くまから・かまから vol.61

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 みなさん、こんにちは。
 にすかじ まい(北風も)吹き始め、季節はもう秋ですねー。秋の夜長にも昼の短さにも合うメルマガです。ゆみふぃーさまちー(読んで下さいねー)

みゃーくんなまずぶん

さどやませいこ

 前回のメルマでは、台風14号に対する多くの励ましのお言葉タンディガータンディ。あれから半月以上も経っているのに未だ方々でその爪痕が残っています。特に農家のビニールハウスやプレハブは剥き出したままで、見る者も辛いものがあります。夏植えのやり直しをする農家もあります。反面で地域や学校単位での運動会やお祭りも盛んで、やっぱりみゃーく人の大らかさと強さを感じさせます。

 今一度、あの忌まわしい日に戻ってみようと思う。ほんとはイヤだけど。
 9月10日。朝から風雨があり、テレビやラジオでは熱低が台風になった模様。でもなぜかあまり危機感を覚えない。だって、パツ(蜂)も今年は家の内に集まっていないし、蜘蛛だって高いところで巣を作っていない(反対だと台風が来るといわれる)。何一つ思い当たることがないので夕方近くまで呑気に仕事をする。ところが、知人からの電話で、台風がだんだん成長しているという。それでも、まさかと思っていた。次第に風雨が強くなる。その頃から、あれこれはひょっとしたら、ひょっとするぞ、と思い始める。大急ぎで夫と二人濡れながら周りの物を片付け始める。でももう遅い。海鳴りと樹木のざわめきで、これは本物だと思いだした頃には停電。それからはもうひたすらこれ以上大きくならないでと祈るばかり。35年前の恐怖が甦ってきた。

 時間が経つにつれ風は暴れ回りもう手が付けられない状況になった。特に我が家は海の側で集落から離れた野中の一軒家。外の音がもろに伝わってくる。家の外で凄いことが起きていることが手に取るようにわかった。ガラガラ、バキバキ、どうやら作業場の屋根が飛ばされているようだ。それにいろんな物が飛び回っているようだ。ガラスに当たって割れた所から風が入って来たらもうおしまいだ。中の物はめちゃくちゃ手が付けられないだろう。そう考えただけで恐怖に打ちひしがれる。ひたすら音を遮断しようと必死に耳を塞ぐ。人間、恐くなるとまず「聞かザル」になる事を実感した。

 午前2時半、風が弱まった。おや、ひょっとしたら台風の目?ところがラジオではそのことには少しも触れず相変わらず同じ情報だけ流している。約一時間半、静まりかえっていた風は四時前からザワザワと動きだし、今度は返し風、凄い勢いで吹き始める。また家がミシミシ言い出した。ああ、今夜で我々の人生も終わりか、と思うような絶望感、悲壮感が漂う。朝方まで吹き荒れた風は少し弱まったものの、その日も一日中風に閉じこめられた。後の情報で26時間、宮古をウロウロしていたことを知り唖然とした。

 台風一過。みゃーく全体がかき混ぜられていた。その後の停電(因みに我が家は11日間)、電話の不通も堪えた。文明からすっかり切り離され、いろいろと考えさせられる一夜となった。そう言えば、9月11日は二年前、ニューヨークで同時多発テロがあった日だようね、と思い返し不思議な感慨にとらわれた。天災も人災も遭ってみて初めてわかるウコースクトヤー(恐ろしいことだねー)。ウスカ(おしまい)。 

ミャークフツ講座 こどもの歌編

ひさぼう

1.くいとーくいとーのうた

  くいとー くいとー んじがーます くいがド ます
  くーりゃー なびんまやーぬ むくんド なズ ジンタン ジンタン さびちびるん

2.たか(サシバ)のうた

  たーかどーい デンゴニチ デンゴニチ

3.んんばと(ハト)のうた

  やーりぎん ふーささーぬ ンドッ ドットー

4.ざうかにのうた

  あんなが ちーちー うやが ちーちー ブッ

5.あつだにのうた

  うやが あつだに んたびさまらし サ アッサ ハイヤ アチッチ アチッチ

6.あったぼーのうた

  あったぼーがド たーぶこーをふき デンクヨー デンク

< 解説 >

 童謡には謎が多い、と時々話題になる。例えば、ゆうやけこやけの、こやけとは何だ、とか、よあけのばんにつるとかめがすべった とはどういうことなのかとか、赤い靴はいた女の子は、異人さんに拉致されて外国に行っちゃたのかとか。

