くまから・かまから vol. 192

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 こんにちは〜。ぴんがん(お彼岸)ですね〜。
 “暑さ寒さも彼岸まで”と言いますが、ここのところ全国的にぬふーぬふのようですね。vol.192お届けでーす。

我が家のパワー・ツリーたち

宮国勉(城辺西城出身)

 植物を植える時は早く大きく育つように肥料をやり、水を掛け、手塩に掛けて育てる。しかし、ある程度大きくなると放って置いても年々太さが分かるほど一回りずつ急成長し、枝ものびて、あっという間に庭というより雑木林のようになる。ある造園業を営む人に植木は育ちの遅い樹の方に値打ちがあることを教えられたが、今にしてやっと納得できる。
 
 栃木県は日光街道の杉並木路で すぅんびぃー てぃーぬ うぷぎーゆあぱなき みー(真っ直ぐな大木を見上げて)杉の香気を浴び感動した。
 
 あすが じんぬ さんみん(じつは、お金の計算をしていた)。これ1本伐ればいくらぐらい、1本で1軒は建つなあとか、無節の良い材料が幅二尺はゆうに取れるなあとか、丸太にしても色々作れるのではないかと思いめぐらした。私はヤマトに来て真っ直ぐに伸びる木々と、緑が生きいきとしている自然環境を羨望の目で見ていた。
 
 あれから十数年後に我が家(埼玉)でも たらき(同じ年頃)のチャボヒバを5本、植木市で買ってきて植えた。その内の3本が残り、20年経ちすぅんびぃーと柱に使えるほどに成長し屋根を大きく越えるまでになった。
 
 春にはウグイスが留まり、快い音色で鳴いていた。2階の窓のガラス戸を少し開け、目前で鳴くウグイスの姿を見ることが出来た。ヒヨドリ、キジバト、シジュウカラの親子などの小鳥が やまかさ(沢山)来て賑やかなチャボヒバだった。だが、手に負える内に伐採することにした。
 
 切り倒すのにも勇気が要るほどの大きさだ。どぅーゆむ ましー(独り言を言いながら)まず自分に倒れてこないように、屋根瓦を壊さないように、フェンスを潰さないようにと再度の確認をした。
 
 いろいろな悪条件の元、まる3日を費やして無事に切り倒して胸をなで下ろした。枝の処理は、束ねて市役所の燃える塵に出したが、ほとんどが我が家の塵で占めていた。切り株の年輪を数えると何れも22〜3個の確認ができた。幹の処分はこれからの課題で乾燥に3カ年はかかる。
 
 出掛けたときなどに木の種を採ってポケットや旅行カバンの底などに持ち帰る。また食べた果樹の種なども敷地に埋めたり放り投げたりしておく。なかには隣の中学校からも種が飛んでくる。そんな種がいつか芽吹き、20数年経つと、生きて来た自然の力をみなぎらせ、見事な実を付けるようになる。我が家の庭にはそんな偶然性を感じるパワー・ツリー(幸運の木)が何本か立っている。
 
 シュロ、カリン、シラガシ、サカキなどもついでにバッサリと切り倒した。未だコナラがフェンスの向こうに幹を突き出している。若葉が出ると仕事が増えるから春までに切り倒さねばならない。若葉に惹かれているうちに時機を逃すことも心配である。このコナラは戦場ヶ原から拾ってきたドングリの実生で、いつしか20年近く経った
 
 夏みかんの樹も実生から生えて大木になり100個ほどの実を付けている。今年からは やーばし(家とフェンスの隙間)に育ったもう1本が肌の綺麗な夏みかんが7個ほどぶら下がり、味はどうかと楽しみにしている。晴れた日は てぃだ(太陽)に照らされて鮮やかなオレンジ色を楽しんでいる。
 
 琵琶の木も実生から育ち、実を付けるようになり、実の熟れる頃は木登りが得意な白鼻心(ハクビシン)もやって来る。ある日、子供が半ズボンを下ろしたような だずま(しわしわ)になった見たことのない皮が下に散らかっていた。カラスやヒヨドリにしては妙な食べカスなので不思議に思っていた。ほとんどの琵琶を盗られた悔しさから正体を曝こうと思い巡らしていた。それに、夏にはメジロがその木に巣を作って卵4個を温めていた。間近で記録写真が容易にできることを楽しみに、嬉しく思っていた矢先に卵が消えていた。これら一連の疑問が夜中の運動会で判明した。
 
 夜中の2時頃、2階で走り回る音がするので行ってみると子供はすやすやと静かに寝ている。朝になって訊くが何も知らないらしい。次の日も同じような時間に猫または犬が庇の上を走っているようである。
 
