くまから・かまから vol. 280

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 こんにちは〜。
 きゅうや(きょうは)この秋一番の冷え込みとなったところが多いようですね。季節の変わり目、感冒などしていませんかー?
 vol.280お届けします。お楽しみくださいね〜。

宮古の森林

ビートルズ世代のサラリーマン(平良・下里出身)

 秋真っ盛りである。先日、仕事で群馬県長野原町へ出掛けた。吾妻渓谷沿いの紅葉にはまだ早かったが、車が浅間山の麓の現場に近づくにつれ周りの木々の紅葉も濃くなって来る。ここまで来るともう長野県との県境だ。
 
 帰路は鬼押出しから長野県側に出て一気に軽井沢まで下ることにした。軽井沢までのつづら折りの山道は目の覚めるような紅葉だった。鮮やかな紅葉の森林を抜けながら ばんたが(我が)宮古島のことを思った。
 
 飛行機から宮古島を眺めると、島の北西から南東にかけて数条の緑の んみ(嶺)が伸び、その間を ぴさたーとした(平たい)碁盤の目のような畑が ぴすがりて(ひろがって)いる。島の周りは防風林のモクマオウと白い砂浜で縁取られ、エメラルドグリーンの海に浮かぶ姿は実に美しい。
 
 一見するとサトウキビの緑の葉で埋め尽くされているので緑豊かな島に見える。しかし、宮古島の森林率は僅か16.2%である。全国平均67%県平均46%に比べると極端に低い。この森林率16.2%という数値は危機的状況なのか、この数値が宮古島の環境にとってどのような意味を持つのか正直解らない。
 
 宮古島は高い山もなく平たい地形なので耕作地や住宅地に転用するのに比較的労力を要しないという事も森林面積の減少に拍車をかけてきたように思う。人間は暮らしやすいように、山を崩し、街を造り、んつゆあき(道を拓け)て来た。只、宮古島のように限られた島の場合、積極的に環境を保全するという意識を持たなければ島の環境は守れないのである。
 
 かつて、宮古島には多くの松林あったらしい。『宮古史伝』によると、平良親雲上恵通が元文3年に海を渡り、当時の三司官蔡氏具志頭親方文若(蔡温)より山林の法を学んで帰り大規模な造園を行った事が記されている。
 
 大武山、大皆粉地、箕隅山、大嶺後、長山の五つの造林地に松、雑木を植え、雑木の内、杉、桐、槇、ユス木、山桃等は琉球から種子を取寄せ、カス木、福木等は島の在来種を播植したとある。宮古島の先人達はかくも積極的、計画的に営林事業を行っていたのである。
 
 もし、全ての造林地も残っていれば宮古島は沖縄一豊かな森林に囲まれた島だったかも知れない。宮古の森林率はどれくらいになっていたのでしょうか。大木の茂る森林を想像すると残念でなりません。
 
 豊かな森林は沢山の生命を育む。昆虫、トカゲ、蛇、蛙、そして木の実や昆虫を求めて沢山の鳥がやって来る。また、森林は土の中深く にーゆぱり(根を張り)土砂の流出を防いだり、スポンジの様に雨水を保水し、ゆっくりと地下に浸透させ清らかな地下水を作り出す。
 
 宮古島は、サシバの飛来地でもある。東南アジアに南下する途中、宮古島に飛来し、森林に降り立って疲れた翼を休める。年々、飛来するサシバの数は減っているという。繁殖地の環境の悪化で個体数が減っているのが主な原因らしいが、もしかしたら、宮古島の森林環境の悪化が原因で宮古島を素通りするサシバが増えたのかも知れない。餌になるトカゲや蛙もいない森林はサシバにとっては何の魅力もないはずだからね。
 
 宮古島は、毎年台風の襲来もありダメージを受けた森林の回復には時間がかかるが、防風林の整備を進め徐々に森林面積を増やしていけばきっとまた、昔のような豊かな森林を取り戻すことが出来ると思う。
 
 サシバに 愛想をつかれないためにもこれ以上の森林の減少はくい止めたいものである。

宮古の人はすぐわかる?

