くまから・かまから Vol.41

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皆さん、こんにちは。宮古では、まだ半そでで過ごす日もあるそうで、クーラーも時々つけるという話は、まーんてぃべーやー(本当でしょうか)

vol.41お届けします。ごゆるりとゆみふぃーさまち(読んで下さいませ)

「最近の子ども達を考える?食生活編??」

なー坊

ばんたが うつぅざんどぅ 食堂しーぬ やーぬあー。
(うちの親戚に食堂をしている家がある)

やらびぱだ うまんかい いきいっかー うまぬ ます゜や いつーまい あつーあつぬ やーたー。
(子どもの頃、そこに行くと、そこのご飯は、いつも熱々だった)

ばやーいつまい あつぬ ます゜ぬあいば ぴるますーぴるますー「のーしゃー ばんたが おぱあんなあー うぬすく ます゜う にーゆーがら」てぃうむいゆばどぅ あば、ぱがま ぬ かーりゅー。
(私はいつも 熱いご飯があるので すごく不思議で「どうして大伯母さんは、そんなにご飯ばかり炊いているんだろー」と思っていたら、あれ、お釜が変わっている。)

ばんたが ぱがま ふふぉーふ とーわんなーあーずぅがどぅ うまぬ ぱがまー ゆかにんありゅー。あんてぃ 電気ぬ線まいつきゅー。「うりゃーのーりゃー」てぃ き゜きばどぅ 「ジャー」てぃどぅあす゜
(うちのお釜は、真っ黒で 台所にあるが、そこのお釜は床に置いてあって、しかも電気の線まで付いている。「それは何か?」と聞くと「ジャー」と言う。)

あんってぃ ぴんなむぬ なんつきぃまい にゃーん。やーぬ ます゜や んぎゃーぬ なんつきぃぬありってぃ、ういがどぅ だいず んまふぁにゃーたー。「かーちゃん うりゅーばー ふぁーじゃーん」てぃあす゜かー「ぷりふふぁ」てぃ いずやいなーうーたー。
(そして、不思議な事に焦げもない。うちのご飯は、苦い焦げがあって、それがまたすごくおいしくないんだ。「母ちゃん、そんなの食べないよ」と言うと、「バカ!」と怒られるのが常だった。)

ある日、学校からやーんかい きしばどぅ うぬ ジャーぬ あーだら。あってぃ ぷからすかりってぃ あってぃ ぴるますかりってぃ さーてぃー ゆずゆ ふぉーたーちゃ まつかにうーたー うんから んーぬす゜とぅ ぴす゜ちきなー 卒業すーたー。
(ある日学校から家に帰ってくると、そのジャーがあった。すごくうれしくてすごく不思議なものだったので、早く夕飯を食べたくて待ちかねていた。その時から (注)んーぬす゜とにんにくの漬物は卒業した。)

さーてぃ やーんかい いきってぃ あぱちきな しょーゆーかきーふぁいばどぅ ういがまた んまむぬやーたー。おかずまい いらったー。あつーぬます゜ちゃーかーしー じょうぶんやーたー。あすがどぅ んなまぬ ふふぁぜいたくんなりー おかずまい 肉しかふぁーん。
(急いで家に帰って、ご飯に醤油をかけて食べると これがまたおいしい。おかずもいらなかったよ。熱いごはんだけで充分だった。けれど、今の子ども達は、おかずも肉しか食べない。)

ぷり やらびぬきゃー
(まったく今の子ども達ときたら)

(注)んーぬす゜とは、サツマイモを蒸かし、つぶして固めたもの。

「宮古のことわざ」

〔 茄子ぬ花とぅ親ぬ 言葉んな仇ぁにゃん 〕

ナスピィヌパナトゥウヤヌ
パナスンナアダァニャン

ナスの花はほとんどが結実しアダ花はないといわれる。親の教えもそれと同じで一つひとつ道理に理にかなっている。アダ花は一つとしてない。

『んきゃーんじゅく』 佐渡山政子/編 より

「ミャークフツ講座 地名編」

マツカニ

  • ウキ゜ナー(沖縄)
  • ミャーク(宮古)
  • ヤーマ(八重山)
  • イラウ(伊良部)
  • タラマ(多良間)
  • ピスサラ(平良)
  • カス゜マタ(狩俣)
  • カガンバリ(鏡原)
  • ヌザキ゜(久松)
  • イキマ(池間)
  • ウガンズマ(大神島)
  • グスクビ(城辺)
  • ブラ(保良)
  • ピスガー(比嘉)
  • ウルカ(砂川)
  • シモジ(下地)
  • カーンツ(川満)
  • ウイズ(上地)
  • ユナパ(与那覇)
  • ッフャマ(来間)
  • ウエノ(上野)
  • アラダティ(新里)
  • ミャーグン(宮国)
  • ヌバリ(野原)

