くまから・かまから vol. 296

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 こんにちは〜。 暑い日が続いていますが、がんずぅかりうらまずなー?
 今回もいろいろな話を取り混ぜてのご案内〜。 vol. 296、お楽しみくださいね〜。

coffee shop Majyaの優雅なひと時

與那覇 淳(平良・鏡原出身)

 オープンして1年。んなま(いま)、宮古で静かなブームを呼んでいる喫茶店を紹介します。
 
 宮古島市街地のほぼ中心、サンエー宝くじ売り場前の通りを宮古島市役所方面に向かい最初の信号のある交差点の左角にあります。
 
 お店の名称「coffee shop Majya」は、池間民族の系統を継ぐオーナーの前泊 究(まえどまり・きわむ)さんの やーぬなー(屋号)に由来しています。バーテンの経験のある究さんと、大阪出身の嫁さんの千賀子さんとの二人三脚で1年前の7月16日に立ち上げました。
 
 千賀子さんはお菓子の専門店と那覇在のCafe de Cantateでの修業を積んでJ.C.Q.A(全日本コーヒー検定委員会)認定コーヒーインストラクター2級を取得、念願の開店にこぎつけました。
 
 このお店の特徴は、日本スペシャルティコーヒー協会の認定する「スペシャルティコーヒー」を使用していることです。一般のコーヒーとスペシャルティコーヒーの違いは、栽培管理から品質管理が理想的に行われ欠点豆の混入がなく、生産地の風味特性が明確に表現されていることのようです。
 
 こうした品質の良い豆を使用しても必ず んまーんま(美味しく)なるとは限らないようで、前泊夫妻がオープンにあたって苦心したのは水選びでした。カルシウム分の多い宮古の水でいれると、生産地の風味特性が出ないばかりか、ただ、んぎゃーんぎゃ(苦い)だけのコーヒーになってしまったようです。
 
 水選びなど試行錯誤の結果、スペシャルティコーヒーならではの際立つ印象的な風味特性を引き出すことに成功しました。清涼感のあるドアベルの音と あまいあまい てぃぬ(にこやかな)夫妻の笑顔に導かれて、いつものカウンターの指定席へ。
 
 まだ、メニューを覚えられない私に「きょうはどんな気持ちですか」と訊ねる千賀子さん。客の心境にあわせて豆を選び、目の前で豆を挽きハンドドリップで落としてくれます。なめらかな手首の動きに気をとられているうちに、小粋なカップにいれられたコーヒーが差し出されます。
 
 しばーしばがまぬ(所せまい)店内ですが、カウンター席のほかに七、八席のテーブルがゆったりと配置されています。「最高のコーヒーで優雅な時間を楽しんでもらいたい」という夫妻の思いが込められた空間演出です。白色と茶色のハーモニーが醸し出す昭和風の店内に身を置いていると、よく喫茶店通いをした東京時代が思い出され、いつしか気持ちがリセットされていく自分に気づきます。
 
 コーヒーの他に、中世に修道院の修道士によって作られたのが始まりというベルギービール、近年世界的にも高い評価を受けているオーストラリアワインも置いています。フードはその相性のよい取り合わせが味を引き立ててくれる「ゴボウとツナのサンドイッチ」がお勧めです。まずがーてぃー、んきゃぎふぃさまちよー。(試しにお召し上がりくださいね。)
 
 何かと多忙な日々のストレスをcoffee shop Majyaのスペシャルティコーヒーで癒し、たまの休日には、独自の形をした専用グラスに注がれたベルギービールの色と味、香りを、記念日や友人との宴には、広大な国土と独自の食文化に育まれたオーストラリアワインを楽しんでみてはいかがでしょうか。

◇あの話をもう一度

ひさぼう(平良・西仲出身)

「迷解ミャークフツ辞典」(vol.115 2006/1/5)

<あまいふぐん>
 「あまい」は笑い。「ふぐん」は、へこんだ所で「あまいふぐん」というのは、笑いながら穴などに落ちること、ではありません。笑窪(えくぼ)のことです。

<あまんぶに>
 「あまん」はヤドカリ。「ぶに」は、ぷに(骨)のにごりで“ヤドカリ骨”となりますが、これはヤドカリの“殻”みたいなもの、ということでしょう。さて、では人体でそれらしいものは何でしょう、ということでこれは足首にある踝(くるぶし)のことです。

