くまから・かまから vol.395

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 こんにちは〜。
 相変わらず、てぃだかんかん(太陽かんかん)の宮古ですが風や雲に ぴっちゃがま(少し)秋を感じるようになってきました。がんづぅかり うらまずなー(お元気ですかー)?
 vol.395お届けです。お楽しみくださいね〜。

我が家の旧盆

與那覇 淳(平良・鏡原出身)

 旧盆といえばほとんどの宮古の地域で同じようなことが行われていると思いますが、我が家の旧盆について紹介します。
 
 旧暦の七夕はお墓の掃除の日とされていて、この日から先祖の神様を迎える準備に入ります。私が生まれ育った鏡原地区では、七夕の慣習はありません。このことを知ったのは大人になってからのことでした。
 
 ぴさら(平良・市街地)では、すっかり定着しているようです。勝手な解釈ですが、七夕の風習は沖縄本島から伝わってきたのではないでしょうか。運輸、流通の源、港を拠点として沖縄本島のさまざまな文化も入ってきたであろうことは、推測されます。その伝来文化の一部はぴさらには定着したものの、港から遠い地域には浸透しなかったことも考えられます。
 
 真偽はさておき、ここ数年、七夕にはお墓掃除をすることにしています。まず、墓前に線香を立てて、これから掃除を始めること、盆には来ていただきたいと告げて掃除に取り掛かります。今回は昨年に比べてかなり雑草がのびていて、けっこう大変な作業でした。
 
 そして、旧盆の んかい(迎え)の日。夕方、門前でたいまつを焚いて「きゅうから すとぅがつ やーば、んみゃい ふぃさまちよ(今日から旧盆ですので、いらっしゃってくださいね)」と先祖の神様をお迎えして、家の中へ招き入れます。
 
 仏壇にはリンゴやみかん、バナナ、パインなどの果物、それに ぐしゃんぶーぎ(杖のさとうきび)のお供え物が満載。提灯が灯され旧盆特有の華やかさを演出してくれています。香炉に線香を立て、お迎えした先祖に、三日間ゆっくり過ごすよう拝みます。期間中は三食をお供えしますが、んかいの日はジューシー(炊き込みご飯)や酢の物をお供えします。
 
 なかび(中日)は親戚回りです。親から受け継いだ名簿に従って、親戚宅を訪問します。仏壇にお中元の品をお供えして線香を立てて「いつまい、たすき ふぃさまい、たんでぃがーたんでぃ、とうとぅがなす(いつも助けていただきありがとうございます。尊い神様よ)」と拝みます。
 
 そして、うふいゆー(送り日)。晩御飯としてお重をお供えします。重箱には魚の天ぷら、かまぼこ、昆布巻き、厚揚げ豆腐などが詰められています。神様があの世でお金に困らないようにと、かびじん(紙銭)を焼いて、それに仏壇に供えてあったお茶、お酒を注ぎます。お供えした果物、お重の品を取り分けしてアルミホイルに包むと、神様を送り出す準備完了です。
 
 はやく送り出すと失礼になるといわれ、我が家では午前零時を待って送り出します。門前に線香を立て、準備したお土産を置きます。ぐしゃんぶーぎは、神様の杖と天秤棒の役割をします。神様は天秤棒にたくさんのお土産を吊るして、杖をつきながらあの世へと帰っていきます。「やーにぬ、すぅとぅがつん、また んみゃい ふぃさまちよ(来年のお盆に、またいらっしゃってくださいね)」
 
 ところで、神様との対話は、方言が似つかわしいですね。なんだか、普通語だと神様に届いていないような気がします。とは言っても、当家の四代目の息子は方言が使えないし、お盆の形も時代とともに変わっていくのでしょうか。

◇あの話をもう一度

ひさぼう(平良・西仲出身)

「カニガマシュウ と カニガマヤー」vol.108 2005/9/15

 カニガマシュウというのは、父方の祖父の名前である。今、存命であれば、1860年の生まれだから、145歳になる。これだけの開きがあるのは、父が七男一女の末子だからで、うちの家族では、父以外その面影を知らない。

