こんにちは〜。
宮古は、あつーあつの(あつーい)日が続いているようですね。 くま・かまもあつーい想いをこめて、お届けですよ〜!
vol.295 お楽しみくださいね〜。
『宮古島の民話 百選(上)』紹介
松谷初美(下地・高千穂出身)
先月、さどやませいこさん監修による『宮古島の民話 百選(上)』が出版された。
宮古の各地で採集された民話が50編。“生き物がたり”“由来話”“鬼とマズムンの話”“異類婚の話”“よもやま話”“教訓話”“島建て話・伝説”“とんち話”“ゆうれい話”に分かれて紹介されている。
民話の採集は、1976年に「宮古民話の会」が結成され、宮古の各地で70代から80代の方々からされたとのこと。今から30年あまり前に生で聞いた話が方言を交えながら掲載されている。
有名な通り池の「ヨナタマ」の話や「大浦島建ての話」、うとるす(恐ろしい)「鬼女のゆがたい」の話や蛇の子を宿る話、「カーミという名の由来」等々、バラエティに富んでいて、とても面白い。
せいこさんは、まえがきで「口伝えの文芸といわれる民話(昔話)の発祥は、人類が文字を持たないはるか遠い時代にさかのぼり、その旅路は現代につながっています。ー中略ー 考古学や人類学の物証だけでは補いきれない精神文化の足跡が刻まれ、人間だけに与えられた言葉と想像力のたまものとして残されました。その一話一話を、いただいた宝物として語り継ぐことが先人への感謝につながると思っています」と書いている。
テレビもラジオもなかったころ、子どもたちは、おじい、おばあ、お父や母ちゃんたちから聞く話をどんなにか楽しみにしていたんだはずね。大人たちは、んきゃーん(昔)、自分が聞いた話を聞かせたり、またはイマジネーションをふるに活用して自分で作って話したり。そこには子どもへの深い愛情や幸せな時間が流れていたことを想像すると豊かな気持ちになる。
ひとつひとつの話の終わりには、話者の方の名前と地域が書かれている。長い長い時間をかけて、現代までも繋がった んきゃーんばなす(昔話)の数々。
表紙(表紙とカット:さどやませいこ)には、おばあとおばあの膝をまくらに寝ている 小さい やらび(子ども)が描かれていて、おばあの手には ぴぃつき゜(針突き)の模様のようなものが見える。せいこさんの想いが伝わってくるようです。
『宮古島の民話 百選(上)』ぜひ、手にしてください。
◇あの話をもういちど
ビートルズ世代のサラリーマン(平良・下里出身)
「願いの風景」(vol.158 2007/10/18)
宮古島にはたくさんの御嶽がある。御嶽はたいていこんもりと茂った林の中にあって、がじゅまるなどの大木の根元に無造作に香炉などが置いてあったりする。
そこは、神聖な空気が充満している不思議な空間だ。その空間に一歩足を踏み入れると神々と会話が交わせるのではないかと思える程、神々を身近に感じる。御嶽は神々が降臨してくる神聖な場所なのである。
宮古の人々は実に様々な願いをしに御嶽にやってくる。
「とーとぅ かんがなす 商売がうまくいくように」
「子宝を授かるように とーとぅが とーとぅ」
「とーとぅ かんがなす 大和に行った孫が困らないように」
「高校に受かるように とーとぅが とーとぅ」エトセトラ・・・
やらびぱだ(子供の頃)よく祖母や母に同行して御嶽に行った。祖母と母は、幾日も前から準備をする。まず、願う目的によって巡る御嶽を決める。例えば、学業成就の願いなら下地の「つぬじ御嶽」をメインにその周りの御嶽を巡る。次に、行く ぴかず(日にち)を決める。ぴかずを決めるにもいろいろ決まりがあって、神願いに詳しい知り合いに相談して佳き日を選ぶ。
お供え物は、あらいぐみ(洗い米)、さき(泡盛)、まーす(塩)の3点セットを用意する。親指の頭大の供え餅を用意する場合もある。それから、マッチ、線香(平香)、ロウソク等を用意する。意外と重宝するのが新聞紙である。風が強く、なかなか線香に火がつかない場合、新聞紙を広げて風除けにしたり、新聞紙を燃やしてそれで線香に火をつけたりする。
なにしろ、大量の線香を使用するのである。風の強い日は意外とこの作業に手間取るのである。それから、風にあおられ火事にならぬよう、あらかた願いがすんだらお茶や水をかけてちゃんと火の始末を忘れない。宮古のおばあ達は、我々子供にもてきぱきと手伝いの指示する。御嶽でのおばぁ達は、とても生き生きしている。
