くまから・かまから vol.62

  1. Home
  2. 未分類
  3. くまから・かまから vol.62

 みなさん、こんにちは〜。がんずぅーやしー うらまずなー(お元気で  いらっしゃりますかー)
 vol.62お送りします。しまいぎーゆみふぃさまちよー(最後まで読んでくださいねー)

兄を想って書いた詩

ワタリマリ

この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。

  「訓練」

  那覇の施設に着いたボクは、早速訓練を開始した
  思い出すだけで痛くなる
 
 ボクは両膝をしっかり固定させられ数分間立たされた
  ボクには我慢ができなかった
  だからボクは奇声を発して訴えた 泣いた
  お父も母ちゃんも辛そうだ
  ボクを何とか歩かせたいと
  遠くここまで連れて来た二人の気持ちを考えると
  自分が情けなくなった
  だけど 我慢できなかった
  それが終ると今度は ハイハイの練習だ
  ボクは他の誰よりもハイハイは上手だった
  ボクは解放された嬉しさと皆に見てもらえる嬉しさが一緒になって
  得意になってハイハイした
  お父も母ちゃんも安心したかのように優しい顔になった
  十日間の訓練を終え 期待していたほどの成果が出なかったのが残念だった
  だけれど たくさんの親戚に会うことができ
  たくさんの仲間に出会えたことは 僕なりの成果だと思う
  島にもどり 思い出すときがある
  出会えた皆はどうしているのだろうかと
  ボクは今もやっぱり歩けず ハイハイだけは得意だ 

お店紹介13《山小(やまこ)百貨店》

松谷初美

 山小百貨店は、西里通りにある老舗の店だ。

 現在の店主、宮里康弘さんは3代目である。創業は明治34年。創業者(宮里三郎)は、沖縄本島から渡ってきた。

 ちなみにその頃、宮古には鹿児島や沖縄本島から多くの商人たちが入ってき た(いわゆる寄留商人と呼ばれている人たちだ)。宮古には明治30年代には36 件の寄留商人による商店や事業所があり、宮里さんの先代もそのひとりという ことになる。商売をする地元の人は少なかったらしい。

 ぱずみゃー(初めは)、雑貨を扱う店、宮里商店として始まった。地元のも の(牛や馬、黒砂糖、宮古上布など)を本土や沖縄本島で売り、本島から米、 豆、油、醤油などをを仕入れてきて売っていた。昭和初めには、衣料品、化粧 品なども加わり、商品も多岐に渡るようになったので、昭和12〜3年宮里百貨 店と名前を変えた。その後、屋号の「山小」に変え現在にいたっている。「山 小」というのは、チリも積もれば山となる、薄利多売をしようということで創 業者がつけたそうだ。

 戦後は、貨幣がドルだったため、内地の卸屋と取引するためには、一旦銀行 にドルを預けそこから支払いをした。いわゆる貿易だ。銀行が支払いを保証す ることになるので、よほど信用のあるところでないとなかなか貿易はできなか ったようだ。その頃は、従業員も15人ほどいて、卸し兼小売で大忙しだったと のこと。

 お店が休みの時は、従業員も家族も一緒に海に行って遊んだりした。現在お 店の手伝いをしている康弘さんの娘さん浩子さんもその頃のことをよく覚えて いて、仕事以外でも従業員の人たちと結びつきがあって家族のようだったと話 していた。

 現在の建物になったのは、昭和38年。鉄筋二階建て、1階、2階合わせて約 200坪の売り場で商売をしていた。このころにはもう食料品は扱わず、洋服、呉 服、化粧品、寝具、雑貨小物などが主流になっていった。私も子どものころ、 母に連れられて、よく行ったものだ。広い店内は明るくてきれいで、ハイカラ な感じだった。新しい匂いのする店内にいるだけで気分はウキウキ楽しかった。

