くまから・かまから vol. 350

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 こんにちは〜。
 宮古ではサシバが飛来し、秋を知らせてくれています〜。がんづぅかりうらまずなー(お元気ですかー)?
 vol.350お届けです。ぬかーぬかお楽しみくださいね〜。

宮古方言大会に出場して

クイチャーマン(下地・与那覇出身)

 ばんどぅんま(私は)「第22回鳴りとぅゆん みゃーく方言大会」んけーどぅ いでぃたー(に出た)。
 
 いでぃてゃーんしーめー うむっしかりってぃ うながたみんめー なーどぅすたー。(出るだけでも 面白くて 自分のためにもなった。)あんすぅがどぅ、んなま つきってぃめー、うむー とぅかなぬ ぴてぃーつあー。(しかしながら、今になっても、思うところがひとつある。)
 
 うりゃあ あす゜あってぃー うむいゆーたーくとぅばー まさがんげんこうゆ かきってぃ すきゃきり ばどぅ ぞーかたーむぬーどぅあんしゃーすぅだなしー うーたーくとぅだら。(それは、話そうと思うことは、ちゃんと原稿を書いて取り組めば良かったものを、そうはしないでいたことだ。)
 
 うりが つみゃーんどぅ ばが ぱなすっさ うまかまんけー ゆらりゃーまーす゜まーす゜しーうーたー。(そのために、私の話は あちらこちらに さ迷っていた。)
 
 あんしば、むすか んにゃぴとぅん いでぃとぅき゜ぬ あーばーんな、なんき゜ぱっちゃりゃーめー げんこうゆ かきってぃから うむーがにゃーん ゆなぱふっつぅ ばんみかし みゅーでぃてぃー うむいゆーだら。(それで、もし もう一度出場する機会があれば、難儀ではあっても原稿を書いてから 思う存分与那覇方言を轟かせてみたいと思っているよ)
 
 実は、原稿のことについては、與那覇淳さんから「自分も出場することになりました」と本番の4、5日前に電話があり「クイチャーマン(電話では本名)さん原稿はどうしていますか?」と聞いてきた。「私は演題にそって共通語の箇条書きに整理し、当日その内容を方言で話そうと思っている」と伝えた。
 
 本番前、私は自分の演題の4つのテーマにそって箇条書きのメモを作成し、平良の宿泊先で、友人に聞いてもらい、時間を計りながら練習を4、5回繰り返した。しかし、気になることがあった。練習のたびに、話の内容が横道にそれ、テーマと違う内容になるのだった。
 
「んーにゃ(どうなることやら)」と不安材料を抱えたまま、本番を迎えた。楽屋で雑談していた7人の出場者(女性3人、男性4人)は、会場の客席の前列に移り、発表順に腰かけた。私の出番は最後の7人目で、淳さんの次である。「制限時間は10分間。時間オーバーするとその長さにより減点される」と説明があり審査委員の紹介もあった。
 
 私の演題は「ちー ゆなぱふつ、ヨンシー、クイチャー、てぃびーゆ ぬくしいか(さあ、与那覇方言、ヨンシー、クイチャー、指笛を残していこう)」というものだった。
 
 その日は午前中に与那覇のサニツ浜で「第25回サニツ浜カーニバル」が開かれ、その開会式のアトラクションで私も「与那覇のヨンシー」をヨンシー保存会のメンバーとして踊ってきた。そういうこともあり、私はヨンシーの衣装を着て花笠も持って演壇に立ち、話を切り出した。
 
 心配していたことが現実のものとなった。話し始めてすぐ、話がテーマからそれた。与那覇の旧公民館が津波の時の避難所に建て替えられているのを見た感想が口から出て、しばらく続いた。そして、それ以上に、昨年の高校野球の県大会で、宮古総合実業高校が部員数10人で沖縄尚学高校に打ち勝ったことに話が展開し、一人で盛り上がってしまった。予定のテーマとかけ離れた内容に気が付いて、軌道修正しようとしたときは、すでに10分を過ぎていた。慌てて「まとめ」のような話をして、なんとか終わったが、自分自身納得できる内容ではなかった。
 
 共通語であれ、方言であれ原稿をきちんと書きあげて、練習を繰り返して本番に臨むべきであった、箇条書きでいけると判断した自分の考えは甘かった、と反省している。
 
 本稿を書くために、3人の出場関係者に原稿のことで電話取材をした。今度の方言大会で最高賞を受賞したセリック・ケナンさんと一緒に活動している長間三夫さん、淳さん、それに昨年の大会に八重山から参加して与那覇方言で発表した與那原マサヱさんである。
 
