くまから・かまから vol. 148

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 こんにちは〜。沖縄は、梅雨に入ったようですね。 ぱだーぱだうらまずなー(お元気でしょうかー)?
 今回は、「かしー」の第二弾をお送りしますよ〜。
 じっくり、たっぷりお楽しみくださいね〜。

や〜ぬ かせい(家の手伝い)

みしん(池間出身カンザス州在住)

 私と同年代の みどぅんっふぁ(女の子)のする や〜ぬかせい(家の手伝い)といえば、むぬに〜(料理)、掃除、洗濯、買い物。あっすが(でも)私は野菜炒め ばかいっつふぁいん(しか作れない)むぬに〜(料理)が苦手な っふぁ(子供)でした。
 
 たぶん、っず(魚)と か〜し(お菓子)以外は嫌いな物が多かったので、ちゃんとした料理ができなかったと思います。
 
 その野菜炒めも か〜かんす〜だ(ケチケチしないで)たくさん野菜をいれんと〜(いれなさい)と、いつもなぜか8人家族に2人前ぶらいのひっちゃがま(少し)の野菜炒めができるのでした。
 
 うちは5人兄弟で、かせい(手伝い)は分担して長女が洗濯、次女が夕食、三女(私)は、おばあた〜の肩たたきと、っさがとぅい(白髪ぬき)(や〜ぬかせいにはなっていませんね)、四女と、一番下の弟はちょっとした夕食の買い物。
 
 池間島内での夕食の買い物は、ほとんど「とうふ1丁、かまぼこ2枚」でした。
 
 うちは ぶーずばい(サトウキビ畑)のすみに野菜畑があり、にんじん、キャベツ、さつまいもなど 家で食べれるくらいの野菜を育て、そして、家の庭にはパパイヤ、へちま、トマトが取れたので まっちゃ(お店)で野菜の買い物をあまりしなかったような気がします。
 
 池間島で数少ない八百屋兼肉屋に買い物に行くように言われると、聞かなくても「とうふ1丁、かまぼこ2枚」になるとわかっているくらい。 
 
 お使い賃100円ほしさの手伝いは歳を取るに連れて、いつも「とうふ、かまぼこ」を買いにいくことが恥ずかしくて、買い物の担当は長女から次女、ねーねーたちから年下へと番がまわっていきました。
 
 「とうふ1丁、かまぼこ2枚」
 おばあ、おじいになっても忘れない私ら兄弟の思い出の や〜ぬかせい(家の手伝い)
 
 「とうふ1丁」に返事が「かまぼこ2枚」と返ってきたら、それは、うちの兄弟です。。。

ふふぁむりゃ(子守)

R(平良出身)

 ひらら育ちの なすきしゃ(末っ子)の私は、やーぬかしー(家の手伝い)はほとんど割り振られなかったが、家が民宿をやっていたこともあり、夕食を作る時間帯には甥っ子・姪っ子をはじめ、近所の子どもたちの子守りをよくやった。夕方になると家の前の道端に座り、夕涼みがてらの ふふぁむりゃ(子守り)であった。
 
 私の赤ちゃん好きは、母からのDNAのお陰だと思うのだが、抱っこした時のぬくもりがとても心地よい。
 
 きっとその頃の成果だろう、今でもぐずる赤ちゃんを泣き止ますことができる私の両腕は、「魔法の腕」と驚かれる。
 
 港の海に沈む夕日を追うように過ごしたあの時間は、のんびりと、本当にのんびりと1日の終わりを教えてくれていた。

葉タバコのマタ摘み

松谷初美(下地町出身)

 すとぅむてぃ(朝)から、一番がーす(蝉)がジージーとないている。きょうも暑くなりそうだ。あーあ、日曜日だというのにきょうは遊べない。ぐなんばり(畑の名前。ぐなんしゅうと言う人から買ったことから)で葉タバコの“マタ摘み”があるのだ。
 