 今は、店主の宮里康弘さんと娘さん3人が中心となってお店を切り盛りして いる。

 現在お店は、1階だけで、婦人服とを中心に化粧品や雑貨など女性客を中心 としたお店作りをしている。化粧品は昔からある資生堂をはじめ、最近はマッ クスファクターも扱っている。お客さんとの対話を大事にし、相談にのるなど、 丁寧なお店として、今も変わらず老舗の風格を漂わせている。

 新しい店舗が次々出る中で、これからの商売は、宮古に住んでいる人たちだ けではなく、観光客を相手にしたことも考えていかないと、いけないのだろう なーと宮里さんは話していた。80代でパソコンもする宮里さんは、ますますお 元気で、これからの商売の展望にも意欲を見せる。

 私のやらびぱだ(子どもの頃)に、たくさんの夢を与えてくれた宮古の商店 は変わりつつある。それは時代の流れとともに仕方のないことかもしれない。 しかしそこには長い歴史があり、宮古の人たちの生活してきた道が見えてくる。 変わりゆく宮古を見つめつつ、昔の暮らしにも想いを馳せたい。

 そんな歴史のある山小百貨店かい、いきみーるよー(行ってみてね)

 《 山小百貨店 》
  平良市字西里236
  電話:0980-72-2109
  店主:宮里康弘さん(3代目)

ミャークフツ講座 擬音・擬声・擬態語編2

なー坊&初美

  • バフバフ → 勢いが強い様子。バフっと風が吹く。
  • プルプル → 葉っぱなどがカラッカラに乾燥していること。
  • アフアフ → ふわふわしている様子。
  • パス゜パス ゜→ 漬物など食感のあるのを食べた時の音。特にピーチキナ(にんにくの漬物)を食べた時、こんな食感。
  • バラバラ → オートバイが走る音。
  • シャンー → 自転車の走る様。自転車をシャンーと走らせる。
  • シングマング → 例えば机の脚がそろわず、グラグラしている感じ。
  • ピキチューン → 突っ張っている様子。ゴムが突っ張っている様子や緊張している人の様子など。
  • ダッファ → ドサッと物を置く、あるいは落す音。ダッファ、ダッファと繰り返すと、ドタドタ歩く感じにもなる。

目に見えない財産

松谷初美

 今回の台風で宮古はまた総なめにされた。なんで うぬすくなー(そんなに まで)台風は宮古を好きかね。作物を荒らし、建物を車を吹き飛ばしていった。

 先月宮古に帰ってきた。飛行機から見る宮古はいつも以上に真っ平だった。 ぶーぎ(キビ)も倒れ、木も倒れたため、はっきりと畑の形が見えていた。土 地改良などで、山が削られ、緑が少なくなっていることもますますそう感じら れる要因なのかもしれない。空からじっくり眺めて、宮古の雑木林は本当に少 なくなっているのだと改めて思った。

 んきゃーん(昔)から宮古は台風の通り道であった。気象台ができてからそ の数字や強さも分かるが、それ以前の台風の強さなどは知るよしもない。

 今でこそ、家はコンクリートが主流だが、その昔は瓦やー(家)であり、藁 葺きやーであった。それ以前は洞穴だったか?・・。そんな中、台風は毎年毎 年やってきては、荒れていった。

 目立った山も川もない、台風がくれば家や作物はダメになり、本当の丸裸。 それでも宮古の地には、神が宿り、魂が息づき、エネルギーが蓄積される。 そして、人々は歌い、踊り、神に感謝する。そこにはただ生きるという力のみ があるだけ。まーんてぃ(本当に)すごいなーと思う。私達の先祖はそうや って生きてきたんだねー。

 わが身を振り返って、今は失いたくないものがなんと多いことか。家はもち ろんのこと、家財道具も、洋服も車も、情報の入ったパソコンも。失っても未 練など残さず、何とかなるさーと言えるかどうか。とても自信がない。

 宮古には歴史的建造物が少ない。形がはっきりと残っている城址などもほと んどないし、築100年以上も経つというような家もないと思う。宮古の人みんな、 台風がきたら、裸一環からやり直すしかなかった。そんな中でも人は住み続け、 自然に逆らわない、あるがままを生きるようになってきたのだろう。だから、 おじい、おばあは強いのだと思う。

