くとぅす しみゃーぬ(今年最後の)くま・かま どー(です)。
張り切って ぱずみっとー(始めますねー)。
みゃーく んなまずぶん(今ごろ)
さどやませいこ
ゾウカリウラマンナ(お元気ですか)、メルマガのニンジュター(仲間たち)。
クトゥスマイ(今年も)、アトゥピッチャガマ(もう少し)。一日一日ピン ギャーピーピー(逃げては行く行く)。どうするかもう。クユンヌパニマイ( 暦の枚数も)ピッシャーピーピー(薄くなっては行く行く)、ピシギヌユ(寒 そうだよ)。
台風21号のおかげで一週間以上も雨風の強い天気が続きました。そう寒く はないのですが、海は大時化、どんよりした雲間に太陽(ティダ)も出番が少 なく時々見せる顔はふてくされていました。12月にこんな大きな台風は十数 年ぶりだとテレビが話していました。今年は最後までボウチリ(暴れん坊)風 に振り回された感じです。
カウントダウンの始まった今年、台風14号をはじめ、ウットゥルス(恐い) ことばかりが思い起こされます。アメリカーとイラクのけんかも治まるどころ か、世界国々を巻き込んで膨らんで来ているように見えます。まるで地上に発 生した台風のようです。私たちも人ごとではなくなってきました。ノーガスゥ ーディ(どうするか)。
世の中は乱れに乱れ、21世紀は始まったばっかりなのに、もう世紀末のよ うです。今年の流行語は二人組(名前がわからん)の「なんでだろう」という ことだが、ミャークフツで云えば、「ノーッテガラー」。混迷している地球上 を表現しているようだ。まるっきり先の見えない世界情勢、せめて、メルマガ のニンジュター(仲間たち)だけでも楽しみを作っていきましょう、と言った ら無責任かねー。
でも来年は申年。サルでもできる反省の年にしたいねー、世界中で。ウスカ。(2003年12月3日)
兄を想って書いた詩 4
ワタリ マリ
この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。
「アタラス ミュウズ(大好きな姪)」 ボクが肉体を消してこの空に来てから幾年たったのだろうか ボクは呼んでいないのに父が来た ボクはこころよく迎えた 笑って迎えた だが 次に来たのが24歳の姪だとはショックだった ノウチヌバリャア(どういうわけだ) 父も驚き首をふっている ボクは叫んだ ヤーンカイピリ(家に帰れ) 父の時みたいにこころよく迎えるわけには行かないのだ 姪は悔しいのか 空しいのか なんともいえない表情だ ボクは怒った アチドゥピャアカア(あまりにも早すぎる) ボクは目にいっぱい涙をためている姪をどうすればいいのだ むごい 姪はもっと生かされていいはずだ 姪は泣く 皆と別れたくなかったと マァマァとパァパァとおばあに会いたいと もう少し生きていたかったと ボクはこのことをまだ受け入れられない 泣いている姪の心残りを想うと一緒に泣いた 皆も泣いているだろう 姉夫婦も母も姪のお兄ちゃんお姉ちゃんも そしてボクの妹も ボクはボーッと考えている 生きるとはいつ死ぬか分からないことを ボクはいいんだ こっちのほうが性にあっている だが アンチアナラン(それではいけない)ことも起きてくる ボクは必死に願う 姪を救えるものがあればなんでもすると 幾日も過ぎた 姪はあきらめのような悟りのような表情に変わり 微笑んでいる ボクがそこにいてよかった とも言っている おじいおばあのことも報告している そして もし生まれ変わってもおばぁの孫でありたいと ボクの姪でありたいと 姪よ 皆君に感謝している きみはすばらしかった いや いつでもすばらしい ボクのアタラス(大好きな)姪よ 今ボクは姪と一緒だ あれから一年 早いなあと すっかり仏顔だ
ミャークフツ講座 だいず の成分は?編
松谷初美
「だいず」とは、重大なこと、大変なこと、大事(おおごと)、などの意味 で名詞である。「あんちー うーつか だいず どー(そんな風にしていると 大変だよ)」などと使われる。
しかし、一部では、副詞としての「だいず(とても、すごく、大変)」が、 かなり浸透しているように思う。「だいず きれい」「だいず 感動した」等。 主に40代以下の人たちに多く使われ、中でも平良市内の人に多いように感じ る。かくいう私もよく使う派である。『読めば宮古』『書けば宮古』を読むと、 本当によく使われている。だいず増殖中とみた。
こういう副詞的な使われ方は、もともとはなかったようである。いつ頃から 使われるようになったかは すっさんすぅが(知らないが)、うちのおばぁも 母ちゃんも「あんな使い方はしないさー」と言っていた。みゃーくふつバリバ リの上野出身ワタリマリも私と同い年だが使わないそうだ。
くま・かまの掲示板ではライターのひさぼうさんが、そういう場合は「あて ぃ(とても、すごく、大変)」を使っていたと教えてくれた。そういえばそう いうきれいな言葉があったさいが!ああ、でも悲しいかな、私の日常会話に「 あてぃ」は、ほとんど出てこない。
なぜ「だいず」が副詞として使われるようになり、広がってきたのだろう。 沖縄本島では、宮古の「だいず」と同意味の「でーじ」は早くから名詞と副詞 の両方使われていたようである。日本語の「大変」=(大事件(名詞)、程度 のはなはだしいさま(副詞))と同義語に使われているらしい。宮古の「だい ず」も本島の影響か?
