くまから・かまから vol. 252

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 こんにちは〜。
 残暑厳しい日が続きますね。 がんずぅかりうらまずなー(お元気ですか)? くま・かまで一息いれてくださいね〜。
 vol.252 お届けで〜す。

希望を注げ

松谷初美(下地・高千穂出身)

 ♪イラヨーイ シュラヨーイ  夢のグラスに
  イラヨーイ ほろ酔い   希望を注げ
 
 沖縄地方ではおなじみ、下地勇さんが歌うオリオンドラフトビールのコマーシャルソング「希望を注げ」がこのたび(9月9日)沖縄限定で発売となった。「希望を注げ」は、コマーシャル放送直後から反響が大きく、CD化の要望も多かったそうだ。
 
 「作ったときは、CD化になるとはぜんぜん思っていませんでしたよ」と勇さん。反響の大きさに驚いたとのこと。
 
 東京に住む私は、この歌は、もっぱらライブで聴いていたが、聴くたびに宮古のいろいろな風景が頭に浮かんだ。
 
 宮古では、「ぶがりのーす(お疲れ直し)」と言って、農作業が終ったときとか、何か だいばん(大きな)仕事(もちろん、小さいのでもいいんだけどね)が終ったときなどに、お疲れさん会をする。会とは言わないまでも、うちで農作業を手伝ってくれた人に、母ちゃんが「はい、ぬーりー(上がって)ぶがりのーすゆ っしる(疲れを直して)」と、酒や うさい(酒の肴)を出す、ささやかな宴もある。そんな風景。
 
 それから、オトーリの場面。親が挨拶をする際、グラスに「自分の気持ちを入れてまわします」と話すことがよくある。きょうの ぷからす(うれしい)気持ちーとか、感謝の気持ちーとか、この先の幸せを願ってなどなど。酒と まーつき(一緒に)気持ちをグラスにいれ、みんなに飲んでもらう。
 
 あと、ばんたが(うちの)おばあは、お茶やお酒(お酒はめったに飲まなかったけれど、お祝いのときのオトーリが回ってきたときなど)を飲む時は、いつも「とーとーい」と小さい声で言って、湯のみ茶わんやグラスを上に掲げてから飲んでいた。お茶やお酒がいただける感謝の意なんだと思うけれど、いつも当たり前のようにやっていた。おばあのそんな姿は、今でも、印象深く残っている。
 
 この歌を聴いていると、そんなこんながまぶたに浮かぶ。労わる気持ちや応援する気持ち。そんなことがシンプルな言葉から伝わってくる。
 
 人は、人生において想像もしない出来事に合う。自分で変えられることもあれば変えようのない、抗いようのない出来事もある。それを受け入れるためには、わずかでも希望が見えることだと思う。そして、それを自分たちの手で注ぐのだ。勇さんの「希望を注げ」は、まさに希望を注いでくれる。

♪もうすぐ日が暮れるころだ
 ひと息ついたら乾杯しよう
 滴り落ちる汗を拭いたら
 最後のヤマを片付けようぜ
 ここまで来るとは思わなかった
 泣きたくなる日もあったけれど
 今宵の滴は涙なんかじゃない
 グラスの底に希望を注げ
 イラヨーイ シュラヨーイ  明日もまた
 イラヨーイ ほろ酔い   いい日にしよう
 イラヨーイ シュラヨーイ  夢のグラスに
 イラヨーイ ほろ酔い   希望を注げ

 勇さんは「皆さんにこうして曲を聴いて喜んでいただけるというのは本当に嬉しいことです。作った甲斐があったというものです。ありがとうございます。」と話していました。

■「希望をそそげ」¥1000(税込み)沖縄限定販売
  「希望をそそげ」(オリオンドラフトビールCMソング)
  「南の島で」(オリオンドラフトビール2010年CMソング)
  「我達が生まり島」(Live at Cafe Milton 2011.7.31) 収録

陰陽五行説

あすなろ(平良・東仲出身)

