くまから・かまから vol. 321

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 こんにちは〜。 三週間ぶりのくま・かまです。
 がんづぅかり、うらまずたーなー(お元気でしたか)?
 今回もあれやこれやのぱなす(話)お楽しみくださいね〜。

大戦と共に散った旧七原集落

與那覇 淳(平良・鏡原出身)

 いまの宮古空港が旧日本軍の海軍飛行場であったことを知る人も少なくなっています。そう、書いている自分も、大人になってそのことを知りました。
 
 私の父や祖父は現在の宮古空港周辺の旧七原地区で生まれ育ちました。あの大戦時、宮古島には3つの飛行場があり、海軍飛行場用地として旧七原地区も強制的に接収されました。農耕地だけでなく住んでいる屋敷も接収対象で、元七原の百戸近く、元屋原を合わせて二百戸余が、強制移住させられたのです。
 
 旧七原は「ななばり・なだら」と呼ばれていたといわれ、「なだら」は平坦地という意味です。この地形的特徴が、飛行場用地として接収対象となる七原の悲しい運命に繋がっていきます。
 
 元々は久松からの流れで、廃藩置県前後に村建てされたようです。一帯の土地は肥沃で市街地への野菜の供給地でした。宮古の他の地域と同じように、うたき(御嶽)で五穀豊穣と集落の人々の安寧を祈り、旧暦の3月3日には、集落の中央にある大きな カーズク(沼)の側の広場に集い、久松との繋がりを物語るかのような盛大な「サニツ」行事が行われ、馬の綱引き、ぬーまぴらす(競馬)を楽しんだということです。
 
 そして、ぴゃーり(干ばつ)には御嶽を司るサスによって、うたき(御嶽)に雨乞いを祈願し、カーズク・ヌーに集まった村人たちに奉納した酒がふるまわれると、祈りはしだいに歌になり雨乞いのクイチャーになりました。
 
 そんなのどかな農村風景は、飛行場設営の名のもとに消え去ることになります。家屋の取り壊しは昭和18年10月頃から始まりました。毎年のように襲来する台風にも耐えられるように漆喰で固めた堅牢な屋根瓦が容赦なく引きはがされ、壁板もバールでもぎ取られました。台風対策用の生け垣や石垣も取り壊され、収穫前のサトウキビは刈り取られて馬草にされました。
 
 旧七原の人々の約40戸が現在の七原、平良字下里鏡原山に新天地を求め、取り壊した家屋の資材や家財道具などが荷馬車で運ばれました。元七原は四つの小集落からなっていましたが、鏡原山をはじめ、平良町と下地町と境界線、カザンミ(高千穂)の西隣り「新豊(にいとよ)」に、腰原や平良の町内へと四散しました。
 
 伝説の預言者であるクマラパー・アズは「ななばりゃーななつんばり、やーばりゃーやーつんばり云々」(七原は七つに割れ、屋原は八つに割れないと、宮古島の本当の平和は訪れない)と予言したとのことですが、後のこの悲運のことを予言したのではないかと、言われたりします。
 
 終戦と同時に米軍に占領された海軍飛行場は、その後、民間空港となり、土地接収のときに旧日本軍の将校が話していた「戦争が済めば、元の地主に返す」の約束が果たされることはありませんでした。
 
 ところで、海軍飛行場に沿って32機分の掩体壕がつくられたようですが、この掩体壕で遊んだ記憶があります。6歳前後の記憶ですので、少なくとも戦後15.6年まで掩体壕が残っていたことになります。
 
 その頃はこの地が元七原で悲運の歴史を辿ったことなど知る由もなく、威容な構築物の残骸でただ遊びに興じる少年の姿がありました。

#参考文献:「七原」久貝徳三著,「太平洋戦争記録・先島群島作戦(宮古篇)」瀬名波 栄著

んな なぬかん んみゃーちよー

松谷初美(下地・高千穂出身)

 明日(8日)からお盆ですね。(宮古では、旧暦の7月13日〜15日にお盆をする。お正月は新暦で行うようになったが、お盆は今でも旧暦だ)
 