 上にあげたうたは、童謡といえるほどのものではないが、やっぱりわからないことが多い。

1は、どっちにしようかな神様のいうとおり、と同様のものだと思うけど、くいがどます(これがいい)と決めた後さらに、これは なびんまやー(屋号)の婿になる、と断定しているところをみると、このうたは、縁結びの神様のうたか? で、この婿は、ジンタン ジンタン しまいには、さびちびるん(錆びたお尻)になったとさ、というのだけれど、なんなんだろうこれは。

2は、秋の宮古の空いっぱいに、渦巻きながらやって来るタカを見上げながら、興奮してはしゃぎまわる子供のうたです。

3のンドッ ドットーは、ハトの鳴き声です。本土のハトもやっぱり、ンドッドットー と聞こえるのだけれど、問題はハトがどうして、やりぎん(破れた着物又は古着)がクサイ、クサイ と鳴くのかということ。

4は、ざうかに(グミの実)を食べ飽きたとき、このうたに合わせて ざうかにを指でギュッとつまみ、種をビュッと飛び出させる。で、あんながちーちー(母乳)がブッと出るのはわかる、うやがちーちー(親父の乳)までブッと出るかどうか。

5は、その親父に孝行したいという息子のうた。着物とさなぎ(ふんどし)姿で昼寝していると、どうしても玉が股ぐらから顔を出す。昼下がりとて、汗をかいている。ああ、んたびて(手でなでなでして)冷ましてあげたい、といううたです。

6のあったぼーは、イメージとしては、昼間っから仕事もしないで、ぷかりぷかりとタバコの輪をつくりながら、平良の街をぶらぶらしているちょっと頭の弱い男だけれど、子供には人気がある。 

 以上、なんにもわかっていない解説。

読者投稿コーナー

平良市在住 みゃーくぴとぅさんより

「島は復興へ」

 今回の台風14号は、幼い頃体験した台風を思い起こしました。多くの人がまさかこんな大きな被害が出るとは、と思ったに違いありません。

 今回の台風は、10日(水)の午後2時頃から強風とともに横殴りの雨が吹きヒタヒタと接近してくるのがわかりました。夕方になると突風を伴った風雨が次第に強まりました。そして夜半には暴風豪雨。明けて11日午前一時を廻る頃には、地鳴りのようなゴーゴーといったような、地底から突き上げるような「大きな声」が島中に響き渡りました。叩きつけるよう な豪雨。建物は突風のたびにゆれを感じました。もちろん眠れるはずがありせん。そして午前二時過ぎからは各地で停電が相次ぎました。後でわかった事ですが、その頃にはほぼ宮古全域の2万世帯余りで停電となったようです。島は大きな黒い何か見えない魔物に食べられたように暗黒の世界でした。島が沈んだ瞬間でした。

 午前四時前に台風の目が島をなでると風がヒタッと止みました。外に出るとプレハブ小屋が道路を塞ぎ車が至る所で横転、建物の大きな窓ガラスの破損。吹き返しの風がやや収まった午後、郊外にでるとブロック塀の倒壊やコンクリート電柱のすざましい倒壊。何か大地震の後のような感じでした。「阪神淡路大震災」の時、阪神高速神戸線の倒壊を思い起こすようなあの時の映像を見ているようでした。

 あの日からきょうで11日が経ちました。電気の送電線幹線系統が驚異的は速さで復旧しました。沖縄電力を始め協力企業が沖縄本島や隣の八重山から駆けつけ応援部隊が日夜精力的に取り組んだ成果です。多くの作業員が「こんな経験は初めて」と話していた通り、沖縄では復帰後最大級の台風となったようです。

 また電話については、全国各地から応援部隊が駆けつけこちらも精力的に連日復旧作業に追われているという事です。こんな中で各地の小中学校では運動会が行われ、学校周辺には、元気な歓声が木霊しています。

 こんな日々のニュースが島の復興への気迫を感じさせています。「メルマガ・くまかま」に寄せられる多くに方々からの激励に島は少しずつですが復興に向けて元気を取り戻しつつあります。個人的にも暫しご無沙汰している友人からの見舞い葉書きに元気付けられています。(こんな時に人の真心、真の友人は誰、人の姿がよく見えるものです。)
   今のミャークピトゥには過去に数多くの激甚災害をもたらした台風から立ち直った先人達から受け継がれた「遺伝子」が組み込まれているようです。(2003年9月22日)

