・・・」と。胸を突かれる思いがした。生前の平良さんの、ちょっとはにかんだ笑顔を思い出す。 
 
 平良さんに一度、郷土の歴史文化に目覚めたときの話をおうかがいしたことがある。古代の祭祀が根強く残る狩俣に生まれた平良さんは、若い頃、そんな伝統は古くさくて何の役にも立たないと決めてかかっていたそうだ。しかしある日、畑仕事をしていたとき、なんとも美しく厳かな調べが山のほうから流れてきた。それは神女たちの神歌だった。その日を境に、平良さんの中で何かが変わり、歴史研究に没頭するようになったのだという。
 
 平良さんが世を去ってから数年。営んでいた西里通りのせともの店はご家族に引き継がれているが、周辺の老舗は次々に姿を消した。“旧いものを残したい”という気持ちはただのセンチメンタリズムだと切り捨てられ、道路や新しい建物がどんどんできてゆく。ハード面の整備が島の発展だという信仰があるようだ。
 
 でもなあ・・・。某国会議員の流行語を借りれば「変えだかーならんか(変えなければいけないんでしょうか)?」 ばかむぬ(若者)のために、という大義名分ではあるが、実際に若い子たちと話していると「宮古はもうあまり何もつくらんでいいよー」という声が多い。開発で失われる海岸線、買い占められてゆく土地・・・。その痛みを若者たちは受け止めているのだ。
 
 島は、いったい誰のものだろう。次の世代に私たちが残せるものは、ピカピカの近代施設だけでいいのだろうか。
 
 そんなことを、この旧琉米文化会館の保存問題は問いかけている気がするのだ。「ほんとうのしあわせ」は何なのか、いま一度考えてみる時だと思う。

「旧宮古島市立図書館(旧文化会館)の取り壊しの一時中止を求める請願」 
 http://www.shomei.tv/project-1672.html#detail

亡父からの年賀状

キムキム(平良・西里出身)

 年末には、我が家でも恒例の大掃除をした。そろそろ廃棄か?と束ねかけた古本の間から古い年賀状が一枚、ひらりと落ちた。
 
 「宮古生まれの大和娘、今年も姉妹仲良く、伸びていけ」
 
 23年前、亡き父から届いた年賀状だった。もう受け取ることのない最後の年賀状だと思うと、涙があふれた。
 
 その日、数少なくなった同期生の忘年会で、大好きな酒を飲み、得意の討論会をし、普段通りの生活をしていた。翌朝、自宅で洗顔中に倒れた。
 
 その年、年明けに出産予定で、11月末には帰省していた。「今年の紅白は、やーでぃ んーなしぃ(家族みんなで)」と話していたばかりだったが、陣痛が始まった私は、産婦人科に、父は、救急車で入院となった。んなままい(今でも)がんずー(元気)な父の声が心の中によみがえってくる。
 
 生前、父は「死ぬ時はコロンと逝きたいものだ」と言って、病院とは縁がなかった。娘としては精一杯の介護をして、いつかは来るであろう別れの時には、皆で父を囲み、感謝の言葉で送りたいと思っていた。
 
 出産後、娘が生後3ヶ月になり、飛行機に乗れる時期がくると、父は、ゆっくり休みたいからと、追い出すように、私達親子を帰した。その後、死の直前には、母を「今日は気分がいいから、あんたも家に帰ってゆっくり ゆくいくー(休んでおいで)」と帰して、一人静かに逝った。いつも、一緒にいた母も、「タンディガータンディ」とも言えなかったと半狂乱だった。
 
 笑顔の遺影に向かって「望み通りだった?」と問いかけてみた。しかし、孫の成長を見ることなく逝ってしまうのは、父にとっても誤算だったに違いない。新年のカレンダーには、5人の孫の誕生日、同期会の模合の予定等々が書き込まれていた。
 
 静かに読書をすることが好きで、誰より孫の誕生を待ち望んでいた父。「子供は、おおらかに、のびのびと育てなさい」と何度も繰り返していた。
 
 今年、我家に白紙の年賀状が届いた。差出人の名はなく、消印は宮古。「たーがらや(誰だろうね)?」「えげーぃ、自分の名前も書かんで、裏を印刷するのも、ばっして(忘れて)ぷりむぬさいが(バカだねー)!」 犯人は、全くわからない、探し出す意味もない。ただ、この白紙に私なりの1年を描こうと思った。
 
 去年、体調も仕事も最悪だった私。“ひょっとして、父からの激励の年賀状かもしれない”と妄想とも、幻覚ともしれない思いで・・・。
 
 「ここぞ」というときの「やる気」
 私が父にもらった生涯のお年玉でもある。

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 宮古も どうりゃーにゃーん(とんでもない)寒さだったようですね。電気店には、ストーブや電気カーペットを買い求める人が やまかさつめかけたとか。母ちゃんは「あんまり寒いからこたつを出したよー。こたつ」と言う。「二番座に出したわけ?」と聞いたら「寝床にさー」。私「??」よくよく聞いたらストーブのことをこたつと言っているのだった。母ちゃんよー。(そういえば、何年か前もそんな話してたか?)あすが、昨日は太陽も顔を出して寒さも和らいだとのこと。このまま、ぬふーぬふに(暖かく)なるといいですね。
 
 先日(16日)は宮古方言研究会(通称:新里教室)の後、くま・かまの新年会を秋津の「とぅばらま家」でやりました。「とぅばらま家」は、http://homepage2.nifty.com/toubarama-ya/ 方言研究会仲間のTさん(狩俣出身)のお店。しーむぬ(宮古版、吸い物)や魚のてんぷらなどに舌鼓をうちつつ、10周年企画の話等で盛り上がり、楽しい時を過ごしました〜。参加してくださったみなさん、たんでぃがーたんでぃでした。10周年の企画もどうぞお楽しみに!
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 下地勇さんの話の中から、このアルバムへの想いがたくさん伝わってきましたね〜。毎回、真摯に答えてくださる勇さんに感謝です。勇さんの8枚目のアルバム『No Refuge』ぜひ!
 
 あば本舗さんの公民館を掃除する様子は、みなさんで力を合わせてやった後の爽快感が出ていましたね。今年の活動は、さらに磨きがかかるのではないでしょうか。読んでいるこちらも爽やかな気持ちになりました。
 
 琉米文化会館、なんとか残して活用してほしいですね。郁乃さんの“ほんとうのしあわせとは何か”の想いに同感です。紹介されていたサイトでWeb署名をすることができます。私もやりました。興味のある方はぜひ!
 
 以前、神童も「宮古の歴史的建造物」の中で、琉米文化会館について書いています。

こちらも合わせてどうぞ〜。
 
 キムキムさんのお話しは、お父さんの人柄、お父さんへの想いがたくさん伝わってきましたねー。胸にジーンときました。23年前の年賀状を通して、お父さんは、今もちゃんと見守っていて、ワイてぃどーと応援していることを伝えてきたのかもしれませんね。
 
 あなたの感想もぜひ きかしふぃーさまちよー(聞かせてくださいね)。
 
 今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (最後までお読みいただいて、ありがとうございました!)
 
 次回は、2月3日(木)発行予定です。
 感冒しませんように。がんずーかり うらあちよー(お元気で)!あつかー、またいら!