くまから・かまから vol. 286

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 こんにちは〜。
 吹く風が、まだまだ冷たい東京です。 ぬふーぬふの(暖かい)宮古を想ってvol. 286 お届けします!お楽しみくださいね〜。

いすぱらん(石が孕む)

ワタリマリ(上野・宮国出身)

 いつがらーぬ ぱなす(いつかの話)。
 
 母が んきゃーんな いら・・・(むかしはねえ)と語りかけてきた。「うわー いすぱらんちーや しいっ?」(あんたは石が孕むとは知っているか?)イスパラン?あーいー すっさん(いいやしらない)とそっけなく返事をした。
 
 いすぱらん ちいや いらっ、いすぬどう ぱらみー ふっわう なすちいぬ ばあ(いすぱらんとはね、石が妊娠して子を産むとゆうことだよ)
 
 んきゃんぬ やーぬ 門ん つまりゅう いすぬきゃあら いらっ、かならーず ふっふぁう なす ばどぅ つん とぅきんな じゅうじゅう計算な しっしい つみゅうたあー(昔は家の門に石を積む時には 必ず石が子を生むので 積む時にはしっかり計算して積んだもんだよ)
 
 つんたー いすぬ ゆがみ きいっかあ くぬ もんな いすぱらんあーば くまんかい きーな ちい なあどぅ しゅうたーが すっさしいな ううたあ。いすぬ うぷううぷ なりい うまぬ くずりいばさ。(積んだ石が歪んできたら この門は子を孕んでいるからここには近づくなとおじいさんたちが注意して知らせてくれたんだよ。石が大きくなり積んだ石が崩れるからね)
 
 へ〜!?あんちぬ ぱなすっすう ばあ んなまがみ ききたー くとぅお にゃーん(そうそうゆう話は今までにきいたことがない)いすぱぎ(がっかりすること)とはよくいうが。
 
 いすぬ ふっふぁう なす?(石が子を産む?)あんちぬ ばあ あっかあ いすまい いきゅう ちぬ ばあ だらっさあ(そういうことであれば石も生きているということになるのね?)まあんち なあ?(ほんとうなの?)
 
 いらあ いすぱり ちい まいどぅ あすば(ほら 石の畑ともいうでしょう)とさらに続けた。とぅらばん とぅらばん いすぬ いじきいたあ むぬうばあ うぶいいや うらん?(とってもとっても石ころがあったのを憶えてないか?
 
 そうだそうだった。幼いころ 畑を耕運機で耕す父がよく言っていた。いす ちゃーんぬ ぱり(石ばっかりの畑)と。耕運機の歯が石にあたると欠けたりしていたので、うちら姉妹はよく石拾いに駆り出されたものだった。ちいさなかわいらしい石ころが大きな石の近くにいくつもころがっていた。毎年のように拾っても拾っても出てくる石ころ。かいまい いすぱらん ちいぬ ばあなあ(あれも石が孕むという現象だったのか?)小石は子石?妙に納得していた。
 
 とはいえ、はたして本当なんだろうか?母の話は全くの宮古不思議物語の一つなのだろうか?
 
 その日以来、いすぱらん・イスパラン フランス語の響きにも似た いすぱらんが気になる毎日。
 
 宮古の石は琉球石灰岩でサンゴや貝殻などが積もり積もってできたことまでは知っているつもりだが、はたして石は生きているのかがピンとこない。霊感商法でごっつい石を買わされた人の石に対する思いとか、パワーストーンなどのように精神面でささえられているとか、石地蔵とか、夫婦岩とかの類の生きているではなく、地球上の生物は子孫を残すために日々何かしらの行いをするものらしいが、もし石にも生命があるとすれば、いすぱらんも考えられない事ではないと思ったりもする。
 
 沖縄には圧倒的にマイマイ(カタツムリ)が多い。マイマイは石灰岩を食べ、石灰岩に多く含まれるカルシューム分を摂り強い殻にするためだときいたことがあるが、すると命の循環みたいな事があっても不思議ではない。
 
 そしてあの地面に字を書かけばチョークのような白さを出していた石は死んでしまった石なのだろうか?
 