 なんでうちの稼業は、農業なんだろ。
 平良に住んでいる従姉妹たちがうらやましい。日曜日は、おもっきり自分のために時間が使えるし(ま、結構、私も遊んでいる時もあるけど、畑が忙しい時に遊ぶのは、後ろめたいのだよ)畑に入って どぅるだり(泥まみれ)になることもない。あーあ、私もサラリーマンの家に生まれたかったなー。
 
 ぐなんばりは、やー(家)から歩いていける距離にある。1月に植えたタバコの苗がもう六年生の私の背くらいまで伸びていた。一面に広がる葉タバコが風にゆれている。
 
 「とぅりばりて いないで(ボーっとしないで)早くやらんか」と母ちゃんの声。さ、やるか。葉っぱと茎の間にでている新しい芽を摘んでいく。これを「マタ」と言っている。摘まないと栄養分がそれに取られ、葉が大きくならないのだそうだ。一本の葉タバコから5〜6個の「マタ」を摘む。単純な作業だけど、一畝が長い。かまりる(飽きる)
 
 きょうの作業は、おじい、おばぁ、お父、母ちゃん、兄、私の六人だ。みんな黙々と作業をしていく。時々、お父と母ちゃんが、明日はキビ刈りをしたほうがいいの、いや、タバコのなんとかを先にしたほうがいいの、と大声で話している。人が聞いたら喧嘩しているように聞えると思う。
 
 最初の畝がやっと終わった。みんなはもうそれぞれ次の畝に入っている。お、次私がやる畝はあそこか。やっぱり、たくさんいると ぴゃーむぬ(早い)!そっか、私たちが学校に行っている間は、四人だけでやっているんだもんね。子ども二人の かしー(手伝い)もバカにはできないんだ。今度は、少しでも早くやろう。
 
 ピッチをあげながら摘み取った「マタ」を下に捨てていく。近くの飛行場から飛行機が飛ぶゴーという音が聞える。いつの間にか、夢中になってやっていたようだ。
 
 「はい、んにゃ、いき あしゅう にーる(ほら、もう行って昼ごはんを作れ」とお父が母ちゃんに言った。母ちゃんは、私に「ずぅら(行こう)」と声をかけた。真っ黒でベトベトになった手袋をはずして、みんなより早く家に帰る。
 
 きょうの昼ごはんは、たまなー(キャベツ)炒めだ。母ちゃんに言われ、たまなーの葉を洗い、手でちぎっていく。包丁で切るよりこのほうがおいしくできるのだそうだ。母ちゃんは、茹でた豚肉を炒め、たまなーと豆腐を入れて塩で味付け。いたってシンプル。
 
 みんなも帰ってきて、全員で飯台を囲む。いつも食べなれた たまなー炒めなのに、きょうは一段とおいしい。テレビでは、NHKのど自慢が映っている、へたくそな歌に「うりゃー(これは)1点」とお父が笑いながら言った。
 
 小一時間ほど休憩したら、また皆で ぐなんばりにでかける。夕方までには終われそうだ。それぞれが黙々と作業に入る。
 
 陽が西に傾き始めたころ、全部の畝が終わった。夕暮れの風が気持ちいい。ぶがりーぶがりだけど(疲れたけど)、なんだかとってもさわやかな気持ち。
 
 夕ご飯は、人参とニンニクの葉を炒めたものだ。炒めたというより、煮たのほうがあっているかも。人参がたくさん入り、しょうゆ味がしっかりついていて、ごはん何杯でもいけそうだ。それにしても母ちゃんはすごい。皆と同じように畑仕事をしているのに、帰ったら休む間もなく、夕飯を作る。母ちゃんの かしー(手伝い)も積極的にやらんとダメだなーと少し反省した。
 
 きょうは、みんなご機嫌だ。おじいもおいしそうにサルカ(サルカケミカン)をつけた泡盛を飲んでいる。私もみんなで作業をした達成感と家族のひとりとして頼りにされ役立ったことがうれしく、なんだか幸せな気分。
 