 目に見える重要文化財は少なくても、目に見えない財産が宮古には、宿って いる。肩書きや、身の周りのものに左右されることなく、ありのままの自分の 姿で勝負できるような、そんなものを私も身に付けたいと今回の帰省で思った。

 東京に戻ったら、赤く燃えるような「彼岸花」が静かに咲いていた。葉をつ けず、まっすぐな茎の上に赤い花を凛と咲かせる「彼岸花」。潔さと誇り高さ が、台風直後の宮古のようで、また宮古を思い出した。

読者投稿

かいさんより

「畳干し」

 台風14号で、かなりの窓ガラスが割れてしまったという。畳も濡れてしま ったんだろうと考え、何故か畳干しのことに想いがとんでしまった。

 最近は畳を干している家などみなくなったが、母は天気のいい日にはよく畳 干しをしていた。若かったから力もあったのだろうか。当時の島の畳屋は、腕 が悪かったというか、たいがいざんみん(適当な計算)でつくるから、必ず畳 と畳の間に隙間があった。その隙間も、ちょっとの狂いではなくて、お箸や鉛 筆が転がってすっぽりはまってしまうような隙間である。

 だから、畳を起こすときは、そういう副産物が埃にまみれてあちこちから出 てきたものだ。運がいいと1セントや5セントの硬貨が落ちている事もあった。

 恥ずかしながら、私は未だかって自分の家の畳を起こして干したことがない。 畳を起こそうにも、蟻のはいる隙間も無いくらい、ぎっしり敷き詰めされた畳 が起こせないのだ。畳起こしは、最初の一枚が肝腎で、一枚目が起こせれば後 は簡単なのである。

 島の畳屋の腕は上がっていると思うのだが、実家の裏座には、隙間だらけの 畳が今でも敷いてある。

 ※ばんたがやーぬ 畳まい ゆぬぐーどぅやたー(うちの畳も同じでした) 投稿たんでぃがーたんでぃ!

編集後記

松谷初美

 去った13日に東京上野において、台風14号災害支援チャリティコンサート ト「宮古アララガマフェスタ」が行われました。いき゜どぅ きすたーどー( 行ってきましたよー)。  台風のような うぷあみ(大雨)の中始まりましたが、出演者、会場のお客 さんの「アララガマ」の想いが通じ雨は止みました。実行委員の方たちや出演 者の方たちの宮古への熱い想いが伝わる、最高のチャリティコンサートどぅや たーどー(でしたよ)最後のクイチャーは、舞台と会場が一体となって、ニノ ヨイサッサイ!宮古の復興を願ったのでした。宮古の人の結束力は本当に素晴 らしい。上野の森に みゃーくが轟いていました。

 (おしらせ)
 『読めば 宮古!』が世に出てから1年半、今度は続編の『書けば 宮古!』 がついに出ました!酋長の宮国優子さん、子育てをしながら頑張りました。宮 古ではすでに先週から先行発売中。沖縄本島の書店でも売り出されたとのこと です。昔の宮古から先の台風14号まで載っています。字も大きくなってより 読みやすくなっているどうや。くま・かまのメンバーも何人か書いています。 内地にお住まいの方は、出版社のボーダーインクへ注文する方が早いかも。 今なら送料無料ってよ。もう少しすると「わしたショップ」でも買えるように なると思います。皆々様ゆみふぃーさまちよー(読んでくださいねー)。

データを取得できませんでした。正しい URL を入力してください。

 『読めば宮古!』『書けば宮古!』オフィシャルサイト
 http://hp2.popkmart.ne.jp/club_pinza/
 

 今回のメルマガの感想、お待ちしています。投稿もどんない(どんどん)送 ってくださいね。まちうんどー(待っています)

 次回は、11月6日の予定です。季節の変わり目です。感冒っすなよー(風邪引 かないでねー)あつかー またやー。