 カニガマシュウという呼び名が、そのまま、カニガマヤーという屋号になって、今に引き継がれている。

 宮古の場合、人は死んだら神様になるから、祖先の名前は、神様の名前でもある。本家の神棚に祀られている神様は、カニガマシュウ夫妻から順に数えると、6神になるらしい。本家の うぷあんな(長男嫁)が、さとうたき(里御嶽)のサス(神女)を長年つとめていたとのことで、その複数の神様のことをよく伝えている。
 
 それによると、いちばん古い2神は、狩俣出身の みどぅん(女)と島尻出身の びきどぅん(男)の神様で、その二人の間に びきうう”ぁ(男の子)が島尻で生まれ、その びきうう”ぁが、野原越出身の みどぅんと結婚して、カニガマシュウの妻 ニイサ(ばんたが んま(私達の祖母))が生まれたとのことである。

 カニガマシュウの家系はというと、その やーむとぅ(実家)が、がばんまやー(古い実家)とも すがまやーとも呼ばれ、家の うたき(御嶽)が、あだんだき(集落の名)の里御嶽ともなっているところから、祖先は、下地の洲鎌集落から来たのではないかと推測されている。

 以上のことは、ぴさら(平良)の郊外に位置する「添道」集落のひとつである あだんだきの、”村建て”の歴史を物語っているようでもある。これらを、平良市役所の戸籍資料で調べると、カニガマシュウとニイサ、それぞれの父母の名前は、確認できるけれども、これより古い祖父母からは戸籍資料がない。したがって、私の父母から数えると3代目までしか、さかのぼれない。宮古の戸籍(平民)は、大方このあたりが限度らしい。

 さて、カニガマシュウのことである。生まれたのが、万延元年(1860年)というから、本土は、”幕末”であり、坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛らが、活躍していた時代である。宮古島はというと、まだ「人頭税」で苦しんでいる。

 とにかく、働いたらしい。農具を枕にして寝ているという評判がたつ程、昼夜働いたらしい。人頭税との関わりを計算してみると、廃止されたのが、明治36年(1903年)だから、その当時、43歳である。そうすると、15歳から28年間、人頭税のもとで、農業をやっていたことになる。荒れ地を、次々に農地化していったというのは、43歳以降のことかと思われる。亡くなったのは、1926年8月、66歳である。

 カニガマヤーは、別名、カーラヤーとも呼ばれる。集落内で、いの一番に赤瓦の家を建てたのが、その由来とのことである。
 
 うぷあんなの話によると、嫁に来た1910年当時、本家の農業は、いも類、さとうきび、粟、麦、水稲、大根、フダンソウ、豆類、豚、ヤギ、馬等の「有畜産型複合経営」だったらしい。その後、カニガマシュウは、耕地、宅地など、自分で築いた財産を、子供全員に平等に分け与えたという。末子ながら、私のおとうもその恩恵に与っている。

 飛躍するけれども、カニガマのカニは、おそらく鉄のこと、それにつながる鍛冶、農具のことである。宮古の農業は、鉄具の伝来とともに、”突然に”始まったものらしい。これらを宮古にもたらした人々が、宮古のあちこちのうたき(御嶽)に祀られている。途方もなく永かった宮古の石器時代を、五穀豊穣の社会に導いてくれたものは、まさにこのカニであったろう。ただ反面、これがまた武器をつくり、階級社会をつくり、人頭税社会をも生み出した。カニガマシュウのことを想うとき、とりとめのないこんな遠い宮古の歴史を考えたりもする。

 タンディ トートガナス カニガマシュウ。

 以上は、本家のカニガマシュウの曾孫が、編集した「かにがまやーの沿革誌」に拠る。

久しぶりのイサムさんライブ

ビートルズ世代のサラリーマン(平良・下里出身)

 去る7月某日、都内で行われたイサムさんのライブに久しぶりに出かけた。スマホの水没で過去の記録が見事に消えてしまったので、いつ以来のライブか辿れないが、相当久しぶりのライブだったのは確かである。
 