 ケナンさんには、本番前の楽屋で彼が持っていたローマ字の原稿を見せてもらったが、彼を指導している三夫さんによればケナンさんは「共通語の原稿からローマ字の方言原稿に直して、覚えるように繰り返し練習していた」とのこと。ケナンさん三夫さんから学ぶことは多い。
 
 淳さんは「共通語の原稿にまとめ、それをもとに方言で話した」という。マサヱさんは「方言でも共通語でも原稿は書けないので頭の中で考えて整理して発表した。かわいがってもらった祖父とのやりとりをそのまま伝えたので、難しいことはなかったさ」と笑っておられた。
 
 取り組み方はいろいろ違うが、宮古ふつ(方言)に寄せる熱い思い、情熱は同じである。うりがどぅ あてぃ ぷからすむぬ。(それが とても嬉しい。)親交のある淳さんとは、方言大会の意義を踏まえつつ、主催の宮古島市文化協会へ、要望や提言などもしていきたいと語り合っている。
 
 出場のきっかけとなった連絡をはじめ、旧盆の宮古テレビの特別番組やその後、発売されたDVDの「字幕」のために、私の ゆなぱふつ(与那覇方言)の共通語訳に尽力していただいたのは『くまから・かまから』の初美さんで、大変お世話になったことを付記して感謝します。

◇あの話をもう一度

ワタリマリ(上野・宮国出身)

 この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。

 
  ぼくは菊が好き
  
 ぼくは赤紫色の小さな小菊が好き
 春の桜よりも
 夏のバラよりも
 冬の椿よりも
 秋をしらせてくれる菊の花が好き
 ぼくの庭に咲く菊は赤紫
 庭の芝生の片隅に
 たますだれの白に囲まれて
 遠慮気に咲いている
 一年がめぐり
 秋を待ちつづけ
 そっと咲く 去年と同じ色を付けて
 去年と同じに素朴に
 ぼくの秋の一日を楽しませてくれる
 運動会も学芸会も何もないぼくの秋は
 庭の片隅のこの菊たちが
 気分を変えてくれる
 大輪の菊のように
 愛情いっぱい育てられたわけではないけれど
 皆が愛でるほどの器量もないけれど
 真っ白や真っ黄色でもないけれど
 自分の色に咲く小輪の菊の花
 秋にやってくるぼくの友達
 子らが遊ぶ
 鬼ごっこ 缶けり かくれんぼ
 走り回る子らに
 踏まれるのが当たり前のように
 ふまりるばん のうちゆまい あすっさん
  (踏まれても 何も言わない)
 ポキッと折れても何も言わない
 辛抱強く耐える
 耐えたところからほらごらん
 芽が出てきた
 根が強いんだ
 ぼくを喜ばせる枯れない菊
 枯れてくれるな菊の花
 雨がふれば雨にうたれ
 風の時は風にゆられ
 誇示せず 欲張らず 何もせず
 それなりの色とそれなりの大きさと
 それなりのかわいらしさと
 本当に自分をよく知っている
 なんだかぼくに似ているような気もする
 この匂いもいい
 クチナシやサザンカやキンモクセイような
 香り豊かな匂いは
 放つことはできないけれど
 鼻を近づけると
 ほらなんだか仏の匂い
 その匂いにぼくは安らかになり
 一人ぼっちも忘れる
 天然のセラピーだ
 菊の花びらを集めて枕に入れ
 その匂いに包まれて寝よう
 ぼくはいい夢を見るだろう
 歩いている夢 走っている夢
 うたっている夢 仕事している夢
 食べる夢 飲む夢 話す夢 
 人生バラ色になり
 菊の花なんか見向きもしないぼく
 花はすっかり枯れていた
 目が覚めると妹が笑っている
 気持ちよかった?
 ん・・・(そう)
 そろそろお昼時
 うとうとしながらぼくは東の縁側で
 半目開きに赤紫の小菊を見ている
 人生菊色しい じょうとう
 (菊色で上等)
 そんなぼくを見た空のサシバも笑っている

宮古への想い

マサがふふぁ(平良・西里出身)

 18歳の時、バックひとつで東京へと宮古を旅立ってから、長い年月が経つ。まーんてぃ、ぴゃーむぬ(ほんとに早いものだ)、下の息子が、あの時の私と同じ18の しーにん(青年)だ。おごえ〜(びっくり!)計算してみたら35年も経っているさいが。
 