神奈川在住 船長さんより

「私が宮古・伊良部島に惹かれる理由」

 アカハラダカの渡るころ、台風14号による爪あとも生々しい宮古・伊良部島に久しぶりに行ってきました。帰路に着く空港で、友人のおばぁから、「かぼちゃてんぷら」を焼いたから、お土産にと、ダンボール1箱いただきました。自宅に帰り、開封してみたら、こぶし大の「かぼちゃてんぷら」が、100個以上、ぎっしり詰まっていました。思わず「あっがいたんでぃ。ビキダツ(独身男性)一人で、こんなに食べれない。毎日食べても一ヶ月以上はかかるよ〜」この量の多さをみて、島で、友人から、「ヤマトプリムヌ(内地バカ)。この島に土産を持ってくる場合には、質より量。少しづつでもいいから、分けられるものをもってこないとヤマトプリムヌと言われるよ。」と教えられたのを思い出しました。島では、おいしい物やいただきものは、みんなで分けて食べるのが当たり前のことで、贈り物をするときは、分けることを前提にまとまった量を贈るのが常識なのです。

 物を分け合って食べるということは、すばらしい習慣だと思います。なにより、おいしくなります。おいしいものを分け合って食べる人がたくさんいる人は、とても仕合せな人だと思います。せっかくやまかさおいしいものをいただいたのに、一緒に分けて食べてくれる人がいない都会で暮らす私は、もしかしたら、とても寂しい人間なのではないかと・・・。

 都会には、潮の香りもないし、突然、一緒においしいものを食べようと干渉する人もいません。その代わりに、都会には人の生活を干渉する雰囲気が希薄で、それが、自由であるとも言えます。そして、他人については、親しいとかよく知っているとは極力言いません。だから、その人のことについて喋りもしないし、代弁もしません。そうすることで個人の生活を守り、同時に守ってもらっているのだと思います。これは、島にはないすばらしい自由です。

 したいことができる自由、それは、確かに大切なことです。しかし、したいことをし続けることで、人は仕合せになれるのでしょうか。本音を言えば、誰だってしたいことだけしていたいのですが、そうはいかないものです。人としてすべきとことをしなければ、と思います。そして、思いがけず、したくもないこともした時、初めて、人は自分が必要とされている存在であることを感じ、生きていることを実感し、心が満たされるものです。

 人は、欲が深く、何でも与えてもらえば一旦満足しますが、すぐに次の瞬間には、もっと多くのものを期待します。しかし、与える立場になれば、ほんの少しでもうれしくなります。相手が感謝してくれ、幸福になれば、それでさらに心が満たされて幸福になります。幸福は、自分ひとりで感じるものではなく、隣人がいることで初めて感じることができ、少しのものでも分け合う隣人とのコミュニケーションが自分の仕合せの土台なのかもしれません。だから、島のおばぁは、私を支えてくれている隣人たちも含めてビキダツの私に100個以上のかぼちゃてんぷらを贈ってくれたのでしょう。それが、島の常識であり、おばぁは、東京で私を支えてくれている隣人たちにも、その気持ちを伝えたかったに違いないのです。

 今回の伊良部島滞在で、一週間以上も泊めていただき、当然のごとく食事もさせていただ友人に、食事代としてお金を渡そうとしました。しかし、受け取ってもらえませんでした。すぐにお金のことが頭に浮かぶ浅はかな私は、与えてくれたに直接お返しをしようとしました。しかし、「ギブ・アンド・テイク」では、ビジネスはできるかもしれませんが、与えられたことで得られた幸福のお返しにはならないのです。私も、また、別の場面で、与える立場になり、心満たされて幸福を感じることが、お返しになるのだと思います。親しい隣人とのコミュニケーションが、人の仕合せの土台なのかもしれません。

 島で、みんなと一緒に、台風14号で倒れたガジュマルを切り、崩れた塀を直し、停電の中、ろうそくの明かりで、枕を並べて寝たり、また、一家総出のブーズ(さとうきび)の夏植えを一緒にさせてもらうことで、共同体のメンバーの一員として、受け入れてもらい、親しくコミュニケーションすることで、お金に換えられない価値観を感じ、自分自身の心が満たされ幸福を感じます。

 そして、それが、宮古・伊良部島に惹かれる理由なのです。

図書支援をしよう〜ホンの気持ちですが・・・〜

 9月10〜11日にかけて宮古島を襲った台風14号は、大変な爪あとを残していきました。被害も日を追うごとに明らかになり、ニュースを見聞きするたびに胸がふさがる思いです。