 イサムさんのライブを初めて見たのは、2002年の伊勢丹吉祥寺店(デパート)で開催された沖縄物産展のインストアライブだった。もう15年前のことである。
 
 その時のことは、依然「くま・かま」にも書いたが、みゃーくふつで歌うイサムさんに衝撃を受けたB.サラは、その日予定していた休日出勤をふたきな(急遽)取りやめ、夕方の最終公演まで見届けたのだった。
 
 まさにB.サラにとって「仕事なんかしている場合じゃな〜い」トンデモない出来事だったのだったのである。
 
 あの時なにより感動したのは、実はみゃーくふつだった。イサムさんの口から紡がれるみゃーくふつは、今まで き°きゃーみーったん(聞いたこともないような)お洒落でそれでいて力強いみゃーくふつだった。
 
 B.サラは、ぴさら(平良)育ちですが、幼稚園に上がるまでの幼少期を やーでぃ(家族)と ばかなーり(離れ)、城辺でおばーと暮らしていたので、城辺方言をネイティブランゲージとして育った。そのお陰でイサムさんの方言は90%理解可能である。残り10%の理解不能部分は、久松方言と城辺方言の違いによるものと、イサムさんの高速みゃーくふつ!に耳がついていけないというものである。
 
 常々、イサムさんのみゃーくふつは、とても詩的であり、文学的であると思っている。メッセージ性の強い歌もあれば、物語の様な歌もある。
 
 この日、久しぶりに「ふーまんゆー」を聞いた。「豊満世」と書く。高速のみゃーくふつが心地よい。しかし内容はと言えば、物の豊かな世界で暮らている人々がいる一方で雨をしのぐ家さえもない子供たちがいる−そんな内容の歌だ。
 
 初めて聞いた時、だいず(大変)感動して、直ぐあるテレビ局のニュース番組のホームページに投稿した。宮古島出身の歌手が方言でこんな歌を歌っています。ぜひ一度聞いてみてくださいと。売り込みだと思われるのが嫌だったので敢えてイサムさんの名前は出さず、みゃーくふつの歌詞とその訳をつけ、興味があるなら調べてみてくれるだろうとの思いを込めてメールした。残念ながら テレビ局からは のーまい くーったん!(何の反応もなかった!)
 
 んなま(今)世界は、勇さんが「ふーまんゆー」を歌った頃よりも混沌としている。こんな時代だからこそ改めて皆に聞いてもらいたい歌である。
 
 この日は「いばんつからぴらすふに」も演奏してくれた。訳して書くと「狭い道から走らす舟」となる。故郷(宮古島)の小さな村(久松)から大都会に旅立つさまを大海に乗り出す一艘の小舟に例えた壮大な歌だ。
 
 この歌は、後半に向かって段々とテンポが速くなり、かき鳴らすギターが激しさを増していき、クライマックスを迎え終焉となるのだが、聴いているこちらもつい肩に力が入り過ぎて、身体が くぱーくぱに(硬く)なってしまう。
 
 今回は、静かに静かに消え入るように歌い終える新バージョンのアレンジで、深く心に沁みわたった。
 
 この曲を聴くと いみっちゃな(ちっちゃな)宮古島から うぽーぷな(大きな)夢を抱いて上京した当時の自分を重ね合わせてしまう。今、あの頃の いず(元気)は んざんかい(何処に)行ってしまったのか!取り戻したい!
 
 会場は相変わらず女性ファンが大半を占めている。イサムさんがデビュー当時からの熱烈なファンも多い。15年たってイサムさんもファンも確実に15歳を歳を重ねた訳だが、当時の熱い思いは今でも変わらない。
 
 久しぶりに顔なじみの仲間とも再会し、心地よいみゃーくふつに浸りながらたっぷりとイサム節を堪能した。
 
 イサムさん これからも ばんたんかい(私たちに) いず(元気)とぷからっさ(喜び)を とうどきふぃーさまちよー。(届けてください)

お知らせ

「すまふつ普及人材養成講座」開催

 宮古島市文化協会では、今月10日より「すまふつ普及人材養成講座」を全6回開催します。対象は、すまふつボランティア(平成27年度、28年度に認定された方)。宮古方言に関心があり、講座終了後は方言の普及継承活動に取り組む意欲のある方。宮古方言を学んでみたいと思う方です。1回のみの受講も可能です。ご参加お待ちしています!