それから、この「だいず」は、標準語と非常に相性がいい。ごーら(にがう り)と豆腐くらい良いと思う。「だいず きれい」は言い易いが、「あてぃ( どぅ)きれい」とは、言いにくい。「あてぃ」の後には方言がこないとしっく りこない。ベラベラはしゃべれないけど、少しはみゃーくふつも まっじい( 混ぜて)しゃべりたい人たちにとって、「だいず」は格好の言葉だったんだろ うなーと思う。でも、みゃーくふつだけでしゃべる時は(ぺらぺらしゃべれる わけではないが)「あてぃ」を使っていきたいねー。
副詞的な使い方をしない人にとって、ぴんなぎ(変な)「だいず」の使い方 だと眉をひそめる向きもあると思うが、言葉は生き物。古代から変化し、混ざ り、抜け、たりしてきた。意味も変化していくのは仕方のないことじゃないか ーと思う。でも「だいず(おおごと)」かね?
あすぅが(しかし)、ばんまい(私も)おばぁになって、ばかむぬぬきゃー ぬ(若者たちが)私達が使ってきたみゃーくふつを違う意味で使っていたら、 「あんな使い方をばしない!」と言うんだはずね。やっかい。(困ったもんだ)
のど自慢大会出場大変記(続)
アモイ
のど自慢大会予選を通過したトリオは本選に出場したのだが、んきゃーんぬ くとぅやーば、ばっしばっしてぃかーしうーばよ(昔のことなのでちょっと忘 れ忘れしている訳さ)記憶違いがあったときは許して頂戴、あすが わいてぃ うむいだしかーしぃ かきみーちゃ、(それでもなんとか思い出して書いてみ よう)
本選出場者の集合場所は琉映館の隣のホテル?だった、そこの2階が山本リ ンダの控え室で、出場者が1階の部屋で待機していると彼女が2階から降りて きた、でかい!!と言うのが第一印象だったが、みんな本人の前ではいえなく て、居なくなってから、だいばんやー(でかいなー)と言い合った。打ち合わ せがお終わり、琉映館の舞台裏に移動していよいよ本選の始まりだ。審査員、 伴奏者等が紹介された。伴奏は本土から来たアコーディオニストで、これが結 構ベース音も効いていて良い音に聞こえたものだ。出場者は舞台の控え室にい るので他の人が歌っているのは横からしか見えない、その為か一人の人を除い て他の出場者の記憶がないのだ。会場は立ち見も満員電車状態で超満員、いよ いよ我々の出番だ。
我々トリオは、ギター、メーンボーカル、コーラス、で構成され、伴奏はギ ター1本だ、私はコーラスの担当で目だたない存在だ。緊張が無かったのはそ のせいかも知れない。司会者からどうぞー〜と紹介され、歌い始めた。「♪も う一度〜良く見て欲しい、この祖国を〜良く見て欲しい」「君の祖国を」とい う唄だった。短い唄なので3番まで歌った。NHKのど自慢のような鐘を鳴らす 方式ではなく、最後まで歌わせて審査する方式だった。歌い終わると会場から 拍手喝采だ、我々の歌った何組か後に、女性がギターを弾きながら歌い始めた。 「♪Just a little rain falling all around the gra……」なんとも素敵な 声だ、誰の唄?、ジョーン・バエズ、じゃない?とか仲間どうしでいいながら 森山良子のような澄み切った声にうっとり聴きほれてしまった。それは「What have they done to the rain」というタイトルの唄だった。その人だけは歌う 姿まで記憶に残っている。
出場者が歌い終わった後、ゲスト、山本リンダさんの登場だ、その当時の彼 女の最大のヒット曲は「困っちゃうな」という歌で、まだ可愛さ華麗さが売り の路線で、人気は落ち目の時期であった。しかしそれから何年後かに「どうに もと止まらない」「狙い撃ち」などの激しい振りつきの唄で復活したのは年配 の方にはご存知のとおりだ。