 庇は2階の床より下にあり1階にはうるさく響くが上には伝わらないらしい。2階へ行き、窓から気付かれないように覗くと、琵琶の木がゆさゆさと揺れている。暗くて正体不明の生き物が琵琶の木に乗り、下品にクチャクチャと音を立て琵琶を食べている。こいつには琵琶泥棒の現行犯とメジロの卵事件の容疑が懸けられている。
 
 カメラを持ってきてパチパチとシャッターを切った。フラッシュで驚き逃げたが姿はなにも分からない。画像をパソコンで確認すると、1枚だけ鼻筋が白く目を丸くした生き物の顔が撮れていた。証拠写真を見た娘は顔の真ん中に白い線があり白鼻心だと断言した。
 
 インターネットで検索すると千葉県などに野生化しており、しかもエイズの犯人とも噂されているらしい。雑食で鳥の卵、果物なんでも食べるらしいのだ。鼻は豚鼻、目は猿のよう、体つきは猫より一回り大きくて尾が体長の倍ぐらい長い。
 
 翌朝、白々とした頃、目が覚めたので、カメラを持って見に行った。音を出してしまい、庇に飛び乗りベランダの方へ逃げてしまった。暫くしてベランダの方に行き琵琶の木を見ると、その真上の屋根上から顔を出し、こちらの様子を窺っている。いつの間にか形勢が逆転したようである。
 
 正体を見ようとしたが逆にこちらの正体を曝してしまっていた。その内にベランダの屋根に降りてきた。ベランダの屋根は透明アクリル板なので下からよく見えるため間近で観察できた。やはり体つきは猿によく似ている。
 
 その後の消息は分からないが、たぶん今年も現れるだろうと思っている。またと来ないような良い対策はないものか模索中で、だれかアイディアをお貸し下されば大変助かります。
 
 それにしても屋敷の周りが明るくなりすぎたので、春には宮古産の ぞうかにぎー(グミの木)を移植して風除けにと思っている。3年後には酸っぱい実が食べられるかもしれない。椿(ツバキ)や柘植(ツゲ)も良いけど、私にとってはやはり実益のある実の成る樹の方が魅力である。

 [白鼻心 はくびしん]=広辞苑 第四版の解説
 ジャコウネコ科の哺乳類。頭胴長50センチメートルほど。
 毛色は全体に黒褐色で、顔、四肢、尾は黒い。
 名は鼻の白い線に由来。目の下、耳の下に白斑をもつ。
 東南アジアに広く分布。
 日本では、移入されたと思われるものが野生化。
 雑食性で、ミカンなどを食害。

宮古ふつで『寿限無』

松谷初美(下地町高千穂出身)

 マツカマとカマドんどやー っふふゃぬ んまりたーつぁ。ぷからすかずてぃ うたず(マツカマとカマドの(夫婦)に子どもが生まれたとさ。うれしくて仕方ありません)
 
 ゆーむつ なーゆ つきふぃーるてぃ マツカニぁ 和尚が とこまんかい いきたーつぁ(めでたい名前をつけてもらおうとマツカマは和尚さんのところに行ったんだと)
 
 和尚や ぞうなーゆ やまかさ かきみーたーば ういから ぷじ いらびさーい てぃ あずたー(和尚さんは、いい名前をたくさん書いてみたからその中から選ぶとよいよと言いました)
 
 マツカマぁー なーぬ かかいたーむのー むちー やーんかい いきー カマドと まーつき のうぬが ぞーかーが てぃ かなまずゆ やましーうたーつぁ。あすが、いらばいんにば かかいゆーむのーんーな っふふぁぬ なーん すたーつぁ(名前の書かれたものを持って家に帰り、カマドと一緒にどれが言いか悩んだそうな。しかし、選びきれず、書かれものをぜーんぶ子どもの名前にしたそうだ)
 
 “とーとぅがとーとぅ うぷてぃだ まてぃだ てんがなす カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス まつぎー まんじゅうぎー ふぉーにう とくま すむとくま ながんぬつぷす ゆずふぉぶす ジャングジャング ドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ(尊い 尊い 大太陽 真太陽 天の神様、カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス 松木 パパイヤ木 くうねるところすむところ 長命星 金星 ジャングジャングドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ)”
 
 あがいたんでぃ のーてぃぬ ながーながぬ なーがさい(こりゃまたなんて長い名前なんだ)
 
 うぬ っふぁまい うぷふなり んなまー ぼーちら小学生つぁ(その子も大きくなり腕白小僧の小学生だと)
 
 きゅうや どぅすと おーみゃーしー かなまずゆ みんぎかいらすたーのうかん(きょうは友達とケンカをして頭を叩いたらしい)
 