 8年前の ぱなす(話)です。
 
 定年を3年後に控え、第二の人生を如何に過ごすか・・・。悶々としていました。
 
 「おーい、○○君一杯呑みに行くぞー」
 「一杯だけだぞー」
 「えー、本当に一杯だけですか?」
 
 遠くから茶々が入ります。ロッカー室で「5時から男」達の何時もの会話が始まった。「花の金曜日」の決まり文句です。
 
 「あすなろさん、最近付き合い悪いですねー」
 「すまん、用事があるんだ」
 
 「5時から男」を自認する私が、この2,3ヶ月飲み会に参加していません。後ろ髪を引かれるおもいで「目的地」へとスクーターを走らせます。その『目的地』は職場の皆には内緒です。2年後の卒業までは極秘のうちに事を進めねばなりません。半年を過ぎた頃、流石に「用事がある」は通用しません。「毎週金曜日、用事があるなんて絶対怪しい」と飲み仲間が五月蝿い。仕方なく、「専門学校」へ通っている事だけを白状し、「○○整体専門医学院」の事は内緒にした。
 
 「学校」では実技が主ですが、毎週木曜日に『東洋医学概論』等の座学が組み込まれ、この中に「陰陽五行説」の講義が入っています。学生の頃から「唯物論」を叩き込まれ、「唯物論」以外は、あまり信用しない体質になっていた私に、得体の知れない「陰陽五行説」なる未知の世界が待っていました。
 
 「陰陽五行説」とは、「陰陽説」と「五行説」が合体した中国の思想で、森羅万象を「陰」と「陽」に分け、さらに、「五行説」を結び付けます。「行」は循環を意味します。この「五行」の相互間に相性(そうじょう)と相克(そうこく)があり、「相性が良い」の言葉はここからきていると言われています。「相性が悪い」のは「相克(そうこく)」です。
 
 「のーしぬ ばーてー(何を根拠に)びきどぅん(男性)を「陽」、みどぅん(女性)を「陰」てぃ、あす゜がらやー?(言うんだろう?)」と先生に質問(標準語で)してみたら「難しい事をきくな。昔からそうなっとる」との迷回答に教室は爆笑の渦。勿論、後から詳しい説明がありましたが。
 
 この観念的な「陰と陽」の世界が何となく理解できるから不思議です。まさに、東洋人の証でしょうか?比較的、女性陣の好きな「四柱推命」「風水」は苦手ですが、「立春」を1年の始まりとする「二十四節気」等は日常の中に深く溶け込んでいます。
 
 「五行説」に話を戻します。
 
 本当は、図にすると分かりやすいのですが、時計回りに木(もく)→火(か)→土(ど)→金(こん)→水(すい)の五行にそれぞれ、季節、方角、色、臓器、十二支、干支など色々なものが当てはめられています。例えば、季節を当てはめてみましょう。木→春、火→夏、土→土用、金→秋、水→冬。
 
 次は、色を当てはめて見ましょう。春の色は青です。そうです、「青春」の言葉の由来です。秋は白です。そうです、「白秋」です。
 
 得意な脱線をお許し頂くとして・・・
 
 「北原白秋」は、この「号」をかなり若い時から使っています。秋のイメージは初老、たそがれです。若い時から、人生を「悟って」使っていると思っていました。
 
 この原稿が仕上がった頃、試にと「白秋」の名前の由来を調べて、ショックを起こしました。『ペンネームの由来(九州編)』に次のように記されています。「中学(旧制)4年生の時、友人達と『文学会』を結成し、筆名をそれぞれ『白』の下に一字をおく趣向で、北原はたまたま『白秋』を引き当てた」と言うのです。「うそー」思わず叫んでいました。
 
 思い込みとは恐ろしいものです。長年、「五行説」から「号」を取ったと決め付けていました。このショック、当分続きそうです。
 
 「号」では、裏切られてしまいましたが、北原白秋の詩は大好きです。
 
 ♪海は荒海 向こうは佐渡よ
  すずめ啼け啼け もう日はくれた
  みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ
 