 さ、宿題、頑張るかな。

ヤマガギナうくす

クイチャーマン(下地町那覇出身)

 ばが やらびぱだぬ ばんたが やーんな(私が幼少のころの我が家には)、ぴんざ(山羊)数匹と、ぬうま(馬)1頭が たつ(家畜小屋)にいた。とぅず(鶏)も みなか(庭)で放し飼いしていた。卵をよく産むといわれたレグホンという品種の鶏の名も記憶している。
 
 4、5年生になると ぬーまやぴんざの草刈りをした。
 
 「きゅうやんざんけーがいかでぃ」
 (今日はどこへ行こうか)
 「ちー、ヤマガギナうくすか」
 (ヤマガギナを刈りに行こうよ)
 
 などというのが、学校の帰り道の あぐ(同年の男の友人)たちとの会話であった。
 
 ヤマガギナの生えている場所は、与那覇湾の西側の西北の長崎浜(ながさきばま)のモクマオウ林の中である。砂地を這うように茂る濃い緑色のふさ(草)がヤマガギナである。(学名とか、標準語名は分からないので、どなたかご存じの方は教えていただきたい)。
 
 やらびぱだ、初めて「ヤマガギナうくす」という言葉を耳にしたときは、ヤマガギナがどのような状況で生えているかも分からなかった。それを「うくす(方言の直訳では“起こす”)」というのであるから、得体の知れない草が寝ているのを、ずざら(鎌)で うどぅるかして(脅して)起こすのだろうか。ばんめー ぴゃーぴゃーてぃー やまがぎのー うくしみーぶすむぬ(私も早くヤマガギナを起こしてみたい)と興味を抱いていた。
 
 実際にヤマガギナと対面し、それを うくす作業を教えてもらったときは、いげー、あんしぬ ばーやたんなー(なあんだ、そんなことだったのか)と、がっかりした。
 
 「うくす」というのは、ヤマガギナの生えている砂地に鎌を忍ばせるように押し入れ、糸のようなヤマガギナの根を、鎌で手前に軽く引くように刈り取る作業のことであった。方言の「うくす」には、持ち上げるという意味があり、ヤマガギナを軽く持ち上げるようにして刈り取るので「ヤマガギナうくす」という表現になったのだろう。
 
 ヤマガギナうくすは、短時間で、簡単に、それなりの量の刈り入れが可能なため、よく出かけた。ヤマガギナうくすは、ふさかず(草刈り)の入門編だったのだ。
 
 きわだってみずみずしいヤマガギナは、くせもので、鎌を入れると、ぬーまぬふそぅ(馬の糞)、いんぬふそぅ(犬の糞)などが隠れており、あんしぬ ふそーばー(そのような草は)馬や山羊は知っていて口にしないと教えられた。誰も刈り取らないのでいっそう青々と茂っているのだった。
 
 自分が刈ってきた草を んまぎなり(美味しそうに)ぴんざが食するのを見るのは、ぷからすむぬ(嬉しいこと)であった。私は草をやりながら、ぴんざと仲良くなり、ぴんざの鳴き真似も上手になり、学級のレクレーションのとき、やらびぴんざから っさりぴんざ がみぬ(子山羊から発情期の山羊までの)鳴き真似を披露して周囲を あまーし(笑わせ)たりした。
 
 ヤマガギナうくすは、私のかしい(手伝い)の原点として、んなまめー
 (今でも)鮮明に思い出される。
 
 あんすぅが(しかし)、数年前、長崎浜に行き、“お世話になった”ヤマガギナに逢いたくて、うまみーかまみーてぃー(ここそこを眺めて)探してみたが、あれから四十年余を経ており、一帯は足を踏み入れることができないほどの雑木林と化していた。
 
 んぞーさーぬ きむんどぅ なずたーだら(残念な心持ちになったよ)。

おばあが かしー

菜の花(伊良部町出身)