 そして、旧暦の7月7日(七夕)には、お墓の掃除をするのが習わしとなっている。(もともと七夕は、お盆との関連行事だったそう)お盆が近づいてきたので、それをご先祖様に知らせ、お墓をきれいにするということのようだ。「んな なぬかん んみゃーちよー(あと7日後に来て下さいねー)」とやるさーと母。へぇ、そうだったとは、すさったん。(知らなかった)
 
 高齢の両親は、習わしとはいえ、近年はどうもやっていなかった様子。前日、「明日(8月2日)は七夕だけど、墓の掃除はどうするべき?」と聞くと、久しく行っていないから、行こう。となった。
 
 軽トラックに、水のタンクを乗せ、鎌、のこぎり、竹箒、箒、雑巾、酒、お茶、黒の平たい こう(線香)を持ち、両親、夫と出発。
 
 おじい、おばあが眠る墓は、家から歩いて5分のところにある。(5分でも車で行く私たち。荷物もあるしね)以前はもっと遠くにあったが、墓のある土地が土地改良区域になり、今から数年前にうちの近くに引っ越しをした。
 
 お墓は石で囲われているので、荒れているという感じはしないが、周りの木々は枝が伸び、草は伸び放題。お酒を入れていたガラスのコップが割れている。(早速家に戻って、替えのものを取ってきた。近いと便利)
 
 やらうぎー(テリハボク)の枝や ぎんにもー(ギンネム)をのこぎりで切り、繁茂している むつうさ(ビデンスピローサ)や蔓性の雑草を鎌で刈る。あしゃー、だだだだ(汗だらだら)。それが終わると、今度は、墓の石の部分を洗い流す。水のタンクには専用のホースもついていて、ジャーと流せて便利。あんちぬ ばーやりばど(そういうことだから)のこぎりや水を持ってきたとのばーだね。
 
 2時間近くかけて掃除が終わった。ふーっ。
 
 お茶とお酒を供え「んな なぬかん んみゃーちよー」言って、線香をたき、帰ってきた。うむやすーうむやす(とても心安らか)。
 
 明日は迎え日。おじい、おばあ、んみゃーちよー。

お別れの日は、なだーだだだだ(涙ポロポロ)

あば本舗(下地・上地出身)

 職場の施設「いいあんべー家」の一角には、40歳以上の町民が気軽に利用できるリラックスルームがある。3〜4種類のマッサージ器具や筋トレ器具、電気治療器具などが安く利用できる。毎日やってくる町民も多く、午前中は常連さんたちのおしゃべりと笑い声であふれている。
 
 その中に、Nさんという70代前半の女性がいる。10年ほど前に、定年退職後、余暇の時間に、詩吟、合唱、水彩画を習い、充実した日々を過ごす、うかーす いす゜ぬ あす゜あんが(すごく気力のある女性)だ。
 
 公民館でのサークル活動が始まる2時間前に「いいあんべー家」にやってきて、新聞を読み、ひとしきりお喋りをした後、サークルへ向かうのが彼女の日課である。
 
 いつ みーりゃーまい ぷからすきなり ぴじ みじゃーすむぬ(いつ見ても楽しそうで、とっても素敵)
 
 そんなNさんが、沈み込む出来事があった。
 
 亡くなったご主人が可愛がっていた桃次郎という名の大型犬を飼っていたが、高齢になり足腰が衰えてきた。「昨日は、病院で注射をしてもらったよ」「食欲が出てきたさぁ」毎朝の話題は、決まって愛犬の事。一時弱っていたが、治療薬が効いたのか?また活気を取り戻し、早朝の散歩にも行けるようになったーと、満面の笑顔で報告するNさん。
 
 ある日の朝、目を腫らしたNさんがやって来た。聞けば先日、衰弱し入院していた桃次郎が臨終を迎えたという。一部始終を話すNさんの顔は鼻水と涙でグチャグチャだった。昨日は、娘と二人で泣き明かした。葬式も済ませて骨はお墓に入れてきたさ〜。介護が大変な時期もあったけど、大切な家族の一員だったし、主人が亡くなった後ずいぶん慰められた。桃次郎がいたから精神的に辛い時期を乗り越えられたよ。てぃーあっし゜ってぃゃー なだーだだだだ(と言っては、また涙ポロポロ)
 