<あかぶく>
 伊勢のお土産「赤福」のようでもありますが、「あか」は、あかつ(血)のあか、「ふく」は吹き出ること。なにやらただごとではありませんが、これは、みどんうう”ぁ(女子)のメンス、月経のことです。

<いんまらだに>
 犬のタニとマラ(ふぐり)と訳せますが、ここはインスピレーションで閃かないといけません。犬のタニとマラは触ると、“トットと脈打つ軟骨”のような、あるいは“たにくたにく”といった感じがします。人体に病原菌が侵入してきたとき、白血球が活躍して身体の要所要所に“たにくたにく”したリンパ腺ができます。そうです、「いんまらだに」というのはリンパ腺のことです。

<いたっつあ>
 昔の正月(旧暦)は、新しい下駄(正月下駄)を履いて年始廻りしたものですが、そのとき下駄が新しいだけに足に馴染まず、そうとう痛かった。それで、「いたっつあ」とは“痛いあっつあ”で「正月下駄」のことです。ウソ。これは古語の「徒(いたずら)」すなわち“無用の”から転じて「ただ」「無料」という意味になったことばらしい。

<うつふや>
 「いとこの家」ともとれそうですが、いとこは「いつふ」です。風呂敷でものを包むとき、まず、うつふーりて(打ち振る)広げてそれから始めます。それで、風呂敷のことを「うつふや」とこう言います。

<うーんま>
 「うやんま」ではありません。「うー」は追う、「んま」は「ぬーま(馬)」と、とれそうで、これは「おにごっこ」のこと。

<かーぷや>
 新撰組の衣装みたいにギザギザがある「宮古凧」は、小学低学年には作るのも揚げるのも難しい。それでこのカープヤ。作るのも揚げるのも簡単。竹ひごを十字にして紙を貼り付け、二本、糸を張って、しっぽを付けるだけ。オキナワではこれを「かーぶやー」とにごるらしい。それで「語源」が「こうもり」。要するに形が似ているから、という理由。で、こうもりを古い日本語ではKAWAHORIといったらしい。それが、KA-PUYAとか、KA-BUYA-に転訛したという。

<かまつ>
 カマとマツカマとの間にできたっふぁ(子供)の名前?これはりっぱな古語からきています。かまち(輔)です。ほっぺた、ほほ(頬)のこと。

<きさばき>
 やらびぱだ(子供時分)には風呂に入る習慣がなかったから“なばだり(垢だらけ)”状態。たまにさっぱりすると“きさばきーきさばき”した感じがうれしかった。“するするー”とも言う。「あば!するするーていきさばきんまりんどうなりうずさいが(ありゃまこざっぱりした“清潔”人になっているさいが)」

<さかまーず>
 鉄棒の逆上がりにも言うけど、“遠回り”のこと。「つきしゅぬあていかぎかいばさかまーずざしーきすたー(お月様があまりにきれいだから遠回りして来た)」

<ささび>
 さしみのわさびではない、「しゃっくり」のこと。ついでに「げっぷ」は“いくう””、「せき」は“いさく”、「くしゃみ}は“ぱなぴす”。

<すーす>
 よく眠れるマクラのこと。ウソ。これもりっぱな古語、すなわちシシ(肉)のこと。オキナワでは、そのままシシと言う。

<たまんばり>
 踊るタンバリン!ではありません。タマの割れたモノ。つまりガラスダマなどが割れて散らばっていること。はだしだからよくケガした子供時代でした。

<だっぴー>
 でっかいこと。大きいことは、「かぷぎ」とか「だいばん」「うぷぎ」などと言うけど、この「だっぴー」というのは子供用語か。大きいオナラは、だっぴっぴー。

<なすきしゃ>
 始めは、くしゃみしたはずみに産まれた月足らずの赤ん坊のことをいっていましたが、そのうちに、産(な)すことを打ちきったこども、ということで「末っ子」のことをいうようになりました。

<ぱいーぱい>
 「ぱい」は方角の南のこと。それでくりかえして「ぱいーぱい」というのは、ずーっと南のほうという意味、にはならない。だからといってオッパイでもない。正解は“よく似合っていること”。「ぱいーぱいだネ」と言われたら喜んで下さい。

<ぱつざき>
 漢字で書くと「初咲き」?“婚約”のこと。言い得て妙。

<ばっしゅんまー>
 こういう名前の音楽家いませんでしたか?バッシュンマー作曲「馬車馬行進曲」。もうこうなったら仕方がないよ、というようなときに使う。

<ぷりふずむぬ>
 最近のテレビは、こういう連中が席捲している。「ひょうきん者」のこと。「ぷりふずむぬゆんましいまーんてい(バカなことばかり言ってほんとに・・・)」