松谷初美(下地・高千穂出身)

 私は東京西の郊外に住んでいる。いわゆる都下(東京都23区以外の市町村をそう呼ぶらしい。東京に住んで初めて知った)だ。
 
 マンションもあるが、パリ(畑)もある。そんなうちの近所に国立大学と警察大学、病院が並んでいる一角がある。
 
 つい一週間前のこと。大学近くのパン屋に自転車で行き、帰ろうとしたら、前から5〜6名の男性、女性の方々が歩いて来た。
 
 なんだか、よく知っているような かーぎ(顔)。宮古の人かねーと思いつつも声をかけるには勇気がいる。どうしようと思いながら通り過ぎたら
 
 「くもー、まーっすぐいきぱど、着くぱずゆ」
 (ここを まっすぐ行けば 着くはずよ)
 「あんちーびゃー」
 (そうかねー)
  との話し声。
 
 オゴエ―!やっぱり、みゃーくぴと(宮古人)さいが!こんなところで会うとはびっくり。
 
 自転車を止めて、後ろのほうを歩いてきた人に「宮古の人ですか?」と聞くと今度は向こうがびっくり!「そうですー??」と女性の方。「私も宮古なんですよー。この辺に住んでいるです!」と思わず力を込め話す。「あら、そうねぇ!」と初対面にも関わらず、足を止めて話をしてくれた。
 
 聞けば、宮古から来て、これから警察大学を見に行くという。知り合い(?)がそこの出身らしい。「宮古はどこかー?」などいろいろ話をして、久しぶりの親戚に会ったかのようなうれしさでいっぱいになった。「明日宮古に帰るんですよー」と話すみなさんに「お気をつけて」と別れた。
 
 自分の住んでいるところで、宮古の人と会うとは。なんだか、スキップしたい気分。(自転車だからね。心の中でスキップさ)
 
 それにしても、やっぱり、宮古かーぎ(顔)ってありますよね?どう違うとは説明しづらいけれど、沖縄本島とも違う気がする。
 
 して、内地出身の夫に言わせると、特に宮古の男の人は、よく似ている人が多く、顔の区別がつきにくいと言う。まーんてぃびゃー(ほんまかいな)。私は区別がつかないことはないな。(当たり前か)あ、宮古の人は、宮古の人が分かる。ということか!?
 
 ある人は(この人自身も宮古の人)「宮古の人は、歩き方でわかる」と言った。那覇の街を歩いていてもすぐわかると。独特のがに股が多いらしい。あ、確かに私も、がに股さいが。
 
 もしかしたら、いつか私も、歩く姿だけで「宮古の人ですか?」と言われるかも!?がに股を直したいと思っていたが、直さないでおくか。

んまがぬ ふぃーたー ぼーし(孫がくれた帽子)

クイチャーマン(下地・与那覇出身)

 んまがぬどぅ ばぬんけー 9がつぬ けいろうぬひーぬ プレゼントてぃー ぼーしゅー ふぃーたーゆー。
 
 (孫が 私に 9月の敬老の日のプレゼントだと 帽子をくれたよ)
 
 うぬ ぼうしんな まふきゃーんどぅ ゆびぶえおうこくぬロゴマークめー ずみぎなり いんさつばしれー うーたりばゆー。
 
 (その帽子には 前の方に 指笛王国のロゴマークも かっこよく印刷されていたよ)
 
 かうう゛ぃ みーってぃ かがんむ みーみーりばどぅ ばが みぱなー とぅーばかー ばかぎなり うっちゅーたー。
 
 (被ってみて、鏡を見たら 私の顔は 10歳ほど若々しく 映っていた)
 
 ばーんにゃ あてぃぷからすかりば たんでぃがーたんでぃてぃ んまがんけー あーたーだら。
 
 (私はとても嬉しいので ありがとうと 孫に言ったよ)
 
 あんすぅが、のーはー いらみた ぼーしゅー いらびたーがら。
 
 (しかし、なんでまた、帽子を選んだのだろうね)
 
 あんし かんげーみーっかー あはー あんしーやりばどぅてぃー うまーりくとぅぬどぅ あーたー。

 (そう考えてみたら、あはぁ、そういう訳なんだ と思えることがあった)
 
 じっつぁ くとぅすぬ なつやすみんどぅ うぬ んまがとぅ ふたーす゜うらそえしょうぎょうぬ おうえんてぃ こうしえんがみ いきゅーたーゆー。ばが 10かいめぬ こうしえん おうえんきねんてぃー んまがんけー ま―つき いかでぃな てぃー き゜き゜っかー 「いきたい」てぃー うりば さーりいき゜たー。

