くまから・かまから vol.434

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 こんにちは〜。6月になりましたね〜。 がんづぅかり うらまずたーなー?(お元気でしたかー?)
 vol.434のお届けです。ぬかーぬか(ゆっくりと)お楽しみください〜。

希望の扉 今開き

菜の花(伊良部町仲地出身)

 伊良部島では佐良浜集落を北区と呼び、伊良部集落を南区と呼ぶ。それぞれの集落には小中学校があり、私が小学生の頃には児童数は千人近くいた。しかし、近年の少子化で子どもの数は激減し、今年の3月で長い歴史と伝統を誇るそれぞれの小中学校は閉校となった。その代り伊良部島の4つの小中学校は統合され、宮古島初小中一貫校「結の橋学園」という愛称で新しく開校した。5月26日に開校記念式典と祝賀会があり、私も招待を受け参加した。

 宮古に着いた夜はくまかまオフ会があり、久しぶりにライターの皆と会い、宮国勉さんを偲ぶ思い出話をしたり(いつものことだけど)あの話この話と尽きることなく深夜過ぎに及んだ。その余韻に加えて、結の橋学園を見るのも、子ども達が歌う校歌を聞くのも初めての私は、気持ちが高ぶって寝付けなかった。

 式典の日は梅雨の晴れ間の ぞぅわーつつ(晴天)で、てぃんがみまい(空まで)祝福しているようで晴れやかな気持ちで式場に向かった。案内された校長室には うぽーぷぬ(大きな)テーブルと椅子があり、ちょっとした会議室のよう。着席している方々を見ると、宮古島市市長さん、副市長さん、教育長さん名札をつけた方々・・・ばかり。おごえー!何だか私ってば場違いの所に居るさ〜!睡眠不足の心臓がキュッとなる。真新しい校舎の匂いと、木の香りが気持ちを鎮めてくれた。

 開校式のオープニングセレモニーとして校舎前でテープカットがあった。英語と日本語のアナウンスを聞いた時、新しい時代を感じた。テープカットの後は体育館へ移動して開校式典が始まった。幕開けは全校生徒による校歌斉唱で、作曲者の宮国貴子先生と作詞者の私は紹介されてステージに上がった。スクリーンに映る伊良部島の映像と共に校歌の曲が流れた。

 貴子先生の指揮に合わせて、子ども達が「結の橋学園校歌」を歌うのを耳にした時のあの感動!何と言えばよいか分からない程の感動に包まれ、心が震えるという事を全身で感じた。小さな1年生が懸命に歌う姿は可愛らしく、大きな男子9年生の太い声は頼もしく響いていた。

 この先もこの歌詞が学園の校歌として歌われ続けていくのだと思うと、ステージから全校生徒の みぱな(顔)を見つめながら一緒に歌い「ありがとう!ありがとう!」と、心の中で繰り返した。なだ(涙)がこぼれてきそうで何度も瞬きをした。宮国貴子先生が笑顔で指揮する姿が目に映った時、同じ思いでこの場所に居るのだと思うと感無量だった。

 教育長さんからは立派な感謝状を、校長先生からは額入りの伊良部島の写真と校歌のCDとDVDを頂いた。これ程の ぷからすくぅと(喜びを)感じさせてもらえた事に感謝すべきは私の方である!結の橋学園に関わる全てのものに、伊良部島に、深く感謝の一礼をした。

 祝賀会では、児童生徒や学園の先生方、父兄や地域の方々による挨拶や余興による祝宴が繰り広げられた。

 挨拶からは、結の橋学園が宮古島初小中一貫校の一体型教育校として、高い注目と期待を浴びていることが伝わってきた。「子ども達の未来が伊良部島・宮古島の未来になる」との教育長さんの言葉が心に残った。校長先生の結の橋学園に対する熱い思いや、子ども達の可能性を伸ばすため全力で応援したいとの姿勢が直に伝わってきた。

 祝宴は進み、おごえ〜!(なんと!)先生方一同による結の橋学園の校歌遊戯も披露された!校歌遊戯は学校にとっては絶対に欠かせないものだ。校章と宮古島市のロゴの、御馴染みの小旗を振って笑顔で踊る先生方。見ているうちに いきゃーらむぬ(何だか)ところどころに覚えのある踊りが・・・。あがい!いんしーぬ ばぁるが(あー、そうか!!)伊良部小中学校と佐良浜小中学校の校歌遊戯が混ざり合っているんだ!と気づいた。しんしーぬきゃあ じょうとう〜(先生方、流石!!)ここでも胸が熱くなった。北区の佐良浜と南区の伊良部が一つになったことを象徴する校歌遊戯だった。校歌遊戯の後、校長先生がリードする結の橋学園への応援のエールも迫力ものだった。先生方の結束力、チームワークの素晴らしさに拍手を送った。

 宴もたけなわとなり、PTA父母の会と地域の皆さんによるエイサー踊りが披露された。エイサーは10日間で覚えたとは思えない程素晴らしく、心のこもったものを感じた。伊良部集落も佐良浜集落も一緒になり、伊良部島の父兄として踊る姿は感動的だった。私の子どもの頃は同じ伊良部島であっても、佐良浜集落は遠く子ども達同志の交流も、父兄の交流もほとんど無かった。それが今、島が一つになっていることを目にしているのだ!時代の変化をつくづくと感じた。

 PTCA代表挨拶では、伊良部島の子ども達にこんな素晴らしい学校を創ってくれたことへの感謝と、4月の開校で島の全ての子ども達が一堂に会し、既にお互いに成長し合い活躍しているとの話があった。PTCAとは、PTAに地域が加わりPTCAとなるとのこと。学校教育に地域が参加するっていいね!と、またまた感動!