 うぬ どぅすさ うやんかい もんくおー あずがきすた(その友達は父親に文句を言いに来た)
 
 「“とーとぅがとーとぅ うぷてぃだ まてぃだ てんがなす カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス まつぎー まんじゅうぎー ふぉーにう とくま すむとくま ながんぬつぷす ゆずふぉぶす ジャング ジャング ドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ”ん かなまずゆ みんがい こぶぬ いでぃにゃーん(“尊い 尊い・・・”に頭を叩かれてこぶができてしまったんだ)」
 
 「のおー? ばんたが “とーとぅがとーとぅ うぷてぃだ まてぃだてんがなす カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス まつぎーまんじゅうぎー ふぉーにう とくま すむとくま ながんぬつぷす ゆずふぉぶす ジャング ジャング ドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ”がみんぎたー?(なんだって?うちの“尊い 尊い・・・”が叩いたと?)」
 
 「うー、“とーとぅがとーとぅ うぷてぃだ まてぃだ てんがなす カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス まつぎー まんじゅうぎー ふぉーにう とくま すむとくま ながんぬつぷす ゆずふぉぶすジャング ジャング ドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ”がどー・・・(そうです。“尊い 尊い・・・”が・・・)」
 
 「まーんてぃど ばんたが “とーとぅがとーとぅ うぷてぃだ まてぃだ てんがなす カニ マツ タル ヤマ ムサ カマ ユヌス まつぎー まんじゅうぎー ふぉーにう とくま すむとくま ながんぬつぷす ゆずふぉぶす ジャング ジャング ドゥンマ ドゥンマ ヒヤサッサ”が すたーなー?んじ あら こぶぅ みしみーる(ホントにうちの“尊い 尊い・・・”がしたのか?どれそれならこぶを見せてごらん)」
 
 「なーゆ あずきゃー 時間ぬ かかりー んにゃ のーりーにゃーん(名前を言うのに時間がかかりすぎて(もうこぶは)治ってしまったよ)」
 
 うすか(おしまい)

てーげー主義

ビートルズ世代のサラリーマン(平良下里出身)

 沖縄には、てーげー主義というのがある。いわゆる「程々に、適当に」ということである。このてーげー主義には功罪あって、何かと物議を醸す。
 
 まず、「功」の方は、なにごともあまり真剣に考えずゆったりと人生を楽しむから、沖縄のおじーおばぁーは長生きできるということである。いわゆる、「なんくるないさー」の精神である。
 
 一方、「罪」の方は、だらしない、いい加減、ルーズ等、いわゆるアバウトなイメージである。
 
 その代表格が「ウチナータイム」である。いろいろな理由はあると思うが、亜熱帯の気候が原因の一つかなーと思う。あの暑さの中では、何をやるにしてもダルーとダルミキて緩慢な動きになってしまう。
 
 最初、東京に来てびっくりしたのは、都会のリズムである。沖縄でのんびり育ってきたものにとって少々馴染めないリズムである。
 
 まず、歩行速度がじぇんじぇん違う。この人達は競歩の選手かと思うほど しゃしゃーとしゃしゃみかして(さっさと、早足で)あるく。お昼になって食事に行くと、これまた、食べる速度が恐ろしく速い。しかし、人間は適応能力があるというか、しばらく生活するうちに、自分も同じような速度で歩き、同じような早飯食いになってしまっていた。
 
 会社に入社して間もない頃、上司に呆れられたことがある。打ち合わせ室から上司がやって来て、ここの部分を修正して直ちに打ち合わせ室に持ってくるようにと指示してきた。
 
 急いでいる様子だったので、直径1mm程の円の部分はフリーハンドで描いて持っていった。打ち合わせが終わって戻ってきた上司にこっぴどく怒られた。打ち合わせ用とはいえ、緻密な図面にフリーハンドで図を描いたのはお前が初めてだと いぎゃんされ(呆れられてしまい)、だいぶ恥ずかしい思いをした。
 
 打ち合わせ用なんだから、フリーハンドで じょうぶん(いいんじゃないの)という、私のてーげー主義は通用しなかった。似たようなことを他の場面でも感じた事が何度かあった。これは俺の考えが間違っているのだと思って、こころならずも、てーげー主義を封印した。
 
 もうひとつ、この上司に封印されたものがある。それは、スマイルだ。ある時、取引先の電話対応を終えると、すかさず上司に、へらへら笑って電話するんじゃないと叱られてしまった。私は普通に喋っていたつもりだったのだが、少し親しげに話しているように映ったのだろう。それからは、意識してスマイルを消した。
 