 私の年代なら誰でも、やらびぱだんな(子どもの頃は)今の若い主婦並に、いやそれ以上かも知れないくらい かしー(手伝い)をさせられたんじゃないかと思う。なんたって行事の島宮古!みどぅん(女性)が働かんと行事は済ませない。その かしーを担うのが みどぅんやらび(女の子)かしーをしながら行事の料理も覚えていくんだけど、私みたいに例外もいるさー。
 
 やらび(子ども)の頃は炊飯器もないから、ご飯は石油コンロで炊いた。火加減が難しくて、なびふた(鍋蓋)からじゃーじゃー吹きこぼれるし、火を弱くするのが遅れると なんかつくるず(焦げて真っ黒)になって、母ちゃんに「すかた にーん んまり(不器用な子だね)」と怒られる。
 
 ご飯炊きだけじゃない。グルクン(たかさごという魚)や うんぱんびん(芋天ぷら)を揚げるときは、大きな鍋で揚げるから油の量が多すぎ!投げ入れるようにして、グルクンや うん(芋)を鍋に放り込もうものなら、災いは自分の身に降りかかる!油がはねて火傷をする羽目になってしまう。水で冷やしてもチリチリ痛む。まるでそこの部分も唐揚にされた気分・・・。
 
 命がけの かしーぬぱなす(手伝いの話)はこれ以外にも だう(たくさん)で・・・あらん!(ちがう)私がもっと小さい頃の かしーのぱなす(手伝いの話)をしようと思っていたさー。
 
 私はおばあっ子だった。おばあのかしーは母ちゃんに頼まれる かしーとは全然違っていて、遊びと同じくらいにおもしろくて楽しかったさー。 
 
 おばあはカナぶば(直訳するとカナおばさん)が畑から採ってきた うん(芋)を干して保存食にしていた。庭先の かーぎ(陰)に座って足を広げてタライを挟み、釜を逆さにして刃を上に向け、厚めのポテトチップスのように芋をスライスしていく。
 
 うん(芋)の皮をカナぶばが剥き、おばあがスライスし、小さくて軽い私が梯子で屋根に登り、むしろを広げて うん(芋)を干す。二人三脚じゃなくて三人四脚だ。
 
 うん(芋)を干すときは重ならないように並べていく。強烈な太陽の光に干されて、真っ白になっていくのを見ると眩しいくらいだった。屋根の下では、芋を削りながら歌うおばあの声が聞こえる。
 
 「サッサ、ヒヤサッサ」と囃子を入れたり、「かなす んまがまよ〜(愛しい 孫よ)」と私のことと思われる歌を即興で歌ったりしていた。やらび(子ども)だった私には意味が分からないような古謡も歌っていた。物悲しくもあり、心地良くもあった旋律が、今もぼんやりと記憶に残っている。
 
 芋はカラカラに乾燥するまで干すため、天気が続く日を選んでやった。おばあは天気を当てるのは当たり前のようにピタリと当てていた。
 
 おばあやー(おばあの家)は実家の隣にあった。おばあは干した芋の料理ができると戸口から手招きをして「ぱたらつ だまど(働いた分だよ)」と食べさせてくれた。芋の皮を剥いてサイコロに切りご飯に混ぜて炊くとき、干した芋も砕いて一緒に焚くと芋でんぷんでトロリとした芋ご飯の仕上がりになるのだ。かぬ んまさーばっしらいん!(あの美味しさは忘れられない)
 
 他にもおばあの かしーはいろいろやった。おばあがとってきた アダナス(アダン木の若い根)を裂いて水に曝すために井戸水を汲んだり、縄をなうための ギスツ(ススキの葉)を叩いて柔らかくして干したり、一緒に ぬぅずぅ(湿気のある地面に生えるきくらげのようなもの・直訳では野原の野菜)を採りに行ったりした。
 