<まみまーりゃ>
 豆を売り歩く行商人のこととお思いでしょうが違います。渡り鳥ツバメのことです。昔の宮古の人は、小豆のとれる旧暦の10月ごろにやって来るのでそう呼んだらしい。

<やかずまーりゃ>
 あちこちの家を年始廻りする奇特なひと。その癖がなおらず正月でもないのにあちこちのうちを回り歩くひと。転じて用も無いのにあちこち遊び回るあそびにん。
 
<んにゃしまい>
 これで終わり。

ぼくらは『小学四年生』

あすなろ(平良・東仲出身)

♪ ぼ・ぼ・ぼくらは「小学四年生」
  勇気りんりん るりの色
  望みにもえる 呼び声は
  朝焼け空に  こだまする
  ぼ・ぼ・ぼくらは「小学四年生」

 ご存知、江戸川乱歩原作の「少年探偵団」を替え歌にしてみました。名探偵の明智小五郎を補佐し、小林少年をリーダーとした「少年探偵団」が活躍する、あの懐かしい歌を唄えるのは昭和何年生までだろうか?
 
 56年前の池間島。あの頃の「小学四年生」が、過日の7月7日(日)わが町に集う事になった。
 
 くま・かま vol.289(https://miyakojima.jp/kumakara-kamakara/vol-289/)で、小学四年の一年だけを過ごした「池間島の昔日」を懐かしみ、「みんな元気にしているだろうか」と語りかけたところ、在本土の「ちびっ子」達から反応が。
 
 在静岡の加藤(旧姓濱元)さんの呼びかけで6人が参加すると言う。流石に、小学・中学と9年間、寝食を共にした彼等の「絆」の深さは、私の想像を遥かに超えている。38名が学び舎を巣立ったという。在本土は9名。その中の6名の参加はすごい!おごえー ぷからすむぬ!(すごくうれしい!)
 
 ちなみに、残り学友29名の移動先を分析すると、みゃーくびと(宮古人)の「民族移動」の縮図が見えるようで興味深い。在池間(男3、女1)池間以外の在宮古(男0、女5)在沖縄(男9、女8)不明(男1、女2)彼らは、それぞれの持ち場でしっかりと根を張り、日本の高度成長を支えた戦士達だ。
 
 さて、わが町は名古屋・豊橋の間に位置し、唯一、新幹線が停まるので集合するのに塩梅が良い。11時30分に新幹線改札口で待ち合わせ。
 
 加藤さん以外は56年ぶりの再会となる。勿論、顔は覚えていない。「還暦の記念誌」の集合写真で顔と名前の「予習」は怠りが無い。
 
 一番乗りは、東海道本線を使って在岐阜の与那嶺君。おしゃれな帽子にサングラス。外見はちょい悪おじさん風。次に、在富山の中田(旧姓伊良波)さんが到着。名古屋の息子さんの所で前泊。息子さんが車で我が町まで送ってくれた。定刻に残りの4人も合流する。在静岡グループは加藤さん、建部(旧姓仲間)さん、鈴木(旧姓糸満)さん、しんがりは、在千葉の岡村(旧姓与那嶺)さん。今日の日程は日帰り。午後の3時半には帰途に就きたいとのご要望で、時間のムダは許されない。
 
 わが町で主婦達が並んででも食べたいランチ店へ直行。この店、電話での予約が効かない。午前の9時半から順番待ちして席を確保したが、果たして女性陣に満足してもらえるだろうか。昼食会は、半世紀ぶりに会ったなんて思えないほど話が弾む。
 
 「あすなろさん、私の事覚えてないナー」と鈴木さん。我が家の まいばら(前方)に住んでいたという。「一緒に泳いだりして遊んであげたのに忘れたナー」
 
 てやんでー、こちとら高阿良(たかあら)集落の ぼーちら(ガキ大将)だ。女の子と泳ぐ等ありえないと思ったが、「泳いだ」と彼女は譲らない。硬派を名乗りながら女子とデレデレしていたのだろうか?男の風上にも置けない奴だ。
 
 今日のメインが昼食会なら、サブメインは我が家でのダベリング。2時間弱を我が家に当てた。彼等の半世紀の一部が語られる。
 
 加藤さんは「特許」を持つ会社をご主人と二人で経営。建部さんのご主人は設計事務所を経営。「ご主人の脛をかじって遊びまわっているんでしょ」と揶揄すると、ご本人も琴の先生として副収入があるという。以前、伊豆半島で魚の美味しい食堂で働いていた鈴木さん。今でも一番の働き者らしい。岡村さんはしっかり主婦業に専念し悠々自適の毎日。中田さんは美容院を経営。健君は会社から「まだ、働いてくれ」と今でも現役。
 