 2002年2月、この封印は解かれることになる。(少々大げさだな)下地勇の登場だ。吉祥寺のデパートの沖縄物産展のゲストとしてやって来た彼のミャークフツの歌に感激したのは以前にも書いたが、実はその時、私の心の中にはもうひとつの大きな転機があったのだ。
 
 最終日の最後のステージだったので、物産展の会場はもうとっくに終了時間が過ぎていて、商品には布が被せられデパートの関係者がステージが終わるのを今か今かと待っていた。そんな状況下で下地勇は最後のアンコールに応え、更に「規定の時間は過ぎているが、もう1曲やるか?」と嬉しそうな顔で言い放ったのである。
 
 このとき、私の中で、あの封印されていた、てーげー主義と、スマイルが復活した瞬間だった。そうだよな、こういうのもありだよな。いや、こういうのがないと面白くないよなと。
 
 時代は変わり、沖縄は復帰とともに様変わりした。本土資本や、本土企業に飲み込まれて、沖縄の町は他府県のどこにでもある街と同じような風景になりつつある。それと同じように、沖縄の人々の間からもでーげー主義も消えつつあるらしい。
 
 沖縄のよき理解者であった筑紫哲也さんは、著書『スローライフ−緩急自在のすすめ−』の中で沖縄の男性の平均寿命が急落した原因に「ストレスの増えた社会」があげられているが、時間を守るなんて、やり慣れないことをやるからだと冗談めかして沖縄の行く末を心配していた。
 
 この前、ネットを検索したら、「沖縄のてーげー主義からの脱却」というセミナーの紹介が目に付いた。どうやら、復帰後の「本土化」と「定刻化」が同時進行した沖縄では確実にてーげー主義が悪者扱いされて、消え行く運命にあるらしい。

編集後記

松谷初美(下地町高千穂出身)

 17日(火)にNHK総合で春高バレー出場を目指す伊良部高校バレー部が紹介されていましたね。みーですたーなー?(ご覧になりました?)宮古の人はスポーツ好きとして知られていますが、特にバレーボールは、んきゃーんから盛んですよね。伊良部高校は県大会で見事優勝し、春高バレーへの出場権を手に入れました。そこにたどり着くまでの道のりや回りの人たちの温かいサポートなどが描かれていました。夢に向かう選手のみなさんの姿、だいずカッコよかったです。
 
 さて、その春高バレーは明日(20日)から始まりますね。伊良部高校は、明日の第一試合(午前10時15分〜)だそう。関東にお住まいの方、ずぅ 応援すが いかでぃ(さぁ、応援しに行きましょう〜)
 
 春高バレーの詳細については、下記のサイトをご覧くださいね。
 
 「春高バレー2009」
 http://season.enjoytokyo.jp/volley/
 
 それから、同じく17日の夜中(26時)には、前号でおしらせした「ドキュメント沖縄『一粒の種』」が全国放送されましたねー。みーですたーな?生の?菜の花(高橋尚子)を初めて見たという方もいたのでは?菜の花(高橋尚子)、下地勇さん、砂川恵理歌さんへと「一粒の種」が繋がっていく様子がみなさんの気持ちとともにていねいに描かれていましたね。改めてまた胸に響きました。


 さて、今回のくまかまー のーしがやたーがらやー?
 
 「我が家のパワー・ツリーたち」は、植物に詳しく、植物に愛情深い宮国さんならではのお話しでしたね。宮国さんちの庭の歴史が見えるようでもありました。それにしても木は20年で うぽーうぽ(大きく)なるものなんですね。ハクビシンは、今年もビワの季節になると顔を出すのでしょうか。気になりますね。
 
 落語の「寿限無」は絵本もあり、子どもたちの間でも大人気ですねー。宮古ふつでやってみるのも うむっし(面白い)かもと思い、創作してみました。じゅげむ、じゅげむの部分は、宮古のめでたいものや やーぬなー、擬音を合わせてみました。良かったら声にだして読んでみてください。各地域の方言でやってみるのも面白いかもしれませんね。
 
 ビートルズ世代のサラリーマンさんの「てーげー主義」は、沖縄から内地に出てきた人にとって最初の関門ですよねー。私もカルチャーショックでした。いくら親しくなっても先輩にはタメ口をきいてはいけないとかね。すっかり内地に染まったB.サラさんが下地勇さんのライブを見て心が開放されていく様子、分かります〜。
 
 あなたは今回、どのような感想を持ちましたかー?
 ぜひ、お便りお寄せくださいね。
 
 次号は、4月2日(木)発行の予定です。どうぞお楽しみに〜。
 きゅうまい かぎ ぴかず(きょうも佳き日)でありますように!ゆみふぃーさまい ぷからすむぬ やたん。