 司んまだったおばあは御願になると御嶽に泊まるので、ちゃーぬちょーき(お茶うけ)やおにぎりを届けにも行った。まーんてぃぬ(本当の)おばあが ちびっふゃ(おばあの尻を追うの意)だった。
 
 んなみぬ やらびぬきまい(今時の子どもたちも)かしーはやるだろうけど、んきーんぬ かしー(昔の手伝い)とは だいず(すごく)違うはずねー。小さい私にとっては、何でも知っているおばあは偉い人であり、また友達のような存在でもあった。おばあの かしーから学んだものはいっぱいある。おばあのかしーをさせてもらえたことは、今となっては貴重な体験さー。おばあ感謝しているよ。 

おしらせ

菜の花(伊良部町出身)

新里教室のおしらせ

 新里博先生による「宮古方言講座」第四弾が開講されます。

日 時2007年5月20日(日) 13時より
場 所渋谷リフレッシュ氷川二階会議室 渋谷駅徒歩10分 
03−5466−7700
内 容宮古方言の基礎的文法
会 費千円
申 込菜の花 nanohana617@hotmail.com

 文法というとちょっと敬遠しがちになりますが、新里先生から「文法を学ぶことは、普段使っている言葉の仕組みを知ること。また、知っていなくてはならないことばかりを取り上げました」とのことです。
 
 文法については三ヶ月(5、6、7月)かけてじっくりやっていくそうです。先生は良い教本をつくりましたので皆さんと一緒に楽しく学びたいと話していました。対応関係・音声学・文法という武器を使えば宮古方言はもっとおもしろくなりそう!
 
 参加できる方は菜の花までご連絡ください多くの方のご参加お待ちしています。

NHKラジオ番組に出演のおしらせ

松谷初美(下地町出身)

 来週の水曜日(5月23日)にNHKラジオ第一放送「ラジオ夕刊」(編集長 田中和夫さん)に「菜の花」と出演します。「くま・かま」のこと「新里教室」のことなど話す予定です。
 
 「ラジオ夕刊」は、毎週月曜日〜金曜日の午後6時〜6時50分までの生放送!キンチョーです。カトリセンコーです。私たちが出るのは、午後6時32分〜48分くらいだそう。
 
 全国放送ですので、みなさん、よかったら きき゜ふぃーさまちよー。(聞いてくださいね)

編集後記

松谷初美(下地町出身)

 今月は、二回にわたって「やらびぱだぬ かしー」をお送りしました。のーしが やたーがらやー(いかがでしたかー)?
 
 その家、地域ならではの かしーが色濃くでていたのではないかなーと思います。みどぅやらび(女の子)ならでは手伝いもありましたね。
 
 「手伝い」という言い方も「かしー」だったり「かしい」だったり、「かせい」だったりといろいろですね。
 
 かしーをするということは、他者への想像力を養うことでもあるのかなーと前回、今回やって思いました。
 
 あなたはどんなことを感じましたかー?
 
 今回は、みしんさんの話しもありましたが、みしんさんは、アメリカはカンザス州に住んでいます。このあいだカンザス州グリーンズバーグでだいばん(大きな)竜巻がありましたねー。気になってメールしたところ、「こっちは竜巻の被害はありませんでしたが、2、3日はすごい大雨と強風で、この町の一部の地域は浸水がありました」と言うことでした。みしんさん、ご無事で何より!みなさんもご安心くださいね。そして、早い復興をお祈りしています。
 
 しまいぎー ゆみふぃーだまい たんでぃがーたんでぃ〜。(最後まで読んでくださり、ありがとうございました〜)今号の感想、ぜひお寄せくださいねー。
 掲示板での書き込み やらばん(でも)、メール やらばん、結構です。うわが投稿ゆまい、まちうんどー(あなたの投稿も待ってますよ)お気軽に、本当に きがーるに お寄せくださいね。よろしくお願いします。
 
 次号は、三週間後の6月7日(木)発行予定です。あつかー、またいら〜。
 がんずぅやしー うらあちよー(お元気でー)!