拝む者達の焚く線香の煙が木漏れ日を透して漂っている。かんにごう(神願う)おばぁ達の祈りの言葉が低く静かに流れる。リズムを取るように手を合わせ、擦り合わせ、最後は手のひらを上に向けささげるように かみると「とーとぅが とーとぅ」と長い祈りを締めくくる。これでまた明日から、うむやすーと(安心して)生活できるねーと、おばぁ達は晴れ晴れとした表情で帰途につくのである。
城辺の西里添にある「びまる御嶽」は一風変わった御嶽である。子供の頃、親父に連れられて1〜2回行っただけなので正確な場所は分からないが、畑の脇の細い道を辿っていくと、程なくこんもりとした茂みに行きつく、そして洞窟のような祠の中には石の柱が土に埋もれるように立っている。
この御神体は子宝に恵まれるご利益があるといわれ、洞窟の奥にはしとねのような平らな岩棚があって、ここで愛の営みを行なえば子宝に恵まれるのは間違いないという話しを子供の頃聞かされ、ドキドキしたのを覚えている。
石柱の真上を見上げると何メートルもの堅い岩盤を貫いて丸い穴が開いている。石柱は天から落ちてきた、つまり隕石だともいわれている。子宝に恵まれるのは、その隕石から放射される微量な放射線のせいなのでは−という説もある。
少々、話しは脱線してしまいましたが、宮古島の御嶽にはそれぞれに伝承されている由来、伝説があり、面白い。そして、宮古の人々はそんな御嶽を大切にし、なんにつけても神に拝む。
私にもそんな宮古のDNAが受け継がれているらしい。最近、毎朝通勤途中にある湯島天神で手を合わせ拝むようになった。やらびぱだに聞いた、おばぁの かんにごう(神願い)を思い出して、みゃーくふつで願う。「ぶず、ぶず、ぶず、ぶず、とーとぅが とーとぅ!」。
果たして、湯島天神の神は、ばが みゃーくふつぬ にがいゆ(私の宮古方言の願いを)理解できているのだろうか。
兄を想って書いた兄の詩(19)
ワタリマリ(上野・宮国出身)
この詩は、脳性マヒの あざ(兄)を想って書いたものです。
ボクの やどぅゆん(大騒ぎ) この時期ボクは妹たちのひそひそ声が気になる 昨日 近所のいわいごとがあった お父は ようい゜(祝い)の折り(折詰)を お土産に帰ってきたが 夜も遅く次の日に食べることになった その折りにはボクの大好きな ぱんびん(てんぷら)がはいっている ボクは明日その ぱんびんが食べられるのを楽しみに寝る ボクの次に てんぷらを狙っていたのは がきふぁいだまーの(食いしん坊)の末の妹だ お父と母ちゃんが畑へでたあと みずやをあけ がさごそと昨夜の折りをあけ始めたが 「えげい、ふさりーどぅうう ぬうまぬ んち (んもう、腐っている。馬の分だ)」と 流しにぽんとすてた それから僕をちらっとみて あがっしい!(しまった!)との顔をしたが ボクはしっかりと聞いてしまった と同時にボクの やどぅゆん(大騒ぎ)は始まった ボクはなぜか「ふさりーどぅうう(腐っている)」という 言葉に敏感に反応する 腐った食べ物を捨てることに対して おさえようのない怒りがボクを動かす 遊んでいた縄を振りはずし うぷぐい(おおごえ・奇声)をあげ かいりい ぱぎう ばったみき (ひっくりかえって足をどたばた)させ ふくぅ んぎぃ(服を脱ぎ) うぷやどぅゆん(すごい大騒ぎ)が朝一番にはじまった そしてそれはボク対妹たちの戦いでもある 負け戦は最初から分かっているけど 毎回毎回 懲りることなく やどぅゆんする あらん ふさりゃーうらん (ちがうよ くさってなんかいないよ) のうまい あらん(なんともない) すちがまたあ あらんにば んに?(捨てないからね ね?) と初めのうちはボクの怒りを収めようと優しくなだめる だがボクはいったん騒ぎ始めると なぜか力尽きるまで騒がないと気が済まない性分だ 普段はカチカチにマヒしているボクの筋肉は この時ばかりは柔軟になるから不思議だ みずやを思いっきり蹴る 壁も穴が開くくらいに蹴る 隣近所中に聞こえるくらいに 声はますます大きくなる おむつだってはずそうとする 態勢をかえては妹にも蹴りかかる そこら中のものをひっくり返す すちな ふぁい!(捨てないで 食べるんだ) ぬうまんな ふぃいな(馬には あげるな) ふさらすな(腐らすな!)