 この歌の題名が「砂山」とは知りませんでした。
 
 11月、宮古島のあの懐かしい「砂山」に帰ります。

きゅーや とぅずゆ やかでぃ(今日は鶏を潰そうねえ)

宮国勉(城辺・西城出身)

 子どもの頃、どの家の庭にも鶏が放し飼いされていた。10羽ほどの子連れでコッコッコ、ピヨピヨピヨッと賑やかに さーりまーりゅう(連れ歩く)光景が普通だった。家族や親しい親戚が都会から帰ってくると きゅーや とぅずゆ やかでぃ(今日は鶏を潰そうねえ)と、一、二羽減ることになった。
 
 「んじぅーが やかでぃ」と明るい内に目星を付けておき、ゆさらびがた(夕方)には、鳥目の弱点につけ込んで、捕まえてくる。雌は繁殖させる目論見があるから大抵は雄の若鶏がターゲットである。
 
 ぬーまたつ(馬小屋)の入り口で首を3,4回捻り足で踏んづけて羽をむしる。初めての時は鶏の体温が あつぷむー(温かく)として気になった。時には、ばたばたされて、不覚にも踏んづけていた足を放し、ぱにゃーにゃーん(羽の無い)鶏に逃げられてしまうこともあった。首を捻られていたにも関わらず・・・。
 
 たーう゛ぃ たーう゛ぃてぃ っしっがっちゃーん さあてぃ ぴんぎぴずー(ヨロヨロしながらも最速で逃げていく)
 
 あがいたんでぃ んにゃ だいず きゅうや のーゆが ふぁーでぃ!  (あー 大変だ 今日は何を食べるかー)
 
 今晩のご馳走を逃がした責任は大変重い、家族みんなから恨まれること間違いなしである。
 
 んにゃ うぬ とぅずや んざんかいが ぴずー! (あれーその鳥は何処へ行くか)
 
 ゆかすたびゃー ぶーぎなかんかい ぴらすなよー と おおあわてぃ! (床下かなー、キビ畑だけには行かないよーにしてー、と大騒ぎ)
 
 ぱにゃあにゃーん とずや やしーがーや っしって ぴゃーむぬ! (羽の無い鳥は痩せているが早い)
 
 「きゅーや とぅぃずぅーどう(今日は鳥料理だよー)」と子ども達も、何と無く嬉しそうである。50年前の宮古島は城辺の、ある片田舎の情景である。
 
 あんちぬ くとぉ おとうが かたーき(そんな作業は父の役目)で手慣れた物であるである。どぅぬ ままーずぬ ぱにゅ あう゛い(胴体の産毛を炙り)ばっつぁい らい(解体される)。頭を切り落とし、逆さにして血抜きをし、手羽と足をもぎ、胴体だけになる。今度は胴体が二つにされ、みるみる鳥の形が判らなくなり鍋に入れられる。
 
 なびぅ みばかずがっちゃーん(鍋の面倒を見ながら)都会の話、出会った知人のことや諸々の話などをしている内に汁が、かばすーかばす(良い香り)になってきて完成間近になる。出来上がった鍋を にばんざー(二番座)に運びランプの下で食卓を囲む。
 
 食事が終わっても話はつきないようで、子ども等は寝てしまい親たちは夜中まで喋っていた。
 
 やーぬぷかぬ くぱがらぬ きゅうぬ なきや いつやーすぅど ぷからすきなり たよぉー いだしいー なきうず!(屋外の雨ガエルの今日の鳴き声は、嬉しそうにいつもより力をだして鳴いているよ)
 
 くぱーくぱとは硬いことをいうが、くぱがらとは蛙のことでサトウキビの枯葉の下などに居り、ジャンプ力のある雨カエルである。蛙の合唱と云うぐらい大勢で鳴くのが普通だが くぱがら(雨ガエル)は、夜中の静まりかえった頃に独唱で鼓を叩くほどの硬さで鳴くのである。寝ながらも歯を食いしばりたくなるほど聴く方も力が入る。しかし、鳴けばだいたい翌日は雨模様なので、涼しく寝やすい夜である。
 
