浴衣の合わせを間違えて「左前」にして「縁起が良くない」と指摘されたことはありませんか。それは、納棺のときに故人に着せる死装束の合わせ方が左前だからです。本記事では、「左前とはどちらが上なのか」「なぜ死装束の着物の合わせ方は左前なのか」など、死装束にまつわるさまざまなことについても説明します。 ぜひ最後までお読みいただき、故人の旅立ちの衣装について理解を深めてください。
そもそも死装束とは
死装束(しにしょうぞく)とは故人が棺に入る時に着る装束のことです。仏教の場合は 基本的に 「経帷子(きょうかたびら)」と呼ばれる白い着物を着ます。死装束にはいくつかの意味がありますので、以下でご紹介しましょう。
「無事に旅立って欲しい」という願いを込めて
宗教によってさまざまな死生観がありますが、仏教の教えでは「死者は浄土を巡礼する旅に出る」とされています。この考えを基に、家族を亡くした人々は本来、修行僧や巡礼者が身に着ける白い装束を用意し、「故人にも無事にあの世に旅立って欲しい」と願って着せていました。つまり、死装束はあの世への旅立ちの衣装なのです。
白い死装束は死を意味する
古くから「赤」がお祝いの意味を表しているのに対し、「白」は死を意味する色とされてきました。時代劇で切腹する武士が白装束を着ているのも、死を表す色だからです。他にも、白は仏教における五色(ごしき)のうちの1色です。清らかな心で説法をする仏様の歯の色を表し、「清浄(しょうじょう)」の意味を持ちます。つまり、清らかな白色の装束に身を包み、浄土に無事に旅立って欲しいという意味もあるようです。
死装束として用意するもの
仏教における死装束の意味や特徴についてご紹介します。死装束は経帷子以外にもいくつかの装束を用意しますが、一つひとつに意味が込められています。一般的には以下の11種類ですが、地域や宗派によって内容が異なる場合もあります。
経帷子(きょうかたびら) | 色は白く、素材は麻などでできた着物。お経が書かれていたり、薄く模様が入っているものもある。 「彷徨わずにあの世に行けるように」という意味を込め、縫い目の糸は留めず、裏地もない。 |
笠 | 編み笠とも言われる。 旅の途中で天候の変化にも対応できるようにという意味がある。 |
杖 | 故人が険しい旅路に耐えられるように持たせる。 |
脚絆 | 脛を保護し、足を守るために容易される。 |
わらじ・白足袋 | 足袋は足首に付いている「こはぜ」を外し、左右を反対にして履かせる。 |
手甲 | 布製の手甲は、旅の途中の日差しから守れるように。 |
六文銭・頭陀袋(ずだぶくろ) | 六文銭は紙に書かれたお金。六道にいる地蔵菩薩に渡したり、三途の川に乗るときの渡し賃として使うため故人に持たせる。頭陀袋はそのお金を入れる袋。 |
数珠 | 故人が使用していたものがあれば手に持たせる。 数珠には煩悩が消える力があるとされる。 |
三角頭巾 または、天冠(てんかん・てんがん) | 頭につける白い布。 |
死装束の着物が左前なのはなぜか
故人に着せる経帷子は、着物の左側が前に来る、「左前」とよばれる合わせ方にします。通常の着物とは逆反対になりますが、それは一体なぜなのか疑問に思う方も多いでしょう。ここでは、死装束が通常とは逆の合わせ方で着る理由を解説していきます。
逆さまにすることで死後の世界を区別していたから
経帷子や足袋など、故人の身に着けるものは左右逆の向きにしておくのは、「この世」と「あの世」を区別するために逆にしたという説が一般的です。「この世」で行われていることを逆さまにすることを「逆さごと」といいます。「逆さごと」は、宗教的な意味合いはあまりなく、古くから日本に伝わる習慣です。逆さにするのは、死装束以外の風習にも表れています。以下で一例をご紹介しましょう。
- 故人の枕元に屏風を飾る場合は、上下逆さまにする
- 北を頭にして寝かせる北枕にする
- 故人が眠る布団は上下逆にする
- 湯灌のときは、お湯に水を入れて冷やすのではなく、水に熱いお湯を入れてぬるま湯を作る。そして、頭からではなく足からかける。
「逆さごと」は地域などによっても違いがあり、上記以外にもさまざまな種類の習慣があるようです。
そもそも左前とはどちらが上?
故人の左側の襟元が下、右側の襟元が上になっているのが「左前」です。分かりにくいときは、故人の左側の手が襟元に入るかどうかイメージしましょう。左手が入る合わせ方が左前になります。
死装束の帯の結び方にも理由がある
死装束は帯の結び方を「縦結び」にするという特徴もあります。縦結びとは結んだ帯に対し、垂直になるように輪を上下にする結び方です。一方、縁起の良い結び方は「真結び(本結び)」と呼ばれます。結び目がほどけないことから、結婚などのお祝いに用いられます。この結び方の違いも「逆さごと」の風習の1つです。
靴ひもがまだ上手に結べないお子様などは、靴ひもが縦になっていることもあります。縦結びは葬儀風習における結び方なので、気が付いたら指摘してあげるとよいでしょう。
誰が死装束を着せるのか
かつては、死装束は親族が用意して故人に着せていました。近年においては、葬儀担当者が故人を棺におさめる「納棺の儀」の中で死装束を着せることが多いです。また、死装束も葬儀社のプランやオプションに含まれているため、ご遺族が用意する必要はないでしょう。
仏式以外の死装束
ここまで仏式の死装束について詳しく解説しました。ここからは、仏式以外の宗教の死装束について説明します。
神式
(男性)
神衣(しんい かむい) 白小袖 | 白い装束で故人に着せるもの 神職が着ている装束と似せている |
烏帽子(えぼし) | 故人が被る帽子 |
笏(しゃく) | 故人に持たせる薄い板 |
(女性)
小袿(こうちき) | 白い小袿を着せる |
扇 | 女性は笏ではなく扇を持たせる |
キリスト教式
服やスーツ、ドレスなど | 特に決まりはない |
ロザリオ(十字架) | 棺に入れるなら木製のもの |
キリスト教においては、決められた死装束はありません。そのため、生前故人が着ていたスーツや洋服、ドレスを用意します。手には、木製のロザリオを持たせて、安らかな眠りを願います。
浄土真宗は死装束は用意しない
浄土真宗は故人は亡くなるとすぐに極楽浄土に行くという教えです。故人は浄土を旅することがないので、旅支度である死装束を故人に着せることはありません。
故人に合うおしゃれな死装束を用意しても
葬儀形式の多様化に伴い、形にとらわれない自由な葬儀が増えてきました。死装束についても、故人が仕事に生きがいを感じていたならスーツ、お気に入りの洋服などを着せて送り出すご遺族も少なくありません。また、終活の一環で、エンディングドレスと呼ばれる華やかなドレスを生前に選ぶ場合もあるようです。
まとめ
今回は、死装束がなぜ左前なのかという疑問と、死装束にまつわることについてまとめました。 葬儀には古くから伝わる風習やしきたりなどがあり、死装束もその1つです。この世とあの世を区別する意味合いで、左右反対に着せるのが特徴です。現代では死装束に対する考え方も多様化しているため、経帷子に限らず故人らしい最後の衣装を選ぶのも良いでしょう。