 時間は、無情にも過ぎて行く。帰り際に、中田さんから本をプレゼントされる。弟(伊良波彌)さんが自費出版した『池間島の視点〜ミャークヅツ・カツオ漁業を中心に〜』を後日読ませて頂いた。新聞社に勤めながら6年間を渉猟し、丁寧に調べ上げた本格的な池間本。大学院レベルの「論文」を凌駕する。
 
 後輩たちは、必ずやその恩恵に与る事になるだろう。とりわけ、明治39年7月に鰹船が宮古島に導入される過程や、校長の月給が65円の時代に、一漁期に一人平均800円あった等の記述は井蛙な私には興味深い。岡村さんの弟さんも同様に池間関連の冊子を出されている。願わくば、池間の郷土史研究会を立ち上げて欲しい。(立ち上がっていたら御免なさい)
 
 一年間しか知らない池間島。今年こそ昔のあの道を辿ってみよう。どれ位「小学四年生」に戻れるかを試してみよう。

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 前号発行からアッという間の2週間ですが、いろいろとありました。
 
 7月7日は、上野水上音楽堂にて人頭税廃止110年を記念した「アララガマフェスタV」。クイチャーマンさんこと垣花譲二さんと金子育子さんの名コンビの司会で、宮古にゆかりのあるアーティストたち、国吉源次さんをはじめ、下地暁さん、砂川恵理歌さん、など16組が登場して、会場は終始大盛り上がりでした。マツカニ(棚原芳和)さん率いる、三線教室のメンバーも出ましたよ〜。「今回の収益金は『人頭税石』の整備など故郷宮古島と共に一昨年の東日本大震災で被害を受けた岩手県『宮古市』の復興支援に寄付」することになっています。お越しいただいたみなさん、たんでぃがーたんでぃでした〜。
 
 その一週間後7月14日は、東京多良間郷友会主催の「第80回多良間まつり」が赤羽会館で開催されました。80回とはすごいですよね〜。1933年(昭和7年)に結成されたとのことです。宮古のあやごについての講演があったり、多良間郷友会名物、獅子舞や、唄、三線、舞踊など盛りだくさんで、手作りの料理に舌鼓をうちながら、堪能。多良間の方たちのふるさとへの熱い想いが、手作りの会場のあちこちにあふれていて、とても素晴らしいまつりでした。
 
 宮古三昧の日々。職場の人に、松谷さんは、沖縄、宮古のことがあるから、いつも元気なんだねーと言われました。確かに!
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 與那覇 淳さん紹介の「coffee shop Majya」。素敵なお店の雰囲気とオーナーご夫妻の人柄が伝わってきましたね〜。まーんてぃ、とても優雅な時間が過ごせそう。こだわりの「スペシャルティコーヒー」飲んでみたいです!お盆に帰ったら、ぜひ寄りたいと思います〜。
 
 「あの話をもう一度は」ひさぼうさんの登場!おちゃめでしゃれっ気のある、落語のようなみやこふつ解説の数々。楽しく読めて、方言の面白さが伝わってきますね。懐かしく思い出した方言もあったのではないでしょうか。何回、ゆみゃーまい(読んでも)うむっしやー。
 
 あすなろさんの「小学四年生」たち。内地組が再会したんですね〜。一年を過ごしただけのクラスメイトがこうやって集まるとは、すごいことですよね。やらびぱだ(子どもの頃)の生き生きとした思い出は、何十年たっても宝物ですね。『池間島の視点〜ミャークヅツ・カツオ漁業を中心に〜』も読んでみたいと思いました。
 
 貴方の感想もぜひお寄せください!掲示板でもお待ちしています!
 
 くま・かま掲示板http://6005.teacup.com/kumakama/bbsでは、方言についての活発なやりとりもあります。ぜひ、遊びに来てくださいね〜。みんなで、ああでもないこうでもないと勉強していけたら、こんなにうれしいことはありません。
 
 今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (今回も 最後まで お読みくださり ありがとうございました!)
 
 次号は、8月1日(木)発行予定です。
 熱中症に気を付けましょう〜!がんずぅかり うらあちよー(お元気でー)
 あつかー、またや〜。