 命あるものはまさに死ぬ?いや、鉱物だから単なる自然現象の一つに過ぎない。そう思うとロマンがなくつまらないので、よし実験してみようと思っているのだがその方法が分からないので腕を組んでいる。
 
 もし方法があり、例えばやっぱり、いすぱらんは本当だったとすれば、幸福の木のように栽培して幸福の石として育て、イスパランという名でこのくまかまで売りましょう。
 
 と、この原稿を仕上げようとするところへなんと隕石が落ちたとのニュースが入ってきた。いすぱらんして砕け散ったのだろうか。

たちょう

松谷初美(下地・高千穂出身)

 我が家(実家)の朝は「たちょう」から始まる。
 
「たちょう」とは、仏壇や神棚に朝一番のお茶を供えること。
 
 朝いちばんにお湯を沸かし、ちゅうか(急須のこと。宮古のちゅうかは日本茶を入れる急須のように小さくなく、4〜5人前が入る大きさだ。)に、さんぴん茶を入れ、たっぷりのお湯をそそぐ。
 
 そのお茶を、かんたな(仏壇)、まうがん(個々の守護神)に供え、線香をたて、手を合わせる。
 
 おばあが生きていたころは、おばあと母ちゃんが「たちょう」をしていたが、今は、誰よりも早起きとなった父がやっている。私が子どもの頃は、父が台所に立つ姿を見たことがなかったので、驚くばかりだが、お茶を入れている父を見るのはなんだかうれしい。
 
 さて、この「たちょう」であるが、語源はなんだろうと思っていた。「宮古方言研究会」の新里博先生によると、「茶湯(ちゃとう)」(歴史的仮名遣いでは(ちゃたう))との事。「茶湯」とは、「仏前や霊前に供える煎茶湯。禅家では忌日などに仏前に供える茶と湯をいう」と辞書に書いてある。まさに!
 
 でも、「ちゃたう」と「たちょう」。似ているが少し違う。
 
 「『ちゃたう』が本来の言い方だが、『ちゃ』と『た』の子音が入れ替わり『たちょう』と言うようになったのでしょう。『茶湯』は共通語からの借用語。借用語は音が入れ替わりやすく、文字をもたない人々の言葉の伝播は、そうなることが多いですよ。拗音の『ちゃ』より『た』が頭につくほうが言いやすかったのでしょうね」と先生。
 
 方言だとばかり思っていたのでびっくりするやら、納得するやら。目からうろこ。「茶湯」は、昔、むかし宮古に伝わって、下地では(もしかしたら、他の地域でも)ずいぶん前に「たちょう」に変わり、そのまま現在まできたんだね。
 
 ちなみに、伊良部では入れ替わることなく今でもちゃんと「ちゃたう」と言うそうだ。宮古ではどこの地域でも「たちょう」と言うと思っていたので、それもまたびっくりであった。
 
「たちょう」・・・本来の言い方とは違っているが「茶湯」の意味やこれまでの変化を知り、ますます好きな言葉となった。
 
 言葉は生き物。まーんてぃ うむっし いら。(本当におもしろいね)

宮古を書くって?

宮国優子(平良・下里出身)

 去年、秋頃、JTAさんのお仕事をさせて頂きました。島内ツアーの冊子なのですが、読み物としてもということで書かせて頂きました・・・いや、でも宮古は書ききれない、と今更実感しているしだいです。実際、原稿も半分以上けずったけど、それでも冊子の中ではパンパンでした。どれだけ書きたいことがあるかよ、ですが。
 
 たまに「宮古沖縄の仕事を優先的にしたい」というと「故郷がすきなんですね〜」と言われます。いや、そうか?そうでもない気もする。いや〜もう気になってしようがないんだよ〜という感じなんです。それがたぶん書いた物を読んでくださった方には伝わるんじゃないなぁと思うのです。何、このジレンマは!と自分自身に突っ込んでいますが。
 
 その冊子は宮古らしいと言えば宮古らしいのです。表紙に「ずみっ!宮古島」とタイトルがバーンとあって、まもるくんの周りを宮古の人が取り囲んでいるという、なんとも目を引くものになっています。宮古PRのために手持ちで東京の旅行代理店などを回るそうで、きっとその風変わりさに「おっ!」と思ってくれるにちがいない。中身が私の文章で心配だけど、まぁそこは他の部分でなんとかカバーね、カバー。
 
 冒頭にも書いたように、何が書ききれないかって、宮古の人そのものというか宮古の雰囲気が書けないのです。これはもう小説とかルポでしか書けないかもと思ってしまう。いや、私は書けんけどよ。言葉に出来ないと言った方が正しいかもしれません。こんな風に思っている人は私だけではないはずだ!
 