「すまふつ普及人材養成講座」−自分のすまふつ事典を作ろう−
(主催:沖縄県・沖縄県文化協会/共催:宮古島市教育委員会/主管:宮古島市文化協会)

・第1回

日 時平成29年9月10日(日)午後2時〜3時
講 師狩俣繁久氏(琉球大学 国際沖縄研究所教授)
内 容〜どうやって作るか <導入編>〜

・第2回

日 時平成29年9月10日(日)午後3時10分〜4時10分
講 師狩俣繁久氏(琉球大学 国際沖縄研究所教授)
内 容〜自分でも作ってみよう!<実践編>〜

・第3回

日 時平成29年10月29日(日)午後2時〜3時
講 師砂川春美氏(宮古島市文化協会方言部会長)
内 容〜衣・食・住・行事編〜

・第4回

日 時平成29年10月29日(日)午後3時10分〜4時10分
講 師本永清氏(宮古島市史編纂委員)
内 容〜宮古の島名、季節編〜

・第5回

日 時平成29年11月5日(日)午後2時〜3時
講 師仲地邦博氏(宮古野鳥の会会長)
内 容〜生き物・植物・天体編〜

・第6回

日 時平成29年11月5日(日)午後3時10分〜4時10分
講 師狩俣繁久氏(琉球大学 国際沖縄研究所教授)
内 容〜作り続けていくために〜

 ※場 所:沖縄県宮古合同庁舎2階講堂 
 ※受講料:無料

<お申込み:宮古島市文化協会 0980-76-6708 >

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 今年の旧盆は9月3日、4日、5日でした。帰省した方も多かったでしょうか。うちにも東京にいる息子が来ていました。両親は29歳になる孫に「大きくなったねぇ」と目を細め・・・。(笑)近くに住む甥っ子たちも部活で忙しく、なかなかおばあやー(おばあちゃん家)に集合することもないので、きざず(行事)の時は、賑やかになり、両親も ぷからすきなり(うれしそうに)していました。何より、おじい、おばあが喜んでいたはずね。
 
 また、お盆には遠い うつざ(親戚)の人も来て、その関係性を改めて認識してりして(若い頃は、親戚関係の繋がりについて興味がなかった)思わず、メモメモ。お盆の良さは、こういうところにもあるなぁと思いました。
 
 さて、今号の ぱなすっさ(話しは)いかがでしたかー?
 
 淳さんの「我が家の旧盆」は、旬の話題でしたね。うちと ゆぬぐー(同じ)と思ったり、「親から受け継いだ名簿」の話に、へぇー、そういうものがあるんだと驚いたり・・・。旧盆のやり方はその家独自のものや地域生があったりで興味深いですね。
 
 あの話をもう一度は、18日が敬老の日という事もあり、12年前の「宮古のおじい、おばあ特集」の中からお届けしました。カニガマシュウの話から時代背景まで見え、個人的なお話しの中に宮古の人にとっての共通性も見えましたね。記録しておくことの大切さを感じました。
 
 歌は、アッという間に聴いていた頃に連れて行ってくれますね。「今回、書いていて自分にとってイサムさんの歌との出合いがいかに大きかったかを再確認しました」とB.サラさん。15年経っても変わらない想い。そう思わせるイサムさん。本当に素晴らしいですね。
 
 宮古島市文化協会では、今年もすまふつの講座を開きます。とても貴重な講座になると思いますのでぜひ! お待ちします〜。
 
 今回は、お盆の話から、ご先祖様の話、そして、イサムさんの方言の歌と自分たちの「にー(根)」に繋がる話しが偶然にも集まりました。どれも大切にしていきたいですね。
 
 貴方はどんな感想を持たれましたかー?ぜひ、お聞かせくださいね。
 掲示板投稿まい まちうんどー(お待ちしています)!
 
 きゅうまい しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (きょうも  最後まで  読んでくださり ありがとうございました!)
 
 次号は9月21日(木)発行予定です。
 ぱだーぱだ うらあちよー(お元気でいらしてくださいね)
 あつかー、またいら!