 宮古高校を卒業してから、宮古にはもう住んだことがない。東京、那覇、大阪での生活。大阪の家で、テレビの天気予報に地図が映ると、日本列島のはるか南の「ばんたが生まり島みゃーく」を見る。いや小さすぎて見えないけど、いつもしっかり見つめている。私の大切な人たちが皆あそこにいると。
 
 今年は、8月末の旧盆に一人で宮古に帰った。お盆に帰ることはほとんどなかったが親の世代の親類が亡くなることが増え、遠方にいて見送ることができなかったので、親戚の家を訪ねて神になったおじさん、おばさんに手を合わせて回った。
 
 年に一回帰省できたときでも、せいぜい2,3泊で、帰省中は身内と過ごすだけで時間切れになるけど、今回は、嬉しいことに、くま・かまのオフ会に初めて参加して、新鮮で心楽しい時間を過ごすことができた。
 
 その席で初対面のY氏が話してくれたことが印象深く心に残っている。「親戚でもないのに、若い時からずーっと毎年、子供ができてからは子供も一緒に連れて、会いに行っていたおばさんがねえ、最近亡くなってしまったんだ」「そのおばさんと話をするだけで、家に帰ったら、いつもなんかあたたかーい気持ちになるんだよねえ」としみじみと話された。
 
 その方の名前を家に帰ってから家族に聞いてみたら、いとこの嫁の母親のことだとわかった。那覇に住んでいる時、いとこの家で一度か、二度顔を合わせたことはあったがゆっくり話した記憶はない。でも、Y氏のおかげでそのおばさんの笑顔が温かさと親しみを持った存在感で瞼に浮かんできた。そして「そういう人になりたいなあ」と心秘かに思った。
 
 初めて伊良部大橋を渡った。伊良部に生まれ育った兄嫁の運転する車の助手席で、「宮古じゃないみたいでしょ」「ほんと。ここがどこかわからなくなるねー」と話しながら、横いっぱいに拡がる水平線が、身体の中まで浸透してくるのを感じた。のびやかで自由でおおらかな気持ちを呼び覚ましてくれる。毛穴がどんどん開いていく感じ。
 
 また、新城にある父のマンゴー園から平良に帰るときも、さとうきびと畑たちの緑の地平線を見ながらゆっくり車を走らせていると、心の中が静かで平和に満たされてくる。前までは、母か父の運転する車に乗せてもらっていたが、今回は、後期高齢者まい進中の両親に代わって私が運転をした。
 
 日常生活を送る大阪では、風景を遮る隣家の壁、高いビル群の縦の線に囲まれ、視界は横には拡がらない。身体の中にも縦の線が増えて、知らず知らず、自分で立たなきゃ、少しでも成長しなきゃ、と上を見つめて緊張しているのかも知れない。
 
 横と縦、両方の線をバランスよく身体の中に保てたらいいとある人が言っていた。18まで宮古島で育まれ、横に拡がるその風景がしっかりと身体に染み入っているから、ここ大阪でもいいあんばいにバランスを崩さず生活できているのかなと思う。ありがとう、宮古。
 
 18の頃、宮古のことを何にも知らなかったが、35年経っていいおばさんになっても、宮古の地名やその場所、歴史、人物、方言、植物のこと等よく知らない。宝のようなこの島のことを何も知らないまま、歳をどんどん取っていく。あんちぃーや、ならんならんな?(これじゃあいけないのではないか?)と思い、この連綿と続いてきた宮古の文化や先人の歩み自然をもっと深く学んでいこうと考えている。
 
 くま・かまさん、頼りにしてます。そして、未来の宮古とも まぁーつき(一緒に)歩んでいきたい。したら、まずは方言を言えるようにしないといけないか? ぴさら すだち やーばどぅ、くぱりゃなのが悩みやすが(平良育ちなので硬いのが悩みだけど)なんくる頑張ってみるさーねー。

おしらせ

宮古島市文化協会 事務局

宮古島市制施行10周年記念事業 「第10回宮古島市民総合文化祭・一般の部」開催

 宮古島市になって今年で10年。平良市時代から数えると42回目の市民総合文化祭・一般の部(主催:宮古島市・宮古島市教育委員会・宮古島市文化協会)が、明日10月16日から10月21日までの6日間、宮古島市中央公民館や宮古島市伝統工芸品センターなどで行われます。
 