 島の子ども達が一堂に会する良さは、いろんな場面でも見て取れた。小さな一年生が椅子を運ぶ時に上級生が笑顔で声を掛けたり、手伝ったりしていた。嬉しそうに上級生を見上げる一年生もいつかまた同じように下級生を助けるだろう。

 木の香りのする大きな廊下と開放的な教室の直ぐそばには中庭があり、休み時間には小さな下級生を上級生が遊ばせたり、世話していると言う。学校行事でも上級生が自ら下級生を誘導し、スムーズにいくとのことであった。少子化で失われていく やらび(子ども)同士の繋がりが、小中一貫教育で再現されていることに安堵しながら やらびぬきゃー(子ども達)の姿を眺めた。

 校歌制作は産みの苦しみではあったけど、校歌が結んでくれたご縁は数知れない。島に向けられるありったけの思いを込めて歌詞を綴ったつもりではいるが、果たしてこれで良いのだろうか?との不安は正直今でも残っている・・・。

 平成から令和へと時代が変わったこの5月、新しく開校した伊良部島の結の橋学園の希望の扉が開かれた。新しい時代と共に学園が発展していきます様に!子ども達が伸びやかに成長していきますように!心からそう願うばかりである。

◇あの話をもう一度

宮国勉(城辺・西城出身)

「宮古の植物で作るあれこれ」 vol.331 2015/1/1

●アダン <タコノキ科タコノキ属の常緑小高木>
 
*がじまーら=風車(かざぐるま)
 アダンの葉の棘を取り除き20〜25ミリ程度に裂いて叶結びにする。羽の長さを4枚揃えるのがコツ。廻す芯には、トンベン(竜舌蘭)の棘を使う。

*あだなすづな=(アダナス縄)
 あだなすはアダンの気根で先端に帽子をかぶって下方へ伸びる。それが地面に着く前に切り取り、3ミリほどの厚みに引き裂いて天日に干して、更にそれを適度に引き裂いて縄の材料にする。あだなすは干すことによりすぴにがー(強靱)になる。それを綯うとすぴにーすぴに(千切れにくい状態)で手触りのよい縄となる。

 縄も太さにより利用する用途が変わる。すぴにがー(強靱)な材料は細くすることが出来るから長くて丈夫さが必要な用途に使われ、細く綯うことで水くみのくばずー(釣瓶)用の縄にしていた。

*あむでぃら=芋を入れて運ぶ網
 アダンの気根を3ミリ程度にスライスし、天日で乾かし、更に細く裂く。それを縄にして芋がはみ出ないほどの編み目で直径50センチほどの袋状に編み、口が閉じられるように工夫する。

*おーだ=たい肥や草を運ぶ道具
 アダンの気根を3ミリ程度にスライスし、天日で乾かし、更に細く裂く。それを縄にして編み目が15センチほどで90センチ×70センチの平らな編み目をつくり、長手の方2カ所に吊り紐を付ける。天秤棒で運ぶので対で必要。

*むっすぅ=蓙(ゴザ)
 アダン葉が長いものを選び、棘を取り除いて幅20〜25ミリ程度に揃え煮沸する。アダナスの縄で編み込む。乾燥させてゴザになる。結構手間が掛かっていたような印象。
 

●ススキ <イネ科ススキ属>
 
*ぽーき=箒(ススキの穂を利用)
 枯れたススキの穂の綿を除去し、挟み込むように組み上げて作る。持ち手が直径6センチほどに束ねる。学校の冬休みの宿題・・・。

●マカヤ<イネ科チガヤ属>

*まぐ=穀物の入れ物
 マカヤを2センチほどの太さでグルグル巻きにしてマーニ(クロツグ)の茎や籐蔓擬(とうつるもどき)を綴じ紐にして作る。穀物の入れ物になどに利用していた

*かやづな=茅縄
 かやづなは2分した茅の硬い部分を折り曲げてがんぷ(こぶ)を作り、足の親指で挟み、手のひらで擦り合わせて撚(よ)る、時にはペッペッと唾を手につけると滑ることなく撚りの強いかやづなができる。かや(すすき)、まかや(茅萱)は容易く手に入り、長持ちしないので専らサトウキビを縛ることに使われた。茅萱は時に縄ではなくまぐ(篭)、うぷなびぬふた(大鍋の蓋)などの生活用品になることもあった。