 桃次郎のことを語るその表情には、愛犬への感謝と愛情が満ち溢れていた。動物を飼っていると、世話をしているつもりでも、逆に人間の方が余りある癒しや愛情を与えられている事に気づく。きっとNさんも、桃次郎から ましゃーんぬ(たくさんの)愛や元気をもらっていただろうなぁと思った。
 
 我が家にも、16歳(人間でいうと80歳くらい)の がば まゆがま(高齢猫)がいる。いつかお別れの日が来る・・・と頭では分かっていても、想像するだけで悲しくなり胸がいっぱいになる。お別れの覚悟など全然できていない私である。
 
 ばんまい あたらす まゆがまとぅ ばかーりだかー ならんばーんななきゃーとぅりとぅりどぅ うす゜ぱずゆ〜(私も、可愛い我が家の猫と別れなくちゃいけない時は、どうしようもなく泣いちゃうだろうなぁ)

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 台風11号が大東島から北の方に向かっていますね。進路にあたる方は、どうぞお気を付けくださいね。
 
 前号から三週間、いろいろなことがありました。
 
 7月27日は、与那覇湾で「サニツ浜カーニバル」が行われました。クイチャーマンさんが前号で書かれていたように沖縄本島から参加され、「与那覇のヨンシー」と「下地原のクイチャー」を踊りましたよ〜。だいず、みーずみでした。クイチャーマンさんは故郷でヨンシーを踊れてとてもうれしかったと話していましたよ。子どもたちも参加していたので、引き継がれていっていることを、うれしく実感しました。また「宮古角力」や宮古馬による「浜競馬」、「人間輓馬」など楽しみました。
 
 それから、宮古の唯一の映画館「シネマパニック宮古島」が、よしもとクリエイティブ・エージェンシーよりネーミングライツ(命名権)の支援を受けて、「よしもと南の島パニパニシネマ」として 8月8日にオープンするという、うれしいニュースもありました!2日のプレオープンの上映会に行きましたが、新しく入ったデジタルプロジェクターでの上映で、品川ヒロシ監督の「サンブンノイチ」を迫力ある画面、音声で楽しんできました。下地昌伸社長は、みなさんのおかげで(募金もたくさん集まったそうです)でデジタルプロジェクターを買うことができたので「宮古島みんなの映画館」と看板にいれましたと話していました。経営は大変だと思いますが、映画館の火をこれからも絶やさずに灯していってほしいですね。
 
 くま・かま掲示板で詳しい内容や写真も掲載していますので、どうぞ、ご覧くださいね〜。
 
 オフ会のおしらせです〜。お盆と言えば「オフ会@宮古」。菜の花がお盆に帰省するのにあわせて、8月12日(火)午後7時〜「和風レストランたまよせ」にて行います〜。いらっしゃれる方はぜひ下記のアドレスにご連絡くださいね。お待ちしています〜。
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 海軍飛行場を作るために、代々住み慣れた土地を追われ、しかもあちこちに四散するという。大変な苦難だったことが、淳さんの話から分かりますねー。掩体壕があったとは、知りませんでした。今月15日は終戦の日ですね。二度とこういうことが起こらないよう願うばかりです。
 
 旧暦の七夕の日、お墓掃除をした方も多いでしょうか?掃除をすると気持ちまですっきりとしますね。大切にしたい風習だなーと思います。お供えはうちは簡素でしたが、お菓子やてんぷらなどお供えするところもあるようですね。お盆で台所仕事や準備をする方、共に頑張りましょうね〜。
 
 ペットの存在、役割は、本当に大きなものがありますねー。大切な愛犬が亡くなり、その悲しみを思いきり話し、それを優しく包み込む施設の雰囲気が伝わってきました。愛猫がいるあば本舗さんはよりNさんの気持ちが分かったのでしょうね。なだ(涙)の数は、幸せな思い出の数でもあったのかも。
 
 今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい、すでぃがふー!
   (最後まで お読みくださり、ありがとうございました!)
 
 次号は、8月21日(木)発行予定です。
 きゅうまい、上等一日でありますように! あつかー、またや〜。