 裏山の中腹に まかや(茅萱)の生えた田んぼのように水平な ぬー(丘)があり、やらびぱだ(子供の頃)、一番好きな場所であった。そこは見晴らしが良く、里の家並み全体が見下ろせる最適な遊び場のひとつであった。
 
 周りには やらうぎー(照り葉木)が疎らに植えられ、頂上にはミルク御嶽がある。そこに地盤より少し持ち上がった穴だらけの にーいす(岩盤)が広がっていた。その周りには ぽーんぎー(クロイゲの木)が茂り時季には大粒の ぽー(クロイゲ)がけっこう採れた。
 
 ある初春の頃、その にーいす(岩盤)の奥深い空洞からひよ子がピヨピヨと悲しい泣き声が聞こえる。草刈りにきたことを忘れて取り出すことに夢中になった。考えてみると卵一個と一匹では大きく価値が違うと思ったのだ。ひよ子は成長すれば鶏一匹になるが、卵は一個では目玉焼きにもならないのだ。そのひよ子は ぱうがらゆむら(蛇または鼠)の餌にされたかは とーまい すさん(誰も知らない)。
 
 なぜこんな処に一羽だけ潜ったのか色々考えてみた。おそらく、ぴゃー(ハヤブサ)か がらさ(カラス)が掴まえてきて逃げられたに違いない。ぱりゆむら(野ねずみ)や ちぬしゃ(コオロギ)が多く居た頃は ぴゃー(ハヤブサ)も ピッピッピーと普通に居た。鶏が子連れで かふつ(屋敷)を歩いていると、ぴゃー(ハヤブサ)も狙いを定め空でホバーリングしていた。
 
 ガイチンもチンチンと鳴き ぎすきぬ すぅら(ススキの先端)や ぶーぎぬ ぱー(サトウキビの葉)に留まり、風が強い時などは折れんばかりに撓む足下を気にもせず曲乗り状態で技を披露する。まるで、チンチンチンチンと甲高い声で観客を呼び舞台を楽しんでいるようである。
 
 小鳥は大概がそうだが眼がとても澄みきって美しい。特にガイチンの眼は見とれてしまうほど綺麗で、遠くからでもよく見える。あの美しい眼で見つめられると、心が見透かされそうな気がした。
 
 昔から身近に棲息していた野鳥が減り、最近の裏山にはイソヒヨドリ、カラス鳩、金鳩、孔雀、三光鳥など以前には見馴れない野鳥が営巣し増えている。
 
 自然環境の変化が影響を及ぼしているのか気になるところである。

おしらせ

松谷初美(下地・高千穂出身)

生まり島・ミャーク大会開催

 宮古出身者が一同に集う会が、11月に宮古で開催されるそうです!

 この大会は「沖縄県及び日本全国に在する宮古出身者が一同に集い、宮古人ネットワークの構築と継承を図り、更なる拡充・発展を目指す」目的で開催されるとのこと。主催者側では、多くの参加を呼びかけています!

日 時2011年11月4日(金)〜7日(月)
参加費5千円(大会パレード・歓迎パーティ・スマフツ自慢)
申 込生まり島・ミャーク大会実行委員会事務局
宮古島市平良字西里187−2F
電話・FAX:0980ー73−2005
〆切り2011年9月30日
主 催生まり島・ミャーク大会実行委員会