 (実は、今年の夏休みに その孫と二人 浦添商業の応援に甲子園まで行ったんだ。私の10回目の甲子園応援記念にと、孫に一緒に行こうかと聞いたら「行きたい」と言うので 連れて行った)
 
 うんな ばー きゅうじょーんな くばがそー かう゛ゆー たすぅがどぅ、でんしゃんけー ぬーす゜ばーんめー かう゛ぃーてぃやーん うーたーだら。
 
 (そのとき、私は球場ではくば笠を被っていたが、電車に乗るときも被りっぱなしだった)
 
 ばー っさったすぅが、うんどぅ でんしゃんぬーりゅーたー ぴとぬきゃーぬ ジロジロてぃー ばのーみーゆーたーばずさーい。
 
 (私は気が付かなかったが、その時 電車に乗っていた人達がジロジロと私をみていたかもしれない)
 
 んまがー こうこう2ねんぬ みどぅむ やらびやりば、ばんとぅ ならび びす゜ゆーてぃー ぱずかすむぬ やたむぱずさーい。
 
 (孫は高校2年の女の子だから、私と並んで坐っていて 恥ずかしかったのだろうね)
 
 ならが むたでぃてぃ あす゜いってぃ ばんから くばがそー とりむちゅーたりば。
 
 (じぶんが持つと言って 私からくば笠を取って持っていたから)
 
 あんてぃ 10がつぬ、ばが たんじょうびんめー んにゃぴぃてぃーつ また ぼうしゅー  むろーたーゆー。

 (そして、10月の私の誕生日にも もう一つ また帽子をもらったよ)
 
 うぬ ぼーしゃー ぴしーぬとき゜ かう゛むぬ。ぬふき きじぬ とりうちぼうやりば、ばが ぱぎかなます゜んな じょうとうだら。
 
 (その帽子は寒いときに被るもの。温かい生地の鳥打帽なので、私のハゲ頭には 上等だよ)
 
 あんしぬばーやりばどぅ くぬす゜ぁ んざんけーいき゜ばーんめー ぼーしゃーかう゛い まーりゅー てぃーぬばーだら。
 
 (そういう訳なので、このごろは どこへ行くにも帽子を被って出掛けているのだよ)

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 11月10日、宮古高校サッカー部が12年ぶり二回目の全国高校サッカー選手権大会への切符を手にしましたね!年末に東京で試合があるとのことで、んなま(今)から楽しみにしているところです。ワイド―!宮古高校!
 
 11日には、東京上野で「第38回関東宮古ふるさとまつり」と「第5回なりやまあやぐ国際コンクール」が盛大に行われました。コンクールには21名が参加し、譜久村雅さん(小6)が優勝しました。ふるさとまつりは、各郷友会からの出し物が やまかさ(たくさん)で盛り上がりましたよ。その時の様子を掲示板に載せていますので、ごらんくださいね。http://6005.teacup.com/kumakama/bbs

 それから、11月30日(金)に浦添市で行われる「下地勇10周年記念コンサート」に菜の花と行きます〜。くま・かま読者の中にも行かれる方、多いかな。コンサートの後、オフ会を予定しています。参加希望の方は、11月28日(水)までにメール kumakama@mbp.nifty.com くださいね〜。お待ちしています。
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
  
 ビートルズ世代のサラリーマンさんの宮古の森林の少なさを憂える気持ち、分かりますねー。私も帰るたびに、ゆぬぐーの(同じ)気持ちになります。森林を増やすには、平良親雲上恵通がいた時代の気概が必要なのかもしれませんね。

 読者のみなさんも、こんなところで!と思うような場所で宮古の人に会ったという経験ありませんか?また、こんな部分で宮古の人が分かるよーというのがありましたら、おしえてくださいね。

 クイチャーマンさんとお孫さん、仲良しですね〜。甲子園や電車の中での様子などお二人の様子が目に見えるようで ぬふーぬふの(あったかい)気持ちになりました。オールゆなぱふつ(与那覇方言)も ずみ!でしたね。

 貴方の感想も、ぜひお寄せくださいね。投稿もいつでも絶賛受付中です。
 
 今回まい、しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (今回も 最後まで お読みくださり、ありがとうございました!)
 
 次号は、三週間後12月6日(木)発行予定です。
 今年も残すところあとわずか。がんずぅでいきましょうね〜。あつかー、またや〜。