 宮古を久しぶりに訪れると、あまりの空と海の美しさにクラクラする。なんか何もかもどーでもよくなるあの圧倒的な美しさ。ずみ!と叫びたくなる。どんな素晴らしい芸術にも負けないその輝きと言ったらない。宮古に住んでるときは当たり前と思っていた自分が情けない。なんで気付かんかったかよ、と特に高校生の頃の私に言いたい。
 
 でも、今や生活は東京なのだからせめて東京でできることもあるかもしれない・・・などと、この数年思い立ち、いろいろ一人で資料をあさっている。
 
 先日はネフスキーの東京での下宿先を見に行った。勿論、普通の民家に建て代わっていたけど、それでも大正時代、約100年前にネフスキーがその場所から宮古を目指したかと思うと感慨深かった。
 
 宮古では昨年、ネフスキー会が結成されて、ロシア行きも計画されているらしいことを噂で聞いた。あたしも連れてって〜。その前に東京支部もお願いしまーす、とここで叫んでみる。なんとも すぅんざむぬ(うらやましい)。
 
 話がどんどん飛ぶんですが、折しも宮古が歴史の文字の中にしっかりと残りはじめた明治時代145年前からの近代宮古はいまだ宮古に脈々と息づいている気がしてたまらない。資料を読めば読むほど宮古はずっと宮古なんだなぁと思う。
 
 タイムマシンは無理でも、誰か宮古近代資料館作ってくれないかな〜。まずは六畳一間でいいから。老後はそこの管理人として宮古で暮らしたいと本気で願いはじめています。いや、老後と言わず、今でもいいけどまだ勉強不足なので修行してから。その頃も宮古は書ききれないゆと思っているはずだけどな!でも頑張る!わいどっ、自分!

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 突然ですが、7年ぶりに「アララガマフェスタ」が開催されるそうです!その実行委員会の集まりがあり、行ってきました。(私は今回初参加)
 
 「アララガマフェスタ」は今から10年前(2003年)に人頭税廃止100年を記念して東京上野で初めて開催され、第4回まで続きました。宮古出身のアーティストのみなさんが集い、だいず盛り上がりましたね。しばらく途絶えていましたが、今年、人頭税廃止110年を迎えることから、7月7日(日)、上野水上音楽堂にて開催されることに!
 
 詳細はこれから決まっていきますが、日にち、場所は、決定ですので、ぜひ予定に入れてくださいね〜。出演者など決まりましたら、くま・かまでもお知らせしますので、どうぞお楽しみに!
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 ワタリマリの宮国の方言、あずーあずやー(味わい深いですねー)。いすぱらん(石が孕む)の話、すっさったん(知らなかった)!びっくりですが、そこは、ぴるます(不思議な)ことが多い宮古。ありそうな気がしますね。隕石もニュースの映像をみたら、そんな気が・・・。
 
 うちのところでは「たちょう」、あなたのところではどう言いますか?よかったら宮古出身の方、ならあし ふぃーさまちよー。宮古以外の方で「茶湯」をするという地域がありましたら、ぜひ教えてくださいね。
 
 優子さんが書いたJTAの冊子、見ました〜。いろいろな角度から優子さんならではの文章で宮古を紹介しています。まーんてぃ ずみどー!「書ききれない宮古」。いつか優子さんは小説かなにかで書くときがくるはず〜。わいどっ、優子さん!
 
 くま・かま掲示板 http://6005.teacup.com/kumakama/bbs にも遊びに来てくださいね。前号に登場した、羽地みなとさんの舞台のおしらせもありますよ〜。
 
 今月25日は、ジュウロクニツ(十六日祭)ですね。宮古に帰れないので東京から、てぃをかみます。(手を合わせます)。とーとーい。
 
 貴方の感想もぜひお聞かせださい。まちうんどー(待っていますよ)
 
 今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (今回も 最後まで お読みくださり ありがとうございました!)
 
 次号は、3月7日(木)発行予定です。
 うのときゃがみ(その時まで)、がんずぅかり うらあちよー(お元気で)あつかー、またや〜。