 今回の台風報道の中で気になるニュースがありました。それは、「狩俣小校図書館の全蔵書5000冊が水浸し」というものです。窓ガラスが割れ、風雨が吹き込み全部の図書が水浸しになったということです。

 そこで私達は、自宅で眠っている児童書や図書券、あるいは支援金などで、復旧に協力したいと思いました。「沖縄教育庁宮古教育事務所」に問い合わせしたところ、狩俣小学校以外に西辺小学校、久松小学校もそれぞれの蔵書の半分が水浸しになったということです。図書支援のことも「公的援助だけでは、賄えないと思うので、喜んでお受けします」ということでした。その後の、本の整理や配本なども全部引き受けてくれるそうです。

 みなさんも被害に遭われた学校図書館に「図書支援」をしませんか?ご自宅に眠っている児童書や図書券がありましたら、どうぞよろしくお願いします。

 ◆送る際は、
  1. 送料は自己負担
  2. 汚れや破れのある本は避けましょう。
  3. 図書券や支援金の場合は、書留でお送りください。

 ◆送り先
  〒906-0012
  沖縄県平良市字西里1125
  沖縄県教育庁宮古教育事務所 御中
  「台風お見舞い 図書支援在中」
  電話:0980-72-3222

<図書支援し隊>
・船底直敬(支援提案者) 
・「くまから・かまから」(代表:松谷初美)
・「読めば宮古」(代表:宮国優子)

編集後記

松谷初美

 今回も台風特集をしました。その合間に「ミャークフツ講座」で、和んでいただけると ぷからす(うれしい)です。

 台風が去り三週間が経ったけれど、宮古からの日ごとの復旧のニュースに喜んだり、逆にいろいろな被害がでていることを知る度に「あがいー まーんてぃ だいず(ああ、本当に大変だぁ)」と思ったりしています。

 しかし、投稿などを読むたびに、宮古の人のバイタリティ、くぅんきずぅーさ(根気強さ)を感じますね。そして、船長さんのような内地の方から見た、宮古の良さが、宮古出身の私達をも心温かくしてくれます。みゃーくぴとぅさん、船長さん、投稿たんでぃがーたんでぃ。

 私も23日〜25日まで宮古に帰ってきました。台風の爪あとは、あちこちにまだ残っていて、それらを見るたびに、自然の厳しさを感じました。また木々が倒され、今までは見えなかった、来間島や東急ホテルが、ばんたがやー(うち)から見えた時は、びっくり。いい景色と言っていいのか、悪いのか。なんだか複雑な気分でした。家は、ほとんど片付けられていたけれど、ローソクの燃やし残りが、灰皿の上で溶けたままあり、停電の長さを物語っていました。

 着いたその日は、ちょうど「ぴんがん(お彼岸)」で、母ちゃんは、いつも通り、たくさんの「んーむつ(芋餠)」を作り、兄家族やおじさん、おばさん達も来て、煮物や天ぷらを神様に供え、かびじん(紙のお金)を焼いて、とーとぅーい(合掌)。いつもは面倒くさい行事が、きょうは何だかうれしい。

 台風がきた直後でも、いろいろな行事は例年通り行われたものが多いようですね。宮古の人たちは、節目、節目にいろいろな行事があるから、台風で大きな被害があっても平常心に戻りやすいのかもいしれない。いつもと変わなく行事を行うことによって、心が落ち着くということもあるのかなーと今回思いました。

 とは言っても、まだまだ大変ですよね、どうぞ宮古の皆さん、これからも頑張ってください。宮古を離れている私達もずっと応援しています。

 目的のある支援がしたいと思っていた私達は、テレビや新聞などでも取りあがられている、学校図書館の被害に対して、支援を呼びかけています。くま・かま読者の船底さん(宮古が大好きな内地の方)から、図書支援の提案を受け、宮古教育事務所に連絡をとり、先に書いたような支援を呼びかけています。く
ま・かまでも、昨日、本と図書券を送らせていただきました。子ども達に喜んでもらえれば幸いです。皆さんも図書支援をしませんか?ホームページでは、被害のあった狩俣小学校の写真も掲載しています。ぜひご覧下さい。

次回は、10月16日の予定です。それまで皆さんお元気で。あつかー またやー。

※今回「お店紹介」はお休みしました。