さー、ゲストが歌い終わっていよいよ審査の発表だが!!しかし記憶が曖昧 なのだ。まずは入賞者の発表、5組が入賞者に選ばれたと記憶。「君の祖国を 歌った、トリオ!」と呼ばれ舞台にあがった、司会の林家こんぺいさんがなに か言ったのだが残念ながら覚えていない、審査員から、入賞の賞状をメーンボ ーカルに、入賞盾をギター担当に手渡された、私はもらう物が無くて・・、す ると可哀想と感じた山本リンダが、すかさず私に握手をしてくれたのだった。 トリオの中でただ一人握手できた。いつも家で畑仕事や草刈をしている私の手 はごつごつしていたが、リンダさんの手は白くて指が細長くて本当に柔らかい 感触だった。そして栄えあるグランプリーは・・・ジョーン・バエズの彼女だ った。森山良子が好きだった私は、宮古島にもこんな人がいるんだな・・胸の 内でほんわかーとしたものがしばらく消えなかった。
数日後、クラスメートが突然写真を呉れた、な、なんと、山本リンダと握手 をしているその瞬間の写真ではないか、へーー、こんなだったんだ。私は坊主 頭で山本リンダを見上げていた。空いている彼女の左手の指は反り返っていて、 おしゃれや可憐さ美しさを表現する気持ちが身体の隅々まで行き届いている事 にびっくりしたものだ。写真は会場で見ていた知人が撮ってくれたそうだ。お かげで証拠写真がのこりました。
トリオのボーカルのNY君とは本土で1回会ったきり、ギターのNT君や、 あの唄のハーモニーを教えてくれたフォークソング同好会顧問のSM先生とは 宮古島を離れて以来会っていない、んんな、のうしがうーがらやー、(みんな どうしているのかなー)もう一度一緒に歌ってみたいな。
編集後記
松谷初美
vol.66 のーしがやたーがらやー(いかがでしたでしょうか?)。ご意見、 ご感想、をぜひお寄下さいね。
くとぅすまい(今年も)んなぴっちゃしー(もう少しで)しまいやー(終わ りですね)。
今年は のーてぃあっじゃーまい(なんと言っても)、台風14号のことが 大きな出来事でした。災害は忘れたころにやってくるとは、よく言ったもので すね。来年は、いみっちゃぬ(小さい)台風だけで済んでほしいものです。
くま・かまでは、4月から 新しいコーナー「お店紹介」、5月からは、 さどやませいこさんの「みゃーくんなまずぶん」が始まりました。また個性あ るライターたちの原稿にもますます磨きがかかり、お楽しみいただけたんじゃ ないかと思っています。
あすぅがどぅ(でもー)、くとぅっすさ(今年は)企画ものをしなかったせ いか、マンネリになっているんじゃないかーの声もちらりほらり。「投稿もあ んまりこないさー」とある友人に言うと、「それはあんたが悪いさ」と、まぁ、 あらーから(あからさまに)言われ、「まーんてぃやー(本等だねー)」と納 得。思案の日々を送ったり、送らなかったり、であります。
というわけで、来年は新企画を どんない(どんどん)して、ぴっちゃがま (少しだけ)イメージチェンジを図っていきたいと、この年末に決意しました。 キラリ! でも、ゆっふぁーしゃ(面倒くさがり)なので、歩みはのろいかも しれません。みなさんのお知恵もぜひ からしふぃーさまち(お貸しください)
今年一年「くま・かま」をご愛読いただき、まーんてぃ たんでぃがーたん でぃ。この一年もみなさんからの感想メールや掲示板での書き込み、励ましな どが、私たちの励みとなりました。来年もどうぞよろしくお願いします。 (ライター一同)
「お年玉」についての投稿、まだまだ まちうんどー。