と喚き暴れる んーにゅう(わかったよ) すちがまた あらんにば うきい びす゜し゜ (捨てるわけではないから おきてすわって落ち着きなさい) 今捨てようとしたのは ボクの大好きなてんぷらだ 食べるのを楽しみにしていた てんぷらだよ そう簡単すてられたんじゃあボクの怒りが収まるわけがない やどぅゆんを続けるボクに いよいよ妹も呆れかえって やがまっさ!んぎゃまっさ!(まったくもう!うるさい!) といつもの行為に出た ボクは妹たちに抑えられ 縄で足を縛られ ただでさえ不自由な身はもっと不自由になる 最悪だ ずるいよおまえら これでボクはノックアウトだ また許しを請うのか? くそう!ボクを縛るな それでも暴れ抵抗するボクに妹たちも怒り心頭だ 力の限り抵抗するが ボクの声はだんだんすぼみ か細くなって妹たちに訴える 痛いもともと伸ばすことのできない足が 伸ばされて縛られたからボクは痛くて我慢できない 今日はすぐにはほどいてくれそうもない ボクの やどぅゆんに対する怒りと ボクそのものにいらいらしている時はなかなか来てくれない ボクの叫びはこんどは許してくれ!に変わった なんでもいいから 言われたとおりにするから 縄をほどいてくれ なきながら許しをこう 「まあんち き゜が じゃあん?(本当にさわがない?)」 「ん」とぼくは毎度のごとく負けを認める ようやく妹がほどき始めた 妹の顔もゆがんでいる 「んにゃ あんちいや きき゜な(もうそんなにさわぐなよお) いたーかったでしょう?あんたがいつまでも騒ぐからだよ」 妹もなみだをいっぱいためて ボクの足をさすっている 何回も何回も繰り返されてきたボクの やどぅゆんだ それでもまた今度、「ふさりーどぅ うぅ」との声がきこえたら ボクは必ず やどぅゆんするだろう 叫ぶだろう ボクの家ではボクに やどぅゆんされたら たまったもんじゃないから 「腐っている」の会話は禁句になっている その代わりボクに知られないように ボクが昼寝をしている間に ぬうま(馬)ぬ餌入れのバケツに入れられる ふさりいーなうぅ? しっ!にいにいに知られないように早くすてて! 小満芒種ぬ時期からあ(梅雨の時期からは) むぬぬ ふさりやすかーば きゆつきるよ (食べものが腐りやすいから きをつけるんだよ) あがいー お父よお にいにいにきこえるさいがよ 家族はボクという捨てられない人間がいるからたいへんだ 今日はあまりにも眠いので聞こえぬふりをしておこう ときは流れ みずやの代わりに冷蔵庫が来て ボクの やどぅゆんの回数はぐんと減っていった
編集後記
松谷初美(下地・高千穂出身)
6月23日に東京九段下のホテルグランドパレスで、関東上野郷友会と下地郷友会の総会・懇親会が開かれました。上野と下地はその昔ひとつの下地村だったということもあり、うつーうつの(親しい)関係です。今回も90名近く、うがなーり(集まり)、民謡に踊りにパン食い競走、その応援合戦、ジャンケン大会と盛り上がり、親交を深めました。
以前おしらせしましたが、今度の日曜日(7月7日)は、午後1時より、上野水上音楽堂(東京)にて、アララガマフェスタが行われます。宮古出身のアーティストが多数出演します。お時間のある方は、ぜひお越しくださいね〜。
さて、今回のくま・かまぁ のーしが やたーがらやー?
さどやませいこさん監修の『宮古島の民話 百選(上)』、朗読会などで読まれるのもいいはずね〜。下巻もなるべく早く作りたいと思っていますとせいこさんは話していました。こちらも楽しみです。
「あの話をもう一度」は、ビートルズ世代のサラリーマン(B.サラ)さんの「願いの風景」をお届けしました。「子供の頃生活と深く係わっていた願いの場としての御嶽の風景を思いだして書きました」とBサラさん。御嶽の静謐な空気感までも伝わってくるようで、私も里の御嶽の風景を思いだしました。
ワタリマリの大人気シリーズ「兄を想って書いた兄の詩」、今回もウルウル。大変ななかにあっても、根底に流れる家族の深い愛情がそこかしこににじみでていて、毎回、胸があつーくなります。そして、教わることもいっぱい。
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今回も しまいがみ ゆみふぃーさまい すでぃがふー!
(今回も 最後まで お読みくださり ありがとうございました!)
次号は、7月18日(木)発行予定です。暑さに負きんようん(負けないように)しましょうね〜。
あつかー、またや〜。