※「ピスサラ」や「ピスガー」の「ス」は小文字が適当だと思うのですが、小文字にできませんので、ご了承ください。地名はこの他にもまだまだたくさんあります。それはまた次の機会に。

「学校がない 宮島小学校編」

神童

小学校5年生当時のモクマオウ教室で一番怖いのは、雨だった。海洋性亜熱帯気候の宮古島は、雨の降り方も半端でなく、何の前触れもなく、突然、降りだしたりする。屋根のある建物へと避難する1?2分の間に、ざうんみ(ずぶぬれ)になったりする。

この小学校で屋根のある建物で悠々としているのは、低学年の児童、うさぎ小屋のうさぎ、給食室の木壁に巣を作っているミツバチくらいのものであった。何とこの小学校の高学年児童は、一応、哺乳類ゲッシ目である、うさぎ、昆虫類であるミツバチより劣悪な環境で勉強に勤しんでいるのであった。

にわか雨の場合は、急いで本、ノート類をかばんに入れ、わき目もふらず、80m程先の校舎へとダッシュするのである。机とイスはそのままに!その後は、授業は行われず、午前中 休校となったりした。

まるで自然にまかせて生活していたカメハメハ大王のような生活ぶりだ。しかし、まてよ!カメハメハ大王は「朝日の後に起き出して、夕陽の前に寝てしまう」という歌詞であったな。ただのなまけものではないか?ということは、置いておいて、にわか雨ではなく、朝から空模様が怪しかったり雨が降っていた時は、別の教室において授業が行われた。

それは校舎と給食室の間にあった、屋根つき駐車場である。元々、車一台を駐車するスペースに、25人分の机を並べるのだから、机と机の間に隙間などなく、休み時間ともなれば、机の上を歩いて移動するしかない。この教室は、とにかく窮屈であったのだが、雨足が強まった時などは、足元に10センチくらい水が溜まるのである。みな、靴がぬれないよう、足を机の脚にからませて授業を受けるのだった。

消しゴム等落とした日には、だいず(大変)だった。ためしてごらん。濡れた消しゴムは、使いにくいのだ!

「お便りコーナー」

ハム子さんより

くま・かま vol.40読ませて頂ました。

ワタリ・マリさんのお兄さんの詩は、最初っからショッキングで涙が止まらなくて・・・。実は、私の娘(小五)も障害(発達遅滞)をもっています。他人には、分からない、言えない悩みも数え切れない程あります。

【お父と 母ちゃんはボクが一緒の事が恥ずかしそうだった】

とありましたが、なんだか、私の娘が私に訴えているようでパソコン打つ手も震えて、画面も涙でかすんでいます。

ワタリ・マリさんのご両親のあの時の気持ちは、恥ずかしかったのではなくてお兄さんが、嬉しくなって奇声をあげた事で、きっと「まわりの人にご迷惑をかけいるのではないか??」 まわりの人に対して、申し訳なく思っているだけだと思いますよ。そうやって、いつもまわりに気を使いこの子の居場所を保とうとするご両親の気持ちもわかってやってくださいね。

それにしても、子供って親の顔色をよくみているものですよねぇ?。

【うれしかった すごくうれしかった お父におんぶされ 母ちゃんに支えられて】

ウチの娘も、こんな風に感じてるんだろうか?などと、自分の事とダブってしまい、ごめんねぇ?ごめんねぇ?って、涙が止まりませんでした。

※ハム子さんのお便りも胸打たれます。人はさまざまな気持ちを抱えて生きているのですよね。相手の気持ちを想像できる人になれたらと思う。

「編集後記」

松谷初美

そうそう、ばんたが やらぴぱだあ(私達の子どもの頃は)炊飯器とは言わずに「ジャー」となー(と)言っていたねー。電気でご飯ができて、しかも温めておくなんて、不思議でしょうがなかった。あのいろいろな電気製品の感動はいざんかいがいき゜たーがら。(どこに行ってしまったのやら)今では、何でも便利なものが当りまえになってしまったねー。だから、お店などのドアも自動ドアが当たり前のように思って、自分で開けるドアなのに、すなーし たちー なー うー(黙って立っていたりする)どうぐりむぬ(恥ずかしいねー)

さて、もうすぐ新年を迎えますね。くま・かまでは、来月は、皆さんからの投稿を中心に「お正月特集」をしようかなと、かんがいみーみー(考えたり)しています。お正月にまつわるぱなす(話)何でも結構です。お寄せください。今年いっぱいを締め切りとします。たくさんのご応募お待ちしています。

次回は、12月19日の予定です。あつかー、また。