 書道、華道、写真、盆栽、園芸、茶道、生活文化、美術、文芸、方言とさまざまな分野での展示や実技指導、講演、体験などが中央公民館で行われ、また伝統工芸品センターでは、織物部会による宮古上布の展示、苧麻績み体験などが行われます。
 
 くとすっさ(今年は)10周年記念事業ということで、例年よりも規模が大きく、宮古出身で島外に住んでいる方たちの作品展示や講演・講習なども やまかさ(数多く)あります。
 
 また、郷土史部会では10月17日にフォーラムを。18日には、島内の戦跡巡りを開催します。
 
 今月は、展示部門、郷土史部門、方言部門の文化祭ですが、来月以降は発表部門が次々開催されます。こどもシアター(11月29日)、音楽祭1部(11月29日)、音楽祭2部(来年1月16日)、芸能祭(来年1月24日)、芸術劇場(来年3月26日)。こちらも例年にない企画が盛りだくさんです。
 
 宮古におけるいろいろな部門の んなまがみ(これまで)の歴史や現在のそれぞれの活動が直に伝わってくる文化祭になると思います。どうぞ、お気軽に足をお運びいただき、文化の秋をご堪能ください。んみゃい ふぃーさまちよー。心よりお待ちしています!
 
 宮古島市文化協会ブログ http://miyabun.ti-da.net/e8036462.html
 問合:宮古島市文化協会(0980-76-6708)まで。

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 日中は暑い日がまだありますが、にすかじ(北風)が吹くようになり、朝晩はクーラーがいらなくなりました。一昨日は、サシバが大きな羽を広げ悠々と舞う姿を発見!ぽからすむぬやたん(うれしかったです)。今年は例年より飛来数が多いのではと期待されていますよ。
 
 宮古の人にとってサシバは、昔は貴重なタンパク源でした。現在は捕獲することは禁じられているので、食べることはしませんが、それでも宮古を中継地点として降り立ってくれることは、ぽからすこと。宮古が宮古であることの指針にもなっているような気がして、この時季は、てぃん(空)を あぱなきて(仰いで)見ています。(笑)
 
 くま・かまライターのあすなろさんが愛知県より帰省。一昨日、市役所(平良庁舎)近くの「ポーポー」にて、神童と三人でミニオフ会をしました〜。ポーポーの 絶品アオサの天ぷらやこれまた んまーんまの さたぱんびんを食べながら、あすなろさんとくま・かまとの出合いや神童と初めて会った時の印象など(文章からイメージしていたのとずいぶん違ったそうです。笑)いろいろな話が出て、うむっし やたん(面白かったです)あすなろさん、たんでぃがーたんでぃ。またやー。
 
 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
 
 クイチャーマンさんの方言大会出場後の想いや、皆さんがどのようにして取り組んだかが分かり、とても興味深い内容でしたね。大会までのやり方はそれぞれですね。大会に出場するというだけでも本当に大変なこと。改めて、感謝です。ご意見もぜひお聞かせくださいね。すでぃがふー。
 
 人気シリーズ、ワタリマリの「あざ(兄)を想って書いた詩」は、何度読んでも心に響きますねー。んなま ずぶん(今の時季)の ぱなす(話)やーと思って選びました。お兄さんに見える世界は小さいようでいて実は大きくて、ふかーふか(深ーい)ですね。
 
 マサがふふぁ(マサの子どもという意味です)さんは、初登場!今回、原稿をお願いしたところ、快諾してくださいました。たんでぃがーたんでぃ。「大切な人たちがみんないる」「緑の地平線」「横に拡がる風景」等言葉のはしばしから宮古への想いがあふれんばかりに伝わってきました。今後ともどうぞよろしくお願いします!
 
 宮古島市民総合文化祭もいよいよ明日から始まります。各部門ともに準備が着々と進んでいます。くま・かま関連では、さどやませいこさんの絵画、新里博先生、菜の花の短歌。タイラーの絵画などが展示されますよ。宮古にいらっしゃる皆さんは、ぜひ会場へお越しくださいね。
 
 貴方は、どんな感想を持ちましたか?ぜひ、感想をお寄せくださいね。
 掲示板 http://6005.teacup.com/kumakama/bbs での感想もお待ちしています。どうぞ、よろしくお願いしますね。
 
 きゅうまい、しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
 (今日も最後までお読みくださり、ありがとうございました!)
 
 次号は三週間後の11月5日(木)発行予定です。
 うぬときゃがみ ぱだーぱだ うらまちよー(その時までお元気でー)。 あつかー、またやー!