●くば(ビロウ)<ヤシ科の常緑高木>
●まーに(クロツグ)<ヤシ科クロツグ属>
 
*するがあづな=棕梠縄
 するがあづなは くば(ビロウ)や まーに(クロツグ)などの外皮の毛を縄にするのだが、水に強く長持ちすることから牛の鼻緒や茅葺家の ぎすきくび(すすきの壁)を結わくのに利用していた。
 

●サニン(月桃)<ショウガ科ハナミョウガ属>
 
*さにんづな=月桃縄
 さにんづなは葉の部分は取り去り、幹の方を叩き潰し干して使う。あだなすづなほど強くはないが、くばずー(釣瓶)用に使われていたらしい。

がんまり

松谷初美(下地・高千穂出身)

 んきゃーんぬ(昔の)やらびたー(子どもたちは)がんまりむぬ(いたずら者。「がんまりゃ」とも言う)が多かった。

 「がんまり」とは、いたずらをするという意味だが、そのいたずらとは、形あるものをガンガンと叩いて壊したり、逆に自分なりの物を作ったりすることも含まれる。

 特に びきやらび(男の子)は、がんまりゃで、げんのう(金槌)や鋸など使い、木箱を壊して別のものを作ったり、遊び道具を作ったりしていた。また、機械などを壊して、新しく作り変えることなどもよくしていた。

 小さい頃から、大工道具にも慣れているので、釘を打ったり、バールで釘を抜いたりするのもお手の物。台風の際には、父親とともに窓に板を打ちつけたりするのも当たり前の仕事だった。私も、釘を打ったり、抜いたりするくらいはできる。(自慢でもないか)

 東京に住んでいた時、ベランダの板が朽ちて剥がすことになった。剥がしたあと、その板から釘を抜かないといけない。確か、バールがあったはずと思い、探して夫に渡すとうまく出来ない。あがんにゃよーい。まーんてぃな(本当に)?夫は私がやるのを見て「さすがだ」と拍手。結局最後まで私がやった。何か違うような・・・。笑

 やらびぱだ(子どもの頃)、がんまりをした事は大人になって大いに役立つと思う。

 私の知り合いは、大工でもないのに、家のリノベーションを自分でやっている。今、宮古は建築ラッシュで業者に頼むと2〜3年待ちと言われるそうだ。それならと自分で始めたらしい。子どもの頃は、さぞかし、がんまりばっかりしていたのでしょうね。

 果たして今の子どもたちは、がんまりはするのだろうか。やらびぱだ
 (子どもの頃)にしかできない、がんまり、大いにやってほしいと思う。

*参考資料:『宮古群島語辞典』下地一秋著

編集後記

松谷初美(下地・高千穂出身)

 梅雨明けはまだですが、ナビガース(クマゼミ)が、ショーショーショーと鳴き始めました。今年の梅雨は、雨が降り続くことはなく、適度に降り、適度に太陽も顔を出して、いい感じです。

 先月25日は、菜の花の帰省に合わせてオフ会をしました〜。カニさん、マツカニさん、與那覇淳さん、菜の花、松谷と んきゃーんぬ(昔の)話しから んなま(今)の話までたくさん出て、盛り上がりました。また、菜の花が結の橋学園の校歌をプリントしてきてくれて、みんなで歌いました〜。素晴らしい詩と曲にみんな感動!そして、くま・かまメンバーの活躍を誇らしく思ったのでした。

 さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?

 「希望の扉 今開き」式典等での菜の花の感動が伝わってきましたね。統合する前には、賛成、反対といろいろありましたが、小中学校一貫の良さなど、伊良部出身の菜の花だからこそ分かること、説得力がありました。子どもたちは校歌とともに豊かな学園生活をおくることでしょう。結の橋学園の校歌の歌詞は、vol.423(2018.12.20発行)に掲載しています。

 あの話をもう一度は、前回に引き続き、宮国勉さんの話をお届けしました。「特集:宮古の植物で作った生活用品・遊び道具・風習」の中で書いてくださったものです。昔の人の知恵、豊かさが伝わってきます。宮国さんは、本当に貴重なものをいろいろ書き残してくださいました。心から感謝です。

 久しぶりに「がんまり」という言葉を聞き、懐かしくて取り上げました。共通語に訳すのが難しく、単なるいたずらではないし・・・ガンガンと叩いて壊すイメージもありといろいろ調べたところ下地一秋著の『宮古群島語辞典』の中で「ガンガン叩いて割るに志向してガンマリに変えた語であろう」の言葉を見つけ納得!あなたは、がんまりむぬでしたか?

 貴方の感想もぜひお寄せくださいね。まちうんどー(待っていますよ〜)

 今回まい しまいがみ ゆみふぃーさまい たんでぃがーたんでぃ〜〜。
 (今回も最後までお読みくださりありがとうございました)

 次号は、6月19日(木)の発行予定です。
 きょうも かぎぴかず(佳い一日)でありますように! あつかー、またいら〜。