◇大会スケジュール

4日(金)・オプション(・観光・ゴルフ・釣り)
・映画スケッチ・オブ・ミャーク(有料)【協力イベント】
19:00〜21:00(マティダ市民劇場)
5日(土)・クイチャーパラダイス(無料)【協力イベント】
 11:00〜13:30(マティダ市民劇場)
・大会パレード
 14:00〜16:00(西里・市場・下里通り)
・歓迎ぷからすパーティ
 17:00〜19:30分(宮古島市総合体育館)
 出演:下地暁、下地勇、砂川恵理歌、パニパニジュニア
 司会:川満しぇんしぇ〜
6日(日)・スマフツ自慢
 「鳴りとぅゆん みゃーく方言大会」の歴代入賞者出演
 10:00〜12:00(宮古島総合体育館)
・クイチャーフェスティバル&郷土芸能【協賛イベント】
 14:00〜20:30(無料)(カママミネ公園)
7日(月)・豊見親会議【関連イベント】
 10:00〜11:30分(アトールエメラルド)
 ※一般参加はありません

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 11日、宮古では「第6回なりやまあやぐ大会」が行なわれたようですね。ライトアップされた海(イムギャー)で聴く、なりやまあやぐは、又格別でしょうね。いつか、いきみーぶすむぬ(行ってみたい)!
 
 同日、東京では、飯田橋にある沖縄料理の店「島」の開店50周年記念パーティ(「島」50周年感謝の集い)がホテルグランドパレスで行なわれました。
 
 「島」を始めたのは、下地出身の上地与市さん、ミツさんご夫妻で、現在は娘さんご夫婦(山本裕幸さん、文江さん)とその息子(哲)さんが後を継いでいます。
 
 1961年(昭和36年)当時、東京で沖縄料理の店を出すというのは、大変なことだったと思うのですが、(まだ沖縄に対する偏見もあったことでしょう)「沖縄の食文化を内地に広めたい」「沖縄問題を提起したい」という想いから始められたようです。それから半世紀。沖縄、宮古出身の心のよりどころとして、また地元飯田橋はもとより、内地の方たちにも愛される店としてここまで続けていらっしゃるというのは本当に素晴らしいことだと思います。
 
 パーティには200名余りの方が参加し大盛会でした。沖縄らしく余興も だう(いっぱい)!琉球舞踊があったり、ジャワ舞踊があったり、関東宮古郷友会の面々も歌、三線を披露しました。(ばんた(我ら)下地郷友会は、与那覇のヨーンシーを踊りました。大ウケでしたよ。笑)
 
 会場は「島」への想いがたくさんあふれていて、とても ぬふーぬふの(温かい)雰囲気に包まれていました。ミツさんもお元気で、かくしゃくとされ、今年92歳(!)になられるとのことでした。東京多良間郷友会の土井会長と まーつき(一緒に)司会をさせてもらいましたが、この会場にいられる幸せをしみじみ感じました。「島」さんのますますのご発展を祈念します。


 さて、今回の くまかまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 下地勇さんの「希望を注げ」のCD化、ぷからすむぬやー(うれしいですね)。その中に入っているカフェミルトンでの演奏「我達が生まり島」もズミ!です。ぜひ!
 
 定年後は悠々自適で・・・と考える人が多いかと思うのですが、あすなろさんは、退職前に整体の学校に通われたんですね。(現在、愛知県で整体院を開業されています)「五行説」から「白秋」・・・長いことそうだと思っていたことがくつがえされたときのショック・・ありますよね。
 
 宮国さんの文章を読むと、土や草の かざ(匂い)がしてきそうですね。私の家でも鶏をつぶしていましたよー。んきゃーん(昔)の鶏は、今のより、だすーだすで んまーんまだった(美味しかった)ような・・・。それにしても、ガイチンの眼の美しさまで語れる人はそういない気がします。
 
 「生まり島・ミャーク大会」、初めての大会ですね。ウチナーンチュ大会の宮古版という感じでしょうか。菜の花と私も参加予定です〜。たてぃだてぃの(いろいろな)行事や、こういう機会だからこその交流など、だいず楽しみです。さぁ〜、あなたもぜひ!
 
 今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふ〜〜。
  (最後まで 読んでくださり ありがとうございました〜〜)
 
 あなたの感想もぜひお聞かせくださいね。

 次回は三週間後の10月6日(木)発行予定です。どうぞお楽しみに!
 うぬときゃがみ がんずぅかり うらあちよー(その